「The Twenty-Four」
「それからサフィリアに戻った俺は、団長の力を借りて、獣化した体を治そうとした。だが、魔法じゃ治らなかった」
雨が降る中、馬車が静かに動き続ける。
「幸運だったのは、進行が止まっていたことだ。だから腕と足を切り落として義手と義足を作ってくれた。俺が身に着けた魔法道具の技術は、元は団長の物だ。だからゾディアックの言う通り、団長なら、あの装置も作ってくれるだろうよ」
「……お前が手伝うのは」
「償いと、借りを返すためさ。一生を俺は、団長に捧げている。それからはサフィリアに隠れながら過ごして、お前らに見つかったって感じさ」
話はそれで終わりだった。ゾディアックは嘆息し壁に背を預ける。
自業自得、という言葉で片づけられるが、そこまで無情な言葉は投げられない。
「話だけ聞いていると、中々のクズだな。お前」
ゾディアックはギョッとして、馬を操るブランドンを見た。
「嘘かどうかは判断できん。お前の話だけだからな。ただ本当だとしたら、ただの自業自得だ。同情できん。むしろ軽蔑する」
「ちょ、ちょっとブランドン……」
「お前も堂々と言えばいい、ゾディアック。お前だって迷惑したんだろう。タンザナイトのガーディアン」
ブランドンの大きなため息が、兜を突き抜け聞こえてくる。
「こいつの力を借りるという話だが、信用できるか不安になってきたぞ」
「俺は信用できなくてもいい。けど、師匠は、団長は信じてくれ。あの人は本当に人助けを心情にしているんだ」
「恥ずかしがり屋で警戒心の強い人助けか? 説得力に欠けるな」
険悪なムードになり、ゾディアックは胸中でロゼに助けを求めた。
すると馬車が止まった。
「着いたぞ。東地区だ。団長とやらはどこにいる」
「外壁の近くだ。後ろの馬車は近くで待機させてくれ。俺たち3人でまずは行く」
ブランドンは頷き馬を動かした。それから数十分後、外壁近くに行くと家々をチェックしながら進む。
「あそこだ。あれ」
「あれって」
ウェイグが指差す方を見ると、空き家だった。住民募集中の看板が窓に貼られている。
「住んでいないんじゃ」
「隠れ場所にはうってつけだろ」
家の前で止まると、ゾディアックは後方にある仲間たちの馬車に寄り、状況を説明する。
ロゼがいの一番に声をあげた。
「かしこまりました、ゾディアック様。ただ一つだけお願いが」
「なんだ?」
「アンバーシェルを通話状態にしておいてください。中の会話を、こちらからも聞いておきます」
ゾディアックはコクリと頷いた。
その間に、ウェイグとブランドンは家の扉を叩いていた。
「いるのか」
「いるさ。団長。俺だ」
そう呼びかけると、中からドタドタと慌ただしい音が鳴り、扉が開かれた。
「よく来たな! ウェイ……と~?」
笑顔で出てきた少女は壁のように立ち塞がるブランドンを見上げて。
「ヒッ」
短い悲鳴を上げて扉を閉じた。
「ちょ、エルメ! エルメ団長! 逃げるな!」
「ふざけるなお前! 私……じゃなかった! 吾輩の人見知りっぷり舐めんなぁ!? 舐めんなぁ!」
慌てふためく声を聞いて、ブランドンの不安は増すばかりであった。
★★★
「おお! ウェイグ! 久しぶりっすね!」
茶髪の若い男が頭を下げて出迎えた。真っ赤な唇が目を引く端正な顔立ちをした男性だった。
案内された室内は簡素なテーブルと椅子以外、何も置かれていなかった。部屋の隅にゴミ袋が置かれているのが見える。
「ヴィレオンとかはないのか?」
ゾディアックは興味本位で聞くと、エルメという名の団長はビクリと肩を動かし、コソコソと男性の後ろに隠れた。
「ちょっと団長~」
「ば、馬鹿ラルド。お前が答えろ」
「何で自分が」
「だって、あんな見るからに危ない奴とデカいオーグ族の前で話せない……!」
声は全部聞こえていた。自分とタイプが違う”コミュ障”ではあるが、ゾディアックはどこか親近感が湧いていた。
ラルドと呼ばれた男性は仕方なさげに肩をすくめる。
「すいません、うちの団長は恥ずかしがり屋で。この家にはヴィレオンはおろか、家庭用設備は一切置いてないっす。こちらも長居するわけでもなかったので」
ラルドは窓の外に視線を移す。
「空にもあの変な球体が浮かんでるじゃないっすか。ここはもう出ようと思っていた矢先の出来事だったんで、ちょうどいいっつうか」
「出る? 留まるんじゃないのか」
「それを決めるのはあなた方の話を聞いてからっすね~」
詳細は語っていないとウェイグは言っていた。これから交渉の時間らしい。
ゾディアックは時間が惜しいと思い手短に話し始める。
「俺たちの目的はあの球体の中身を破壊すること、そしてあれを生み出した犯人を排除することだ」
「そりゃまたご立派っすね」
「そのためにあなた達の道具がいる」
ラルドは眉を上げ、背中に隠れているエルメに横顔を向ける。
「困っているみたいっすよ。団長。タンザナイトのガーディアンが」
視線はゾディアックの胸元にある、わずかに光りを放つ宝石に向けられていた。
エルメが体を出して、ジロジロとゾディアックを見つめる。
「……相当なヴェーナを持っているではないか。吾輩の力などいらないのではないか、黒騎士殿」
「いや、俺や仲間たちだけじゃ、どうしても材料が足りないんだ」
