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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
246/264

「The Twenty-One」

 大きな欠伸をして下界を見下ろす。高い建物の上から見る人々の姿は蟻のようで、まるで全知全能の神になった気分だった。

 人々だと思われる点は、北地区の各地で忙しなく動き続けている。微かに聞こえてくるのは避難誘導の声だ。身なりのいい一般人が兵士の声に従って移動している。肥えた紳士服を着た男が大声をあげて文句を言っているのが聞こえてきた。

 しばらく観察していると、ひとまず球体の近くにいる住民の避難が完了したらしい。そして、兵士たちは空中に浮かんでいる球体には目も向けず、その場から逃げるように移動し始めた。


「封鎖も何もせず勝負を投げるなんて。兵士の風上にも置けませんね」


 住民の安全第一だと考えているのであればその行動も決して間違ってはいないのだが、これでは張り合いがない。

 やはり相手になるのはゾディアック率いるガーディアンだけだろうか。

 それとも、このあからさまな兵士の撤退は、こちらを油断させるための策だろうか。


「だとしたら甘いですよ、ゾディアック」


 矮小な作戦であれば力でねじ伏せる。

 女性の胸中に邪悪な自信が渦巻くと、呼応するように氷の塊が、鈍い緑色の光を放った。




★★★




 手に持っていたアンバーシェルが震えた。画面を見て、エミーリォは額をピシャリと叩いた。


「仕事が早いのぉ。あいつは」

「どうしたの~? 問題発生~?」


 ラルは小馬鹿にするように笑うと、棒を口から出し、溶けかけの飴を向けた。


「まぁ結構危険だし、第一結構できるかどうかも疑問な作戦だからねぇ。今のうちに考え直すのも手だよぉ?」

「お前さんは期待してないのかい?」

「期待は大いにしてるさぁ。ていうか期待せざるをえない」


 鋭い目つきに、真剣な表情を浮かべる。


「精一杯やりましたけど負けちゃいました、なんて言い訳は通らない。何が何でもゾディアックには勝ってもらいたいのさ」


 エミーリォは嘆息しながら数度頷く。


「まったくワシも同じ気持ちじゃよ。作戦が上手くことを祈りながら」


 アンバーシェルの画面を向ける。


「ワシらで一生懸命戦うしかないの」


 エイデンからのメッセージを見せた。

 兵士は戦わない。市民と共に国から逃げ出す。という、逃亡を示す文言が表示されていた。




★★★ 




「んだよこれ」


 フォックスが困惑と怒りが混じる声を出す。亜人街の入口を示すアーチは半壊していた。さきほどから降り続いていた雨は強くなり、雨水が地面を激しく叩いているせいで、悲壮感が漂っていた。

 ゾディアックたちは街の中へ足を踏み入れる。亜人街の表通りこと風俗通り(ブロセル・シュトラーセ)も崩れた建物が多かった。爆破されたように道も穴だらけで、黒煙を噴き出している建物もある。

 最初から情景が美しいと思えた街ではないが、活気があり、ネオン看板ばかりの雰囲気はどこか洒落てもいた。

 だがこれでは町全体がスラムになってしまった。どこかこの通りを好んでいたフォックスは、倒壊した建物の上で佇むガネグ族に声をかけた。


「何があったんだ?」

「あ? お前亜人のガーディアンか」

「そうだ。事情を知っているなら教えて欲しい」

「知らねぇよ。いつものストリップバーで酒飲んで女抱いたまま寝ていたら、突然建物が爆発してよ。一夜明けたらブレセルの通りはボロボロになってたぜ。こっちが事情を知りてぇくらいだ」


 食い気味に亜人は答えた。フォックスは軽く礼を言ってゾディアックを見る。


「確実にあの女性だ」

「アイエスに行こう。行けばブランドンが事情を説明してくれる」

「なぁ、ゾディアック」


 全員が歩みを進める中、ゾディアックは立ち止まり後ろを向く。杖を突きながら歩くウェイグは疑問符を浮かべていた。


「今更だが、俺が必要なのか」

「ああ。今からあるバーに行く。そこで作戦を説明するが、どうしても亜人たちの協力とウェイグの技術が必要になる」

「そうかい。なら、サクッと行こうや」


 そう言って歩き始めた。ゾディアックは肩を貸そうとしたが、ウェイグは鼻で笑ってそれを無視した。

 荒廃した道をしばらく進んでいく中、マルコは周囲をしきりに気にしていた。フォックスが隣に立ち、声をかける。


「あんた、最初この街で倒れていたんだぜ」

「……みたいですね。全然記憶がないのですが」

「あとでジルガーの所に行こうぜ」

「ジルガー?」

「俺の、まぁ、家族的な。マルコのこと介抱してくれたんだぜ。礼くらいしてくれよ」


 マルコは笑顔を浮かべた。


「わかりました。フォックスさんにお世話になっていることも添えて、お礼を申し上げます」

「よせよ~。照れるわ~」


 フォックスはわざとらしく後頭部を掻いた。それからしばらくしてアイエスの看板が見えた。入口が半壊しており、ドアの半分がなかった。疑問に思いながら中に入ると、奥のカウンター席に座るブランドンとクロエの姿を捉える。


