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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
252/264

「The Twenty-Seven」

 雨と雪が吹き荒れる天候の中、亜人街は賑わいを見せていた。

 酒盛りをしているわけでも店を営業しているわけでもない。皆が皆、慌てて逃げている様子が賑わっているように見えるだけだ。

 亜人街の入口であるアーチ付近で、フォックスはふと空を見上げた。時刻は昼前だというのに、空はまるで深夜のような黒で塗り潰されている。ここ最近ずっと晴れ模様を見ていない気がする。


「お、見つけたぞ!!」


 憎々しげに空を見ていると声がかけられた。団長の声だ。目を向けると馬車を操る姿が見えた。雨具を装備しているとはいえ全身が派手に濡れている。


「お疲れさん、団長!」

「やれやれ。急いで作ったら作ったで、急いで持って来いと言われるとは。人使いが荒いぞ!」

「いやまぁ、荒くもなるって。だってほら、あれ」


 フォックスの視線は北地区の空へ向けられた。正確には、北地区上空に浮かぶ巨大な球体に。

 ガギエルが眠っているとされる球体はその大きさを増しており、さらに至る所にヒビが入っていた。氷山の一角に入ったようなヒビを見るたびに、ふとした時に割れるのではないかと思ってしまう。


「まぁ確かにな。だが安心したまえ。団長がしっかりと物は用意してきたからな!」


 エルメは肩越しに荷台を親指で差した。フォックスが近づいて中を見ると、見慣れない鉄製の筒が置かれていた。長く、そして太いそれは、フォックスだけでは運べない質量だった。


「これを指定位置に置いてくれればいい。あとで来るガーディアンと協力して運んでくれたまえ」

「わかった! めっちゃ仕事早いな、団長」

「ふふふ。むしろ仕事の早さ以外誇れるものがない!」


 豪快に笑うと、エルメは疑問符を浮かべた。


「しかしお前らどうやって戦うつもりなのだ?」

「何が?」

「ガギエルを羽化させた状態で戦うのだろう? いくら地上にいるとはいえ、相手はドラゴンだぞ。飛べないだけで破壊力と機動力は弱まっているわけではない。だからどうやって戦うのか気になってな」

「ああ。それな。俺も気になったから、師匠が言ってたよ」


 フォックスは昨日のうちにゾディアックから聞いた答えを話した。エルメは感心するようにうなずいていたが、眉は寄せられたままだった。


「なるほど、その案は面白いが……危険極まりないな」

「安全性なんて気にして勝てる相手でもないだろ? 俺は、師匠と仲間を信じる。だから団長も信じてよ。俺ら、こう見えても結構強いガーディアンなんだぜ」


 ニッと笑ったフォックスの笑顔は、微かな恐怖と、それに打ち勝とうとする力強さがあった。

 戦いに挑む男の顔を見て、エルメは信頼するように頷いた。




★★★




 アーチから離れた場所にあるバー、”アイエス”の前。ブランドンは屋根の下で腕を組み街道を気にしていた。この悪天候の中、あれが出せたかどうか気になるところではあった。

 果たしてそれは杞憂に終わった。視線の先から”それ”に乗ったゾディアックたちが姿を見せたからだ。


「準備は整ったか」


 あとはガギエルと、それを操る女性との戦いに備えるだけだった。

 ブランドンは拳を強く握り、目の前で止まった”それ”に近づく。




★★★




「避難経路はあちらです! どうか慌てずに東門へ向かってください! 走らなくても終日東門は開門状態です! 先では混雑を緩和するために、列を整理しているのでご協力をお願いします!」


 住民を誘導するカルミンの声が木霊する。近くからもガーディアンたちの声が轟いていた。集合住宅から出てきた住民たちは、誘導に従って行動し始めている。ガギエルの球体が出てからもこの街に、国に居残ることを決めていた住民たちだったが、ガーディアンが戦闘をするという説明すると退避を始めた。

