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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
256/264

「The DeathStruggle」

 ガギエルが二足歩行になった時点で、ロゼは女性に背を向け走り始めていた。女性の笑い声が聞こえるがどうでもよかった。

 憎々しげにガギエルを肩越しに睨むと、手に巨大な氷の剣を持ち、こちらを狙っていた。


「クソッ!!」


 退避行動を取る。屋上の端まで行くとロゼは勢いよく飛び降りた。

 直後、建物に剣を模した氷像が突き刺さった。同時に建物が凍結し一瞬で瓦解、次いで液状化していく。透き通ってはいるが、粘度が高くドロドロとした水が地面に落ちていく。

 粘り気のある水面にロゼは着地すると、女性も次いで降りてきた。

 ロゼは攻撃を仕掛けようとしたが、足元が動かなかった。見ると、足首までが氷漬けにされていた。


「なっ……」

「一瞬の凝固、凍結。ガギエルなら造作もないことです。あなたが気付くよりも早く、この街を氷漬けにすることもね」


 女性はそう言い捨てると、ロゼを無視し姿を消した。

 転移(テレポ)ではない。終着点(エンドポイント)でもある魔力装置の具体的な位置を把握してないため、飛ぶことはできないだろう。できたら最初から使っている。

 おそらく女性は何かしらの移動方法で、どこかの装置を狙っている。ロゼを倒すよりそちらの方を優先したのだ。

 ロゼは舌打ちすると、手に魔力(ヴェーナ)を流しマグマのような炎を生成する。それ垂らし氷をとかす。

 自由になったと同時だった。ガギエルが何処かに、二投目を放とうとしているのが見えた。




★★★




 後方にある図書館の中に、黄金に輝く魔力増幅装置が入っている。

 館内には少数のガーディアンしかおらず、大多数が周囲を防御する陣を展開している。場所的にガーディアンの数が多くなったせいか、押し寄せてくる氷の精霊(エレメント)に対しても特に苦戦せず立ち回れていた。

 カルミンはこれで5体目となる精霊(エレメント)にレイピアを突き刺した。氷晶の中央に切先が突き刺さる形になり、砕け散った。


「よし!」

「ナイス、カルミン!」


 近くにいるミカが親指を立てて称賛した。周囲からガーディアンたちの闘志溢れる声が上がる。吹雪だというのに、汗をかくほど熱気が凄まじい。


「この調子でどんどん倒すわよ! あとはゾディアックさんたちがガギエルを――」

「おい! なんだあれ!!」


 気を引き締めようとした時だった。近くにいた剣術士(ソードマン)が遠方を指差した。

 カルミンが視線を向け、ガーディアンたちもつられて見始める。

 何かが立っていた。翼の生えた巨人が姿を見せ、何かを握っている。


「何……あれ?」


 ミカが呆然とした様子で呟くと、巨人は何かを持って腕を上げた。

 振りかぶっている。手に持った何かを放るために。

 そしてその矛先は、こちらに向けられている。


「に、逃げ――」


 周囲に注意喚起しようと、振り向きながら声をあげた瞬間だった。

 カルミンの目の前が真っ白になり、音のない世界が広がった。




★★★




「……長! 団長!」


 肩を揺さぶられ、エルメの意識が覚醒する。吹雪を背景に心配そうに見つめるラルドを見てほうと息を吐く。


「すまぬ、ラルド。団長は死んじゃったのだ……」

「何言ってんすか」

「だってブレス浴びちゃったもん」

「障壁の展開が間に合って防いだっすよ」

「え、ほんと?」


 目をパッチリと開き起き上がると、二足歩行のドラゴンの見た目をしたモンスターが暴れまくっているのが見えた。


「ビビって気絶って……まったく」

「いや、ちょ、ま、あれなに?」

「ガギエルっす」

「ガギエル!? 何で立ってんの! つうかドラゴンって立てるの!?」

「ああもう! んなことどうでもいいんすよ団長! マズいことになってるんす!」


 ラルドはある方向を指差した。装置を置いてある図書館の方角だ。

 そこが、氷漬けにされていた。まるで巨大な氷山が出現したように、青い世界が創りあげられている。


「が、ガーディアンは!?」

「わからないっす。さっきからアンバーシェルで警護していた人たちに連絡入れてるんすけど、魔力が渦巻いているせいか障害が……」


 エルメは障壁を確認する。しっかりと箱型の形を保っているのを見る限り、まだ装置は死んでいないらしい。だが、ガーディアンの安否が確認できない限りはそれも時間の問題だろう。


