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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
253/264

「The Twenty-Eight」

 ふざけるな、という言葉が頭の中を反芻する。もう何度思ったかわからない。

 仲間はすでに自分を捨ててこの国を出ている。つまり自分は、異世界でひとりぼっちになってしまった。

 加えて嫌っている人種の駒として使われてようとしている。憤る感情が沸き起こる。

 だがどうすることもできないため、セロは恨めしげな目で道路を見た。大勢の亜人たちが移動している。


「そんな怖い顔をするな」


 馬車の車輪に背を預け座っていたセロは、顔を上に向けた。巨漢の鬼が立っていた。

 これ以上自分より強い存在を見たくはなかった。視線を切り、魔法銃を抱きしめる。以前大暴れした時のように、魔力(ヴェーナ)が込められていないため発動することはできないため、今は無用の長物と化している。


「緊張しているのか?」

「あ?」

「昨日ベルクートたちが話していただろう。その銃で撃つんだろう? 魔力の込められた特性の弾丸を」


 ブランドンが隣に座る。微かに見える隆起した筋肉は、金属のような光沢を放っていた。


「持ち主はおろか周囲の魔力を喰らう悪食の銃……だからお前が力を籠めたらまた暴走してしまう。そこで主にベルクートとウェイグが特性の弾丸を作った」


 腰に手を伸ばし、手の平サイズの四角い箱を手渡す。手の平サイズと言っても、オーグ族の手での話だ。人間(ヒューダ)であるセロにとっては両手でようやく掴める大きさだった。

 箱を受け取り蓋を開ける。中には銀色に鈍く光る、先端が尖った弾丸が4発入っていた。


「結局、徹甲弾にしたのか」

「それを魔法銃に装備して撃てば、属性のない魔法で作られた弾が発射される……で、間違ってないよな」


 セロは無意識のうちに頷いた。

 昨日の夜、急ごしらえで作られた試作弾をセロは試射していた。弾丸が発射し的に当たった時は褒められたのが、少しだけ嬉しかった。


「ならばあとは、”足”が言うことを聞いてくれればいいな」


 ブランドンが立ち上がると、群衆が道を作った。正面から巨大な何かが走ってくるのが見える。

 雨水を跳ね上げ迫りくる二つの影に対しセロは立ち上がる。影はブランドンの前で止まった。


「見るのは初めてか?」

「いや、これ……ドラゴンじゃねぇのか?」


 目の前で停止したのは鱗が赤い巨大な蜥蜴だった。全長は10メートルほどだろうか。

 紅蓮の鱗は鼓動を告げるように、一定間隔で赤い光を放っている。この雨の中でも嫌に輝いて見えた。それに加え長く太い尻尾、立派な四つ足には鋭利な爪が剥き出しになっている。

 顔はドラゴンのそれであり、大きな瞳と大きな白い歯をむき出しにしている。口の端からは熱そうな炎の涎が零れ落ちていた。先日見たドラゴンとの違いは、大きさと羽がないこと、そして馬銜(ハミ)を装備していることだ。

 セロの質問に対し、ブランドンは頭を振って蜥蜴の首を撫でた。


「”サラマンダー”だ。炎蜥蜴とも呼ばれている。分類的にはドラゴンなのだが、住民の乗り物として品種改良されている。だが、ここにいる2頭は連れていかれなかった(はぐ)れ者でな」