「クロエ」


 レミィが声をかけると、肩を上げてクロエが振り向く。


「レミィさん」

「大変だったみたいだな、昨日は」

「それはこっちのセリフだ」


 ブランドンが口を挟む。


「昨日の斬撃を見たぞ。あれはレミィ、お前の技だろう」

「ここからでも見えたのかよ」

「飴と雷鳴如きで、その刀の輝きが見えなくなるわけがない。お前たちがガギエルと戦っていたのは確定か」

「そうだよ。で、こっちは何があったんだ」


 店内を見回すと一部の壁が崩れいたり、壊れたテーブルと椅子が隅に追いやられているのが見えた。


「変な人間、いや、人間かどうかも怪しいか。それに襲われてな」

「女か」


 ゾディアックが聞くと頷きが返された。


「知り合いか?」

「……」

「なるほど。お前たちガーディアンの標的でもあるというわけだ」


 沈黙から察したブランドンは頭を叩いた。


「すまんな。捕らえることができなかった」

「いや、亜人のブランドンが謝ることじゃ」

「謝ることなのさ。亜人じゃない、俺はな」


 どういうことだと思うと、答えを示すように、ブランドンは腕輪を見せた。丸太のように太い手首に巻き付く、細長い腕輪。以前はなかったそれに、ある宝石が嵌め込まれていた。

 ゾディアックが目を見開く。


「お前、これ」

「ああ。そうだ。”元ガーディアン”の俺としては、お前らの手伝いができなくて歯噛みする」

「マスグラバイト……」


 その宝石の名が轟くと、ベルクートとビオレ、ウェイグが驚きの声をあげた。

 マスグラバイトはベテラン中のベテランであり、最強の称号でもある”タンザナイト”に最も近いランクである。

 どこかの店で買ったようなちんけなアクセサリーでないことは、ゾディアックが一番わかっていた。


「かつては俺も、この国を守るために戦っていた」

「マジかよ。じゃあ何でやめたんだ」

「お前たちが原因さ、人間(ヒューダ)


 質問をしてきたベルクートに視線を向ける。


「ガーディアンということで最初は待遇もよかった。だが、この国の亜人に対する差別意識が酷すぎてな。絶滅危惧種とはいえ、俺もオーグだ。だから」

「亜人街の首領になって、皆を守ろうと」


 ブランドンはゾディアックに頷く。


「その思いは空にドラゴンがいても変わらない。あれを倒してまたこの街で、この国で暮らしたい」

「逃げ出そうとは思わないのか」

「逃げる? どこにだ。俺はこの国に命を救われた。なら、この国が俺の守るべき地で、棺桶だ。この言葉を聞きに来たのだろう」

「え?」

「この国で一番のガーディアンが自分の仲間を引きつれてきた時点でわかる。ガギエルを倒そうとしているな。そこで助けがいると」


 当たっているか、と視線で聞いてくる。どうやら話は早く進みそうだった。 

 ゾディアックが同意を示すと、入口の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは黒蛇のルーだった。怪我をしたのか包帯が一部に巻かれている。


「あぁ? ゾディアックにガーディアン共じゃねぇか。雁首揃えやがって」

「ルー。お前、怪我したのか」

「……んだよ。ジルガーのガキもいんのか」

「ジルガー……そういえば、昨日は出勤してたのか?」

「知るかよ。気になるなら自分で見にでも行き――」

「昨日は出勤してない。朝から元気だったよ」


 クロエが代わりに答えた。


「君の活躍を毎日喜んで、お店の人に自慢してるくらい元気」

「そっ、か。ならいいんだ」


 ルーはため息を吐いて、一同から離れた席に座り耳だけ傾けた。


「話を戻そう。ゾディアック。あのドラゴンと、そして謎の女。どちらも討伐するためにここに来たのだろう」

「ああ。簡単に説明する。あの球体を破壊することは今のところ不可能だ。もし壊せる手段があったとしても間に合わない可能性が高いし、あの女が邪魔してくる。壊すことはおろか悪戯に