 道行く人々は大量の荷物を持つ者から手ぶらで避難をしている者もいた。


「ガーディアンのお姉ちゃん」

「ん~? どうしたのかな?」


 東門へ繋がる十字路にてミカは、傘を差す少女に声をかけられた。


「サフィリア、なくなっちゃうの?」


 泣きそうな眼で見上げてきた。一度面食らったミカだが、柔らかな笑みを浮かべその小さな頭を撫でた。


「そんなことはないよー。私たちが今からちょっとお掃除するから、そしたらまた住めるようになるからね」

「ほんとう?」

「本当だよ! 大丈夫。こっちには超強いガーディアンがいるからね!」

「お姉ちゃんは? 強くないの?」


 子供というのは純粋な疑問をぶつけてくるものだ。だが、たくさんの兄妹に囲まれて育ったミカは笑顔を崩さない。


「お姉ちゃんだって強いんだよ。だから大丈夫」

「……うん。私も、ガーディアンだったら戦えたのに」

「お、志願者? なら、サフィリアに元気が戻ったら、セントラルに遊びにおいで。私が仲間になるから、ガーディアンのお仕事、体験してみよ?」

「……! うん!!」


 少女に笑顔が浮かぶ。ミカも笑い、東門へ向かう彼女を見送った。


「よし! がんばろ!」


 気合を入れなおしたミカは、西地区で頑張る獣人を思いながら避難誘導の声を強めた。




★★★




 ビオレとレミィはすでに避難が済んだ東地区の一画で立ち止まる。探知できる魔力(ヴェーナ)は見当たらない。

 亜人である彼女たちの誘導を、素直に聞き入れる住民は多くはない。そのため、ふたりの役割は避難誘導ではなく、避難に遅れた住民の捜索並びにモンスターの探索を御行うことだった。後者に関しては門を開けているため、モンスターが入り込んでいる可能性も考慮してのことだった。


「ここにはいないな。ビオレ、右から住宅を回っていけ。裏路地まで見るんだ」

「ん。了解です、レミィさん」

「私は逆側から回る。恐らく公園で落ち合えるだろうから、そこまで」


 返事をし、ふたりは散開した。ビオレは住民を探し始める。立ち並ぶ家々はもぬけの殻と貸していた。火事場泥棒などは湧いていないらしく、荒らされた家などはない。道も綺麗な物だった。もっとも、雨と雪解け水のせいで水たまりが大量に発生していたが。

