「The BattleField」
跳躍し目指した建物は、他の風化しつつある廃墟の中でも形が保たれていた。この街においては立派で大きな物だと言えるだろう。
だから自分がここに跳躍することを、目の前にいるディアブロは見抜いていたのかと女性は思う。
ロゼと名乗る吸血鬼はこの寒空の下、震えもせず、近くにドラゴンがいるというのに、焦りも恐れも微塵も感じていないようであった。それだけゾディアックと仲間たちを信頼しているということなのだろう。
「作戦は順調ですか?」
女性は探りを入れた。
「それを答える必要、あります?」
ロゼは肩をすくめた。
「無駄話をして時間を稼ぐ戦法は嫌いです。もっとシンプルに行きましょう」
両手を広げると、スカートがふわりと翻る。この白銀の世界に黒のドレスは非常に見栄えが良かった。
「そうね。シンプルに行きましょう」
剣を両手で持ち切先を向ける。ロゼの視線が鋭くなり臨戦態勢となる。
その瞬間、女性は気取られないようガギエルに指示という名の魔力を送った。
★★★
ガギエルが身を捩った。警戒したレミィはサラマンダーを離す。吹雪が体に当たるが、サラマンダーの熱気のおかげで一気に蒸発し、ゾディアックたちは寒さを感じてなかった。
何をするつもりか警戒しているとガギエルのもつ四つの羽が広げられ、天に向かって伸ばされる。
「あんにゃろう、飛ぶつもりか?」
フォックスが疑問を口にした直後、その羽が音も立てず霧散した。驚いていると霧と化したそれは様々な形に変わっていく。それも無数に。
「精霊を生み出しているのか」
レミィが歯噛みして言った。炎や氷といった魔力によって生み出された、魔力の高い精霊と呼ばれるモンスターはいわゆる”特別性”。スライムやコボルトといった普通のモンスターと比べて並外れて強敵である。
空に浮かぶ無数の精霊は氷の結晶がそのまま大きくなったような見た目をしている。幾何学的な模様を描いている物もチラホラ見えるが、兎にも角にも数が多く、全体で何体いるのか把握しきれない。
雪の結晶たちは地上へ向かわず、目的を持っているかのように分散して移動し始めた。
全部で四方向に向かうのを見て、フォックスがゾディアックに視線を向ける。
「師匠! 相手やっぱもう気づいているみたいだぜ!」
「みたいだな」
ゾディアックは剣を背負うとアンバーシェルを取り出し、あらかじめ画面に表示されていたメッセージを飛ばした。
ガギエルの顔が装置のある方向に向けられる。ベルクートとラズィが炎の球を、その横顔に放つ。巨大な岩石並みの大きさのそれを数発浴びたガギエルは怒りを体現するかのように吠え、巨大な牙をゾディアックたちに向けた。
「そうだ、お前はこっちに集中してればいいんだよ、デカブツ!」
ベルクートが中指を立てて挑発する。
まだ作戦通りだとゾディアックは重い、再び背中にある大剣の柄に手を伸ばした。
★★★
手に持っていたアンバーシェルが振動し、ウェイグは画面を見た。サラマンダーが揺れ動くせいでよく見えない。
「ブランドン! もう少し速度落としてくれ!」
「すまん」
ぶっきらぼうな声が返された。
「こ、これもうちょっと揺れが軽減されたりしないのかな……」
「おい、ブランドン。姫がこう言っている。なんとかしろ」
「文句があるなら降りてもらうぞ」
「け、喧嘩しないでよ!」
オーグ族の間を取り持つヨシノに同情しつつ、速度が遅くなるとメッセージを確認する。
「作戦通りだ。このまま移動しよう」
「向かうのは東方面だな」
ウェイグは頷いた。サラマンダーが再び速度を上げ、敵に見つからないよう建物の隙間を縫うように移動する。
「……」
セロは光り輝く魔法銃を握りしめながら、微かに見えるガギエルの姿を見つめていた。
★★★
大剣が迫りくる。ロゼは右手を振ってその一撃を弾く。
少女のような細腕と小さな爪からは想像もできな威力だった。大剣が折れたのではないかと一瞬錯覚する。振動は痺れとなり右腕を襲った。
ロゼは一歩踏み込み間合いを潰すと掬い上げるように爪を振り上げた。女性が上体を反らし、それを回避する。
ただその行動のせいで、ロゼの姿は見えなくなった。
「それ」
可愛らしい声と共に、女性の足の甲を踏む。バキッ、という何かが砕ける音と共に地面が砕ける。しかし、女性は眉一つ動かさずロゼを突き飛ばすと剣を横薙ぎに振った。
ロゼは大きく後ろに飛び攻撃をやり過ごす。
「ふむ。物理的外傷は意味がないと思ってましたけど」
砕いた女性の足を見る。黒い煙が上がっており、再生し始めていた。
「回復速度が遅いですね。ガギエルを操っているせいか、それとも魔力を分け与えてるせいで自分の力が弱まっているのでは?」
「……お喋りは嫌いなんでしょう?」
「まぁ自分がする分にはいいんですよ」
ロゼが姿を消した。女性は自分の後方から気配を感じ取り、迎撃しようと振り向く。
