「The LastBattle」
エクスカリバー。その名をゾディアックは何処かで聞いた覚えがあった。
一瞬の呆け。それを見逃す女性ではない。短く息を吸いこみ、白く輝く大剣を振り下ろした。
ゾディアックが横に飛んで避けると地面に当たる。
間髪入れずに掬い上げた。大剣のリーチと範囲を活かした一撃に対し、ゾディアックは剣で防ごうとしない。体捌きで避け確実に一撃を見舞うつもりだろう。
白銀の大剣が一閃を描く。横薙ぎの攻撃を篭手で防ぐ。常人、というより生半可な物では一瞬で氷り、瓦解するというのに、ゾディアックの防具には氷すら纏わりつかない。
魔力による熱気か、本人による闘気か、はたまた殺気か。防いだ部分から白い煙が立ち上っていた。
「どうしました? その剣は飾りですか?」
挑発に応えるように、ゾディアックは大剣を抑えたまま腕を伸ばした。女性がバックステップで距離を取る。
その瞬間、追撃するように漆黒の大剣が縦に振るわれた。断頭台のように迫りくるそれを紙一重で避ける。
だが追撃は止まらなかった。上から下、下から上、斜めから、突きから、まるで軽い杖を扱うようにゾディアックの大剣は縦横無尽に襲い掛かった。
素早い連撃に対し女性も反応するが、一瞬で防戦一方となった。金属がぶつかり合う激しい連打音が響く中、肉が切れる音も微かに聞こえる。
大剣同士が火花を散らした。一瞬の間を縫って距離を詰め、鍔迫り合いまで持ち込む。
「流石ですね」
「やっぱり知っているんだな。俺の太刀筋を」
「それはもう、知っておりますとも。だってそれは私。これは私だから」
女性の瞳が両者の剣に向けられる。
ゾディアックが腰に力を入れ、突き飛ばした。その場で一回転し、横薙ぎの攻撃を見舞う。
女性はかがんでやり過ごそうと膝を折った。が、目を見開いた。
剣の腹が向いていた。刃ではなく広い刀身部分をぶつけようとしていたのだ。
舌打ちし、大剣で防ぐ。巨大な岩石、強固な城壁そのものがぶつかったような気分だった。
女性は吹き飛び受け身も取れず、強く体を強打した。もし大剣で防がなかったら体が潰れていたかもしれない。
荒い呼吸を繰り返しながら、なんとか立ち上がる。
女性は違和感に襲われていた。何故ここまで疲弊しているのか不明だった。もう膝が笑っている。まだ勝負は始まったばかりだというのに。
鎧の擦れる音が聞こえる。ゾディアックが歩いて、迫ってきている。
「諦めろ。お前の負けだ」
「いやいや。勝負は、これからでしょう」
女性は駆け出した。ゾディアックが構え、大剣で突きにきた。
その下を這うように、女性はスライディングして距離を潰すと、強烈な回し蹴りを放つ。
足には魔法が込められていた。「鎧通し」。ブレイカブルとも呼ばれるそれは以前、ゾディアックを悶絶させた威力を持つ。
鎧越しに相手の肉体にダメージを与える防具貫通魔法。それをまともに浴びたゾディアックは。
「もう通じない」
そう言って女性を蹴り飛ばした。ただの蹴りで、一気に吹き飛ぶ。
なぜ。疑問を口にする前に大剣が迫ってきていた。片腕で受けるが、まるで勢いが止まらない。すぐに両手持ちになる。
「お前、以前この剣の使い方は私の方がわかると言っていたな」
女性が歯を噛み締め対抗する。が、とうとう膝が折れた。ゾディアックが完全に見下ろす形となる。
「その通りだ。普段だったらお前の方が上だろう。けど今のお前じゃ、話にならない」
そのまま圧し潰した。肩に深々と刺さり、女性の肩から胸を通り、腰まで一気に引き裂かれる。
切断される直前に距離を取る。鮮血を撒き散らしながら女性が下がる。
ゾディアックは追撃をしなかった。
「ぐっ……」
傷口に手を当て治療する。治りが遅い。痛みが襲い掛かってくる。
余裕だった女性の額に脂汗が滲み始めていた。
「どうして――」
「どうして傷の治りが遅いのか。どうして、大剣に力が入らないのか。簡単だ。お前の魔力が枯渇しているだけだ」
「馬鹿なことを言わないでください。私はガギエルの力を取り込んで……」
「砕け散って、死体と同等の欠片を食ってか? そんな荒々しい方法で治るとでも思ったか。お前のその姿は、侵食されているだけだ。ガギエルの力が一時的に使えたのも、魔力が上がったのもそのせいだ」
ゾディアックが女性の腹に人差し指を向ける。