 池のようになった水たまりに足を踏み入れ、水しぶきを上げながら奔走する。


「誰かいますかー!」


 裏路地を見て大声を上げる。反応はない。路地に入り確認するが特に問題はなかった。

 再び通りに戻り走り始めようとした。

 その時だった。

 ビオレは肩にかけた紅蓮の弓を構えながら、腰に差している矢筒から矢を抜きつつ、

素早く振り返った。矢の先端が、佇む人影に向けられる。



「……お前」


 立っていたのは黒髪が美しい、あの女性だった。マルコを襲い、ラズィの姉を襲い、この状況を作り出した張本人。

 女性はフェイクファーが付いた紺色のロングコートを着ていた。首元のファーに顔を埋めていたが、口角が上がったのが微かに見えた。


「こんにちは。いい天気ですね」

「近づくな!」


 一歩だけ足を踏み出した女性は肩をすくめて立ち止まる。


「そんなに怯えていて大丈夫ですか? 逃げる準備をしているというよりは、戦う準備を進めているように見えますが」

「その通りだ」

「なら今の段階でそんな態度じゃダメですよ。ガギエルと、ドラゴンと構えるというのに」

「黙れ!!」


 ビオレは弦を引いた。


「甘く見ているとこの場で決着が付くことになるよ」

「あはは。あなたが私を殺すのですか? それは不可能――」


 笑っていた女性の顔が固まり、その目が徐々に見開かれた。


「あなた、その弓……」

「え?」

「ふむ、訂正しましょうか。それは油断なりませんね」


 顎に手を当て、考え込むような表情になりながらも、女性の声は楽しそうだった。


「どこに行ったのかと思ったら、そこにいたんですね、ラミエル」


 女性の指がビオレの弓に向けられた。


「ラミエルを、知ってるの?」


 弦を引く力が緩む。


「知ってるも何も。あれを暴走させたの、私ですし」

「……なに?」


 ビオレが目を見開くと、楽しそうに笑い声をあげ、笑い顔のままビオレを見下すように視線を向けた。


「なるほど! あれが大事に思っていた友ってあなたのことだったんですね、ビオレ・ミラージュ。最後まで名前を言わなかったのは私に気取られないためですか」

「お前……お前、何を言っているんだ!」

「わかりやすいように言ってあげましょうか? 山の穴倉で休んでいた、平和ボケしたあの馬鹿ドラゴンの闘争心を煽ったんですよ。モンスターとしての本能を呼び出す魔法も一緒にかけて」


 そしたら、楽しそうに女性は言葉を紡ぐ。


「案の定モンスター化しちゃいましたね! 炎吐いて、ずっと守ってきた村を焼いちゃうんですから。私、おかしくっておかしくって。ちょっと観察していたんですけど、泣きながら攻撃している絵面はちょっともう、間抜けと言いますか――」


 言葉の途中で、ビオレは素早く弦を引き弓矢を放った。素早い動作だったが力は充分に込められていた。

 風魔法のエンチャントもした矢は一直線に放たれ、吸い込まれるように女性の眉間に突き刺さった。

 女性の首から上がガクンと後ろに倒される。そのまま上体が反らされる。


「そうですか。あなたはあの村の生き残り。ゾディアックと協力してラミエルを狩って自分の武器にしたんですね。泣けますねぇ」


 すぐに体勢が戻った。突き刺さった矢を引き抜く。穴が空いていた眉間はみるみるうちに塞がっていく。


「殺してやる……!! 私の友達を、家族を苦しめやがって……!!」

「あは~? ラミエルも同じようなこと言ってましたよ。友を傷つけるなら容赦しないと言ってました。まぁ、雑魚でしたけど」


 次の瞬間、女性の姿が消えた。

 空から降る雨水が地面に到達するよりも早く、女性はビオレの側面に立った。素早い移動に反応が遅れたビオレは防御姿勢も取れず、目を見開くことしかできない。


「もう一度殺してあげますよ」


 弓を睨みながら、いつの間にか生み出した剣を天に向け、振り下ろした。

 その時、ふたりの間に紫色の影が飛び込みビオレを突き飛ばした。飛ばされたビオレが地面に倒れると同時に甲高い音が鳴り響く。

 ビオレは立ち上がりながらその人物を捉える。


「ロ、ロゼさん!?」

「離れて!!!」

 

 片腕で剣を防いでいたロゼは、腕の力だけで女性を突き飛ばす。

 大袈裟に下がる女性は剣を下ろし、ロゼを見つめる。


「……ああ、あなたか。ゾディアックをたぶらかしたディアブロ族」

「変な言い方をしないで欲しいですね。ゾディアック様が私に惚れたんです。いや確かに私が先に惚れたのかな」


 女性の顔から笑みが消えたのを見て、ロゼが笑う。


「ゾディアック様も顔がいいから、罪な男ですね。変なストーカーにまでつきまとわれて」

「何?」

「挙句の果てにこの子に手をあげるわ、街はめちゃくちゃにするわ。まったく」


 すん、と。ロゼの目が据わる。


「殺すぞ、俗物」

「……そっくりそのまま返しますよ、劣等種族」


 ビオレを手で制しながら、ロゼは相手と睨み合う。

 視線を切ったのは女性だった。背を向けて歩き始める。


「挑発に乗るくせに逃げるんですか?」

「どうせこれから戦うでしょう? その時になったら、あなたの首と体を門に貼り付けてあげます」

「お優しいですね。こっちは消し炭にして欠片も残さないようにしようとしているのに」


 明るい笑みを浮かべるロゼを見て鼻で笑うと、女性は歩き去っていた。

 ビオレがその背中めがけて矢を放とうとしたが、ロゼに止められた。


「ロゼ! 止めないで!」

「ビオレ。もうここで争う必要はないです。もう、時間がない」


 そう言って、北地区の空を指差した。

 球体の亀裂は、さらに深くなり、数を増やしていた。

 


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いしますー!

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