「駄目だ。まだ時間が必要なのに」


 本音を言えば自分が今すぐ援護に向かうべきなのだろう。

 しかしここを離れるわけでにはいかなかった。


「あの子は?」


 ラルドに聞くと、彼は顎で指した。

 不安に駆られながらエルメは少し離れた位置にいるガーディアンを視認する。

 これだけの魔力が渦巻き、悪天候で、巨人と表現できるドラゴンが出現しているにも関わらず、そのガーディアンは一点を見つめていた。

 合図が来る。その横顔は、それだけを信じているようにも見えた。




★★★




 ドラゴンが立ち上がり、さらに強力な攻撃を仕掛けていた。ブランドンたちは様子をうかがうため物陰に身を潜めていたが、あれだけの大きさでは建物などなんの遮蔽物にもならないだろう。


「何か、大きくなってねぇか? あれ」


 ウェイグの疑問通り、図体が大きくなっている。恐らく空中から魔力を吸い続けているため、防御力を上げつつ体も大きくしているのだろう。


「斬りがいがあるってものよ」

「その前に氷漬けにされて砕かれちまうぞ」


 ヨシノは笑顔で刀に手をかけていた。ウェイグの声も聞こえていないらしい。

 ブランドンはサラマンダーの体に手を当てた。さきほどから体温が上昇している。よほど寒いのだろう。背中に乗っている限り、乗組員たちは寒さの弊害を受けない。だがサラマンダーの熱さ以上の寒さが来たら、それはもう防げない。サラマンダーが死ぬレベルの極寒など、ウェイグやヨシノが耐えられるわけがない。


「とりあえずここにいても始まらないな。注意しつつ作戦を遂行するぞ」


 ブランドンが指示を出して通りにサラマンダーを出した。

 次の瞬間、横から何かが飛来してくるのを感じ取った。手綱を握っているせいで反応が遅れたブランドンは防御反応が取れなかった。

 衝突音が響き渡る。黒衣の女性が大剣で斬りかかってきていた。間に入りその一振りを防いだのは、ヨシノだった。


「あら。また斬られたいんですか?」

「安心しなよ。今度は私たちの番だ」


 ヨシノが目配せした瞬間、クーロンの野太刀が強襲する。女性は剣を引いて飛び退いた。

 サラマンダーから離れたせいか女性の黒い姿は一瞬で白い吹雪に飲み込まれ、見えなくなった。


「駄目だ。時間が必要だ」

「相手気付いたかもしれねぇぞ。セロに」


 セロはさきほどから黙って銃を握りしめている。その顔には怯えと迷いがあった。

 ブランドンが手綱を離す。


「ゾディアックのパーティはガギエルの相手をするので手一杯だろう。作戦通りに動くぞ」

「承知」


 クーロンが代わりに手綱を握り、ブランドンがサラマンダーから降りる。足止めをする場合は一番強いブランドンが引き受ける手筈になっていた。ただ、まさかボス自らが来るとは思わなかったが。


「振り向かずに行け。奴の狙いはセロだ。ヨシノ、クーロン、ウェイグ。しっかりとセロを守れ」

「うん、わかった!」

「あんたも気を付けろよ」


 クーロンが手綱を勢いよく動かすと、甲高い鳴き声を上げてサラマンダーが走りだした。距離が離れていくにつれ視界が銀模様になる。

 その中に一つだけ黒い点が見えた。


「なるほど。さきほど少しだけ見えましたが……面白いですね、人間は。魔力を溜めることができる機械を作ってしまうとは。あの機械を持っている者を逃がしているということは、やはりあれがキーですね。つまり、勝敗を握っていると」