「何で逸れ者に?」

「気性が荒くて処分が決まっていたらしい。ちょうどいいからと管理者が置いているのを拝借した。こいつなら5、6人乗せて亜人街を走るのは容易だろう」


 機動力の高いガギエルとはこれに乗って戦う。ゾディアックの案だった。

 セロはサラマンダーに近づく。ゆっくりと手を伸ばす。


「安心しろ。噛みはしない」


 言葉を信じて首を撫でる。心なしか、気持ちよさそうだ。


「お前らも……ひとりか」


 どこか親近感が湧いたセロは、銃を置いて両手でサラマンダーを撫でた。この寒さを吹き飛ばすような暖かさが、両手から伝わってきた。




★★★




「大きなモンスターだね。スサトミにいたかな、あんなの」

「あれが市中を駆けまわるとなると、大騒ぎになりますな」


 忙しなく動くガーディアンたちから外れ、建物の近くにいたヨシノとクーロンは興味深そうにサラマンダーを見つめる。


「欲しいって言ってもやらねぇからな」


 レミィが半笑いで近づく。いつもの事務服だったが腰には「嵐」を差していた。


「あなたその格好で戦うつもり? 死ぬわよ」

「安心しろ。これでも立派な防具だ。セントラルの職員はこういうのが支給されていてね」

「ふむ……魔法で強化されているのだな」


 二人の興味がレミィに向けられた。

 その様子を、アイエスの窓から見ていたフォックスはため息を吐いた。


「どいつもこいつも緊張感ねぇんじゃねぇのか?」

「ここでジュース飲んでるフォックスくんも大概だと思うんだどぉ」


 対面に座るミカが苦笑いを浮かべた。


「俺はいいんだよ。こう、何? 英気を養っているというか」

「まぁゾディアックさんたちと一緒に走り回るんだもんねぇ。がんばれー」

「っけ。バカにしやがって」


 ミカの笑顔を見て、ジルガーの顔が浮かんだ。昨日の間に昔住んでいた場所に向かって全員を避難させていたが、知り合いが「ジルガーはすでに店の従業員と共に逃げた」と教えてくれた。

 それだけ聞けて良かった。これで心置きなく戦えるというものだ。

 フォックスは神妙な面持ちになる。その時、顔に何かが触れた。ミカの手だった。身を乗り出し、フォックスの顔を挟む。


「死なないで」


 泣きそうな表情で言った。

 フォックスはニッと笑い、顔を近づけ、鼻の頭をミカの鼻尖に付けた。


「大丈夫。俺らには、最強の暗黒騎士が仲間だから」




★★★




「なぁ、ウェイグ。疑問があるのだが」

「んだよ団長。黙って手を動かせ。こちとら片手に近いんだからよ」


 最後の指定地点に柱を立てながらウェイグは言った。円柱状の魔力増幅装置が天を向く。

 エルメは力無く返事をした。


「どうしたんだよ」

「団長は心配なんですよ」

「心配事ってあれだろ。天井部分の強度だろ」


 装置が起動すると、他の地点に設置した装置並びにセロが持つ魔法銃が反応し、障壁が発生する仕組みになっている。壁から作り上げられ、天井を覆いつくすように障壁は広がる。最終的な形はドーム型になる想定だった。

 だがそれには問題があった。理想では天井部分にも装置が必要なのだ。装置同士が近ければ魔力も強くなるという仕様のため等間隔に並べられてはいるのだが、天井、特に頂点部分は最も遠い部分のため強度に不安がある。

 そこまで理解しているウェイグは頭を振った。


「それを防ぐために作戦も立てただろうが」

「いやそうじゃない。問題はもう一個ある」


 エルメが肩をすくめた。


「こっちにガギエルをどうやって転移(テレポ)させる? 終着点(エンドポイント)に関しては問題ないが、開始点(スタートポイント)がない。だから装置がもう一個必要になるではないか」