しかしロゼの速度はそれを上回っていた。振り向いた女性の顔面を掴むと、そのまま勢いよく地面へと倒す。後頭部を強かに打ち付けた女性からくぐもった声が上がる。
そのまま力を込め、林檎を砕くように顔面を握り潰した。血肉と骨の破片が飛び散る。
「ぶっ飛ばしてあげますよ」
首から上を吹き飛ばそうと、ロゼは空いた方の手を振りかぶる。
だが腹部に衝撃が走った。女性の前蹴りが深々と鳩尾に入ったのだ。ロゼの小さな体躯が内側に降り曲がり後方に吹き飛ぶ。倒れはせず、踵でブレーキをかけつつ体勢を整える。
両者に間合いが生じ、女性が起き上がろうとする。だが顔が治っていない。両眼を優先して治しているが顔の皮は剥がされたままで美人の面影はなくなっていた。
誰が見てもロゼが優勢であることは明白だった。
「どうします? その顔で泣きながらごめんなさいしたら優しくしてあげますよ」
ロゼが指を曲げて挑発する。女性の動きは鈍い。激昂して本気を出すか、それとも魔法を見せてくるか。ロゼは油断せず相手を睨む。
だが顔が回復した女性は前髪を掻き上げ。
「準備が整いましたよ」
冷たく、そう言い放った。
★★★
「くっそ! さっきからケツがいてぇ!」
ベルクートはサラマンダーの鱗を掴みながら腰を少し上げる。客を乗せるサラマンダーであれば、乗客用のシートと屋根が背中に装備される。しかし今回は機動力が大事であったため、手綱以外の余計な荷物は全部捨ててしまっていた。
そのため、硬い鱗の上に乗り続けるのはそれなりに厳しいものがあった。
「ラズィちゃん、大丈夫?」
「私は杖を突き刺しているので~」
見ると、ラズィの杖は鱗を貫通していた。ラズィはそれを支柱にして立ち、バランスを保っている。
「……可哀想に、サラマンダー」
「これくらいじゃ音をあげませんよ、この種族は」
「雑談するくらい余裕じゃん!!」
フォックスが声をあげた。直後、再びガギエルがブレスを吐く。
レミィは手綱を操作しそれを避ける。最初に比べて範囲も威力も弱まっている気がした。
「行けるんじゃないか、これは」
「なんかたいしたことねぇな。ドラゴンってこんな感じなん?」
勝利のムードが漂う中、ゾディアックは黙ってガギエルを見つめていた。
「師匠? どしたん?」
「……おかしい」
「え、何が?」
「何で、ガギエルはブレスしか吐かないんだ」
ガギエルは相対してからずっと同じ攻撃しかしていない。前足による近接攻撃は最初だけである。ドラゴンという種族でありこの天候、ブレスよりも有効的な氷雪系の魔法などいくらでもある。それすら使わずブレスだけ。
「サラマンダーのスタミナ切れでも狙っているのか?」
「だとしたら、敵は無知だな」
レミィが勝ち誇ったように言った。
「サラマンダーの一番の強みはスタミナだ。ここから100キロ離れた場所にだってトップスピードで走り続けることだってできる。1日あれば、500キロも夢じゃないレベルだ。おまけに寒暖差にも強いからな」
「……だよな」
それでも不安が晴れることはなかった。
「とりあえずさっさと倒そうぜ! 次で足砕いて倒れたら、首落としちまえば勝ちだ!!」
「……その通りだな、よし、行こう――」
【ああ、よくわかった。うん、もう大丈夫】
突如、上空から声が聞こえた。
いや、上空ではない。
【やれやれ。ちょっと前に倒されて若返ったと思ったらこれだ……人使いが荒いな、小娘は】
若い男性の声だった。ゾディアックたちはガギエルを見る。
「しゃ、喋ってね……?」
「理性があるっぽいな……」
【なるほど。ほんの数十年でここまで強くなるのか、君たちは。敬意を払わないと。申し訳ない、手を抜いて戦ってしまって】
ガギエルの双眸がゾディアックたちを捉える。その声はどこか楽しそうであった。
【時が来た。これから全力で相手をしよう】
「……!! レミィ、離れろ! 離れた方がいい!!」
返事をするよりも早く、サラマンダーの踵を返す。
同時に地震が起こる。ガギエルが後ろ足に力を込め、その巨躯を上げる。四つの翼を広げなら二足歩行になると、さきほどまで短かった前足が徐々に延び、太くなり、指が長くなり、人間の腕のようになる。
その姿は、天から巨人が現れたようであった。
「す、すげぇ……」
大きく口を開けてフォックスは見入ってしまう。
白銀の巨人と化したガギエルは右腕を上げ、その手に向かってブレスを吐く。
ブレスは拳に纏わりつくように渦巻き、形を成していく。時間にすれば数秒。数秒の間にガギエルの手には、ロングソードの形をした氷像が生み出された。
【さて、まずは】
ガギエルはゾディアックたちから視線を切り、剣を逆手に持ち腕を振り被る。そして槍投げのように、腕を振って投擲した。
「ロゼッ!!!」
ゾディアックは投げた方向にいるロゼの名を、喉が裂ける勢いで叫んだ。
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