「だったらどうした」

「あれを潰せば私の勝ちです。少なくとも、ガギエルがこの国を凍結させる」

「そうか。確かにそうかもしれん。だが根本的なことを見逃しているぞ」

「わかってますよ。まずは、あなたを潰さないと!!」


 側面から殺気を感じ取った。ブランドンは左腕を上げ剣の一撃を防ぐ。

 鍛え上げられたオーグ族の筋肉は鋼のような強度を持つ。大剣の刃は、少しめり込む程度だった。


「ぬるいな」


 殺意の籠った怒りの顔を向ける。女性は随分と楽しそうに笑みを浮かべていた。


「本当に強いですね、あなた。ゾディアックと同じくらい強いかもしれない」

「泣き言など聞かんぞ」

「馬鹿ですね」


 女性は剣を引いた。

 同時に、ブランドンの右足から力が抜けた。


「!!?」


 困惑するよりも早く力を入れなおし体勢を整える。

 女性を睨みながら手の平を握る。魔力が無くなっていることに気づいた。


「お前その剣……」

「ゾディアックと一緒にいたのに気づかなかったんですか?」


 魔力が吸収される剣。ブランドンは敵の効果を察知した。

 このままではジリ貧になるのが目に見えている。短期決戦で勝負を仕掛けなければならない。

 攻め手を考えていた時だった。

 吹雪の隙間から、ガギエルが3本目の剣を生み出すのが微かに見えた。




★★★




「させるか!!」


 動き続けるサラマンダーを足場に、魔力を込めた斬撃をゾディアックは放った。

 ガギエルがブレスを吐きそれを打ち消そうとする。だが突如横から襲い掛かってきた緑と赤の炎がブレスを飲み込み、掻き消した。

 ベルクートとラズィの魔法に援護されながら飛んでいった、至極色の斬撃は、氷でできた剣を打ち砕いた。


【やるぅ】


 真っ二つになった剣をゾディアックに向かって放り投げる。

 ベルクートが両手を向け炎の壁を作り、剣を逸らした。直後近場の建物に突き刺さり、砕け散る音と共に周辺が液体と化した。


「くそが。反らすのが精一杯かよ」


 魔術の天才であるベルクートの炎をもってしても、あの氷をとかすことはできない。

 ガギエルがそれを見て大口を開ける。


【駄目だな。遠くより近くの虫を殺さないとね】


 口から吐息を出し一瞬で剣を生み出すと、ゾディアックたちに向かって振った。


「掴まって!!」


 レミィが声をあげサラマンダーを動かす。急な旋回でフォックスが悲鳴を上げながら鱗にしがみつく。

 間一髪で避け剣が地面にめり込む。だがそこからが本領発揮だった。剣を起点に、周辺が氷漬けにされ始めた。


「やばいやばい! 追いつかれる!!」

 

 全速力で逃げるが、ほぼ同じ速度で氷が迫ってくる。瓦礫や街頭が一瞬で氷になる。

 肩越しにそれを見ながらレミィが吠える。


「大丈夫! 逃げられ――」

「レミィちゃん!!! 進行方向変えろ!!」


 ベルクートが叫んだ。正面に目を向けるとガギエルが何かを振り被っていた。形状は槍。

 ガギエルは腕を振り下ろした。鋭い先端が、うねりを上げて迫りくる。


「駄目だ! 建物じゃ防げない!!」


 ゾディアックは無言で立ち上がり半身になって大剣を構える。斬撃を飛ばすために剣が輝く。

 気合の声と共に斬撃を飛ばした。吹雪を貫き槍を砕く。

 はずだった。

 槍は斬撃が当たる直前で液体と化した。


「なっ」


 渾身の斬撃は空を切った。そして大量の水が降り注ごうとしている。

 この水の意味は分かる。


「建物の陰に隠れて!!」


 ラズィが叫ぶ。レミィはサラマンダーを近くの路地に滑り込ませる。

 降り注いだ雨は建物の壁や地面に当たり、全てを氷漬けにし、砕いた。


「嘘だろ」


 遮蔽物に選んだ建物は一瞬で水となった。そしてとうとう、その水がサラマンダーに触れた。

 刹那、サラマンダーの足が凍結した。


「飛び降りろ!!」


 ゾディアックの声と共に全員サラマンダーから飛び降りる。水を浴びないようにサラマンダーを盾にしながらその場から離れる。

 乗り物として機能していた赤色の蜥蜴は一瞬で氷像となり、砕け散った。


「作戦通りに!!」


 指示を飛ばすと仲間たちがそれぞれ逃亡を始める。フォックスが一人で駆け、ベルクートとラズィが同じ方向へ、レミィが単独で逃げる。

 ゾディアックは鎧に付けているポーチからアンバーシェルを取り出し、魔力を流す。周囲の声を拾えるように集音性を高め、通信状態にしたまましまった。


 ガギエルを、見上げる。

 両手に氷の剣を持ち、ゾディアックを見下すそれは、まるで神話に出てくる神のようであった。

 暗黒騎士は、たった一人で氷と水を操る渦神と相対した。


『ゾディアック!! ゾディアック聞こえるか!!』


 エルメの声がポーチから聞こえてきた。


『図書館方面の状況がマズい! 誰とも連絡が取れてない!』

「エルメ団長」

『このままじゃ装置が壊されちゃう!』

「駄目だ! まだ時間がかかる!!」


 ゾディアックは図書館にいるカルミンたちからの通信が戻ることを願うしかなかった。

 だがこの状況では期待できないだろう。イチかバチかになるが、ゾディアックはブランドンの方に連絡を取ろうとした。


 その時だった。




『こちら第三拠点だ。応答願う』


 聞き覚えのある、男の声が聞こえた。

 国外に逃げたはずの、あの声が。



お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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