「傷を治すだけで、一気に魔力が持っていかれている。お前は自滅しているんだ。お前が雑魚だと罵っていたベルクートやラズィの攻撃が、効きすぎているんだよ」
女性は否定しようとゾディアックを睨み、口を開く。
だが言葉が出なかった。口許が戦慄く。
心がもう理解していたのだ。相手の言っていることが正しいと。間違っていないと。
せめて一矢報いるという諦めの悪さが逆に毒となった。
「は、ははは。飼い犬に、手を噛まれて、挙句の果てに雑魚にも苦しめられるとは」
敗北の足音が迫ってきている。戦う意思はあるが体がついてこなかった。
ふと、足に目を向ける。凍り付いたように動かなくなっていた。
「お前の負けだ。エクスカリバー」
「……そのよう……ですね」
乾いた笑い声が零れ落ちる。
「あなたを殺そうと、いや、せめて、一撃を与えようとした結果がこれです。やはり、最初から無理だったのでしょうか。あなたを倒すなど……あなたにはやはり、勝てない……」
「違う。俺に勝てなかったんじゃない。お前はみんなに負けたんだ。誇り高いガーディアンに。この国に生きる人々に」
女性の片膝が折れた。もう立ち続けることすら困難になっていた。
朦朧とする意識の中、視線を周囲に向ける。
ベルクートとラズィがいた。さらに動かすとレミィと、その隣にはフォックスと呼ばれていた獣人もいた。その隣には、ロゼも見える。
最後に、ゾディアックを見上げた。
兜の下に浮かんでいる表情は、よく見えなかった。
★★★
「なぁ、どっちが勝ってんの!?」
フォックスは息を切らしながらレミィとロゼに聞いた。肩を大きく揺らし、何度か咳き込んでいる。速度を出し過ぎて体力が無くなりかけていた。
「……無事だったんだな、フォックス。とりあえず、ゾディアックが圧倒的だ。ほぼ相手の自滅で有利に運んでいる」
「なんだそりゃ。まぁ勝てるんだったら何でもいいさ」
フォックスは少し遠くで戦う両者を見る。
周囲に散らばる瓦礫やめくれ上がった地面。凍り付いた建物に、氷柱が地面からいくつも生えている。地面も大部分が凍結していた。
だが先程の悪天候はなくなり、巨大な満月が姿を見せている。猛吹雪も収まっており澄んだ空気が漂っている。
その中で向かい合う、月光に照らされる二人。膝を折ってゾディアックを見上げている女性は、おとぎ話に出てくる美麗な女騎士のようであった。
逆に見下ろしているゾディアックは、それを屠る悪魔のようであった。
絵画的な美しい光景を見つめながら、フォックスは結末がどうなるのか、口を閉じて見守った。
★★★
「降伏を促しても無駄ですよ」
女性が口許を歪めた。
「殺されても構わない。でもあなたに、頭を差し出すつもりはないわ」
ゾディアックは口を開かなかった。というより、開けなかった。
この光景を、何処かで見た覚えがあるからだ。
瞬間、ゾディアックの脳裏にある映像が過ぎる。
片膝をつきながら、こちらを睨み上げる騎士がいた。
県は折れ、縦は砕け散り、鎧が半壊している、満身創痍といった見た目。
――よく聞け。私は命を懸けて、お前を殺す。
騎士は諦めていなかった。
「どうしてそこまで俺を殺したがる?」
沸き起こった純粋な疑問をぶつけた。
騎士は目に怒りを込めた。
女性は、柳眉を逆立てた。
「なぜだと!? お前が、仲間を、国を、みんなを」
女性の口許は動き続けているが声が聞き取れなかった。
ノイズが走っている。雑音しか聞こえない。
周囲を見ると骸と化した人間が転がっている。
人間。なぜそうだとわかる。
女性の声が聞こえた。
「お前は、世界の敵なんだ、ゾディアック」
映像が途切れ、現実に引き戻されると、そう告げられた。
何度も聞いてきたその言葉。夢でも聞こえた、呪詛のようなもの。
「……俺を、知っているんだろう」
「ええ。あなたが記憶がないということも……いや、違うか。記憶を喪失しているのではなく”施錠”しているだけということもね」
「何……」
「もう少し早く出会っていれば、解けたのに」
それはもう解く気も教える気もないということだった。
肩を落としかけるゾディアックに、女性が微笑む。
「いいんですよ。そのまま忘れている方がいいんです。思い出したらあなたは――」
女性は頭を振った。
「さぁ、どうします? 勝負はつきました。あとはあなたが終わらせるだけですよ」
「……どうしても、生きようとは思えないのか」