 謎の女性がガギエルを召喚した原理がなければ、羽化したガギエルを亜人街に落とせない。作戦の根本部分に穴があったことに、エルメは気づいた。

 だが「そんなことか」と嘲笑うように、鼻で笑われた。


「その部分は、いの一番に潰したよ。うってつけの開始点があるだろうが」

「それは、何だ? すでに設置済みか?」

「”今、向かってんだよ”」


 その返答で、エルメはようやく理解した。感心するような声を出す。

 直後、驚愕の声をあげた。

 ウェイグがクツクツと喉奥を慣らすと同時に、装置の設置が完了した。あとは、あの騎士次第となった。


「頼むぜ、ゾディアック」


 ウェイグの視線は、南地区の方へ向けられた。




★★★




 すでにメ―シェルとサンディは病院からこの施設へと移した。

 この施設で最も強固な応接室に二人を匿ったエミーリォは1階へ向かう。少数のガーディアンとカルミン、そして剣を背負うゾディアックが見えた。


「行くのか、ゾディアック」


 声をかけると騎士が振り返った。翻るマントは闘志が溢れているようであった。


「ああ。留守は頼む」

「うむ。存分に戦って勝ってくるがよい。ここには少数のガーディアンだけで充分よ。お主が死んだらここにいる全員蜘蛛の子散らすように逃げ出すからの」

「ああ」


 ゾディアックはカルミンを見た。頷きが返され、二人はセントラルから出た。


「ビオレ、気持ちはわかりますが、暴走しないでくださいね」

「うん。大丈夫だよ」


 セントラルの入口近くで項垂れていたビオレは顔をあげてロゼを見た。


「意外と頭は冷静だから」

「それを聞いて安心しました。さぁ、みんなの元へ行きましょう。ゾディアック様も準備が整ったようですし」


 言い終えると、ロゼは闇夜へ消えた。

 ビオレが振り返ると、ゾディアックとカルミンが歩いてくるのが見えた。


「お待たせ、ビオレ。行こう」

「うん。マスター」

「ん?」

「……絶対、勝とうね」


 ゾディアックには、まだ女性とラミエルの関係を話していない。そのためこの言葉と態度は不審に思われるかもしれない。

 だが覚悟の籠った双眸を見たゾディアックは深く聞かないことにした。


「そうだな。一緒に戦って、勝つぞ」

「うん!」

「はい! 行きましょう、ビオレ!」


 カルミンがビオレの手を掴むと、転移魔法(テレポ)を使い姿を消した。


「ロゼ、西は任せたよ」


 影に向かってそう言うと、ゾディアックも転移を使った。向かうは北地区だった。




★★★




 「全員避難しろ! こっちだ!!」


 北地区の門前に転移すると、ベルクートが声を荒げていた。雨が地面に叩きつけられる音と雷鳴にかき消されないよう声を張り上げている。

 隣にいたラズィは門から出ていく人々を確認していた。

 ゾディアックは二人に近づくと、話していた両者が振り返る。


「住民の避難は」

「北地区は完了だ。南地区はラルと他のガーディアンが上手くやってくれたらしい」

「東地区は意外と苦戦しているみたいですね~」


 ゾディアックは視線を空に向ける。あまり時間はない。


「行くのか、大将」

「ああ」


 短く返事をするとふたりがその後ろに続く。向かうはワイバーン発着場。

 降りしきる雨は強さを増し、雷が頻繁に落ち始めていた。

 しばらく歩き発着場まで来ると、3人は屋上へ上った。

 そして、この大雨の中、まったく濡れていない女性を捉える。


「あら、ようやく来てくれましたね」


 挑発的な視線が向けられる。ベルクートはバレないようポケットに入ったアンバーシェルの通話ボタンを押した。


「わざわざ来なくても待っていればよかったのに。この卵が孵化する瞬間を」


 そう言って女性は天を指差す。ヒビの入った球体の隙間から、ガギエルの姿が見える。


「あとは私が少しでも魔力を流せば、この街、いいや、国は水没します」

「……満足か。こんなことをして」

「満足”途中”ですよ」


 女性は白い歯を見せた。その姿はこの世ならざる怪物を彷彿とさせた。


「憎いか?」


 女性の眉が動く。空中の球体からヒビが入る音がした。

 ベルクートとラズィが一歩引く。ベルクートは女性と球体を交互に見る。球体からは唸り声のような氷の軋む音が鳴っている。


「俺が、憎くてたまらないか?」

「……はい。今のあなたは、憎くてたまらない」


 空中から氷が割れかけている音が聞こえてくる。


「駄目ですよ。あなたはそうじゃない」


 女性の口許から、笑みが消え、底なしの沼のような瞳と無表情がゾディアックに向けられる。




「お前は世界の敵でなければならないんだ。ゾディアック・”ファントム”・ヴォルクス」




 瞬間、空が割れた音が鳴った。

 直後金切り声のような咆哮が天に、そして国中に轟いた。地面が揺れ空気が振動し、雨が雹へと変貌する。

 あまりの音と重圧にラズィが膝をつきそうになった。


「さぁ、ガギエル。全てを飲み込みなさい」


 氷の球体が砕け散り、中に眠っていた四つ羽の白龍「ガギエル」が姿を見せていた。

 大型のドラゴン。ラミエルと同等かそれ以上の大きさになっていた。

 白い吐息が零れ空気が一瞬で凍結していく。温度が一気に下がったようだ。雹が氷柱に変わり始め、雨雲の中を蠢く雷は、その登場を祝福するかのように鳴り響いている。


 一瞬動けば吹雪が起こり、吠えれば大地に濁流が発生する。

 ゾディアックはひとつ息を吐いて、背中の大剣の柄を握った。


「行くぞ、みんな」

「おうよ、大将。やってやろうぜ」

「……了解です~」


 ベルクートはポケットからアンバーシェルを取り出し、音量を最大にする。


『準備はできてるぜ、師匠!』

『勝とう、マスター!』

『ドラゴンなんざ切り捨ててやるさ』

『ゾディアック様、いきましょう』


 聞こえてくる仲間の声に、ゾディアックは頷いた。


「これが、最後の戦いになる」


 覚悟を決めて、漆黒の大剣を抜く。


「……覚悟はいいか……!!」


 決死の声はガギエルに向けられたものか、それとも女性に向けられたものか。

 黒髪の女性は尊敬するような瞳を向け、首を縦に振った。

 次いでガギエルも答えるように強襲を仕掛けた。

 ゾディアックは大剣を大きく振り上げ、迫りくるドラゴンに振り下ろす。

 白黒が一瞬交わった直後、白銀が漆黒を飲み込んだ。




 次の瞬間、巨大なドラゴンはその場から姿を消した。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いしますー!

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