「材料?」
「あの球体の中にいる奴と、有利に戦えるための……装置といった方がいいかな」
「……中に何がいるかはわかる。で、その装置というのは」
「魔力増幅装置だ」
その時、エルメ団長の眉が吊り上がった。
「ウェイグ! どういうことだ。お前、話したのか!?」
「ああ」
「ああ、じゃない。どうしてだ。吾輩が作った、緊急脱出用の道具を」
「師匠。あの球体が現れたのは俺のせいなんだ」
ウェイグはそれから詳細を話し始めた。謎の女性にメ―シェルと共に襲われたこと。装置を奪われガギエルが出現し、力を蓄えていること。
いつの間にか、エルメは隠れもせず、黙って腕を組んで聞いていた。話しを聞き終えると、一度大きく頷く。
「それで? ゾディアックとやら。なぜ装置が必要になるのだ」
「ある作戦がある。魔力増幅装置を使用して魔法による物理的結界を作る。場所についてはすでに決めてある」
「どこだ」
ブランドンを一瞬見る。頷きが返された。
「……一応、亜人街全域」
「へ~。マジっすか。亜人街使わせてくれるんすね。だから亜人さんが一緒なのか」
「黙っていろ、ラルド。それでその区画で戦闘開始か」
「ああ。まずは増幅装置を使ってあの球体を、というより、羽化したガギエルを亜人街まで転移させる。その後は上空まで覆うようなドーム型の結界を作る。これでガギエルの動きを封じる」
「動きを封じる? それは間違いだ。お前の話だと地上でガギエルは戦えるではないか」
「それが狙いだ」
エルメが首を傾げる。
「一番厄介だったのは飛べることだった。だけど飛行を封じれば、地上で戦える。ガギエルは誰かに操られているわけではなく、自分の意思で戦っていると思う。だから転移先で”地上で俺たちと戦う”ことを優先すれば、あいつはそのまま戦う。障壁を崩す前に」
「なぜそう言い切れる」
「ドラゴンはプライドが高い。矮小な存在である俺が戦う意思を見せるだけで、本能的に敵だと認知して排除を試みる。だから地上にいる間にガギエルを仕留める」
「待て。ガギエルを呼び寄せた女がいるだろう」
「一緒に転移させる」
「そいつがガギエルを上手く使ったら?」
「さっき言ったろ。制御できていない可能性が高い。ガギエルが暴れ始めたらあの女も動かざるをえなくなる。もし操っていたとしても何らかのアクションを起こすだろう。その隙に女を仕留める手段もある」
沈黙が流れる。
顎に手を当てていたエルメの後ろで、ラルドが手を挙げた。
「重要な部分なんすけど、空に逃げられる前に仕留められるんすか?」
「仕留めるしかない」
「つまり……仮定やら想定やらばかりの行き当たりばったり作戦と……」
「手段は考えてある。だから前提として装置が必要なんだ。できれば大量の魔力を保持できる物がいい。使える魔力が多ければ多いほど、それだけ障壁が強くなる」
ゾディアックは頭を下げた。
「あなたの力が頼りだ。頼みます。エルメ、団長さん。この国を救いたいんだ……けど」
ゾディアックは下げた手で、拳を握った。
「俺だけじゃ、勝てないかもしれないんだ」
再び静寂が流れる。ラルドが鼻を鳴らした。
「どうします? 団長」
目を向けると、エルメは腕を組むのをやめ、ゾディアックをじっと見つめていた。
「……なぁ、ラルド。吾輩の目の前にいるのは最強のガーディアンだよな」
「はい」
「けどそいつが助けを求めている。最強なのにだ」
「ええ。そうっすね」
「なら、助けるしかあるまい。吾輩の魂の辞書にある人助けの項目には……身分に関わらず優しい心を持って協力せよ、と書かれてある」
エルメは得意気に胸を張るとゾディアックに近づき、鎧の胸元をトンと、小さな拳で叩く。
「五角形になるよう装置は配置しろ。他のチンケな魔導士たちは知らないが、魔力が一番伝達しやすい形はそれなのだ」
「五角……ということは」
「ああ。全部で五つある。亜人街に配置しろ。ただ入れる魔力は全部均等の方がいい。どれか一個だけでも増幅していると障壁に脆い部分ができる。それをぶち抜かれたら終わりだぞ」
その会話を聞いていたラルドが驚きの声をあげた。
「団長! 本気っすか!」
「うろたえるな馬鹿者! 我が”エルメ海賊団”はやると言ったらやり遂げる!」
「いや、でも……今ある設備で五つの増幅装置なんてちょっと無理ですよ! 今ある装置は二つです!」
「じゃあ三つ、無理やり作れ!」
「無理っすよ! ひとつは絶対に不完全な物になるっす。急ピッチで作るなら尚更っす。耐久度に差異が出たら終わりじゃないっすか~!」
言い争う2人を尻目に、ゾディアックはポケットからアンバーシェルを取り出した。
ある会話が聞こえてくる。
フォックスの声だ
「……なるほど」
彼の案は、一理ある。
「すまない、団長。作るのは四つでいい」
「え、ええ? いやでもお前それじゃあ」
「あるんだ。ひとつだけ、心当たりが」
ゾディアックの脳裏に浮かんだのは。
「魔力を増幅させる……”機械”が」
亜人たちを痛めつけた、天候を変える力を持つ”魔法銃”だった。
お読みいただきありがとうございます!
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