「ええ。充分です。私はもう充分生きた。だから私はここで終わりたい。あなたに会えたので満足です」
溜息を吐く。白い吐息が霧散した。
「トムには悪いことをしました。地獄に行ったら、謝りましょうか」
さぁ、と言って両手を広げる。
「どうぞ。一思いに」
覚悟を決めた表情の女性を見て、ゾディアックは背を向けた。
「……どういうつもりですか」
「勘違いするな。お前を倒すのは、俺じゃない。決着をつけるのに、相応しい相手がいるということだ」
ゾディアックは女性から離れていく。残された女性に疑念が渦巻く。なぜこんな謎の行動をとるのか。
その答えが示されるように、視界に赤い光りが映った。
視線を動かす。光は城壁から立ち上っていた。紅蓮の光はまるで、焔のように天に向かって立ち上っている。
「ああ、そうか」
その発生源を見て、女性は納得した。
「あなたが、私の死ですか。ビオレ・ミラージュ」
城壁で待機していたビオレは弓を手に取り、矢を引き絞り、女性に狙いを定めていた。
常人であれば決して当たらないほど距離が離れている。だが、亜人である彼女にそんなことは関係ない。
ずっと我慢していた。師匠や仲間たちが戦っている間もずっと魔力を一本の矢に込め続けていた。
仲間の苦しむ声が常に起動しているアンバーシェルから聞こえて来た時も、集中を切らさず力を蓄えていた。
誰にもバレないように。ただ一撃だけ。たった一本の必殺を放つためにビオレは我慢し続け、力を溜め続けていた。
解放の時が来た。
友を加工した紅蓮の弓矢が軋むほどに、すでに力は蓄えてある。
「お前は、絶対に、許さない」
私の友の、仇だ。
思いを込めて、矢から指を離す。
極限まで圧縮された魔力を纏い、紅に染まる弓矢が一閃の光りとなって女性に飛んでいく。
その矢に纏わりつく魔力が形を変え始めた。
「え?」
ビオレは目を見開く。彼女自身はただのエンチャントを施したつもりだった。
だが違った。少女の思いに応えてか、はたまた別の理由か。圧縮された魔力が徐々に膨れ上がり赤い壁となる。
紅に染まる炎のような壁が形を成していく。
巨大な姿が現れた。大きさは山のようであった。
空を覆いつくすように両翼を広げていた。
高度を下げていきただ真っ直ぐに向かっていく。
深紅の鱗が宝石の如く光り輝いている。
巨大な口と双眸が露になる。
圧倒的な威圧感と熱量が放出される。
雄大で堂々とし、荘厳ですらある存在。
紅蓮の火竜、ラミエルが、姿を現した。
「……綺麗ですねぇ」
大口が迫る。
女性はクスリと微笑み、白銀に染まった大剣を抱きしめる。
「さようなら。私の魔王様」
ビオレの誇り高き友は、エクスカリバーを飲み込んだ。
刹那、世界が白に染まり、巨大な火柱が天高く立ち昇った。
★★★
立ち上る炎の柱は全てを終えたことを物語っていた。
柱が消えると世界が静寂に包まれる。
ゾディアックはアンバーシェルを取り出し、声を出す。
「終わったよ。みんな。俺たちの……勝ちだ」
静かな勝利宣言を告げると、アンバーシェルを通じて、そして各地から大きな勝鬨が上がった。
「終わりですか。これで」
「ああ」
隣に立つロゼが、ゾディアックの顔を見る。
「……泣いてるんですね、また」
半壊した兜からは片目が覗いている。ゾディアックはハッとして目元を擦る。
ロゼが言う通り、涙が流れていた。
トムとまったく同じだった。どうやら彼女も、昔は自分の知り合いで、大切な人間だったのかもしれない。
ゾディアックは手に持っている漆黒の大剣を持ち上げる。
「……エクス……カリバー」
彼女の名を呟く。長らく忘れていた己の武器の名前でもあるということを、ゾディアックは思い出していた。
なぜこの武器と彼女の名前が一緒なのか。彼女はなぜここに来たのか、もし死んだらこの武器も一緒に滅びるのではないか。
疑問の答えは出なかった。ただ確かなのは、今この時、平穏が訪れたということだけだった。
「今は、それでいいか」
ゾディアックは大剣を背負った。ロゼが心配そうな表情でゾディアックの腕に絡んだ。
輝く満月がサフィリア宝城都市を照らしている。
「……さようなら」
焼け焦げた地に目を向けて呟いた。
女性の痕跡は跡形もなく消し飛んでいたが、微かに、ガギエルのものと思われる青白い欠片が残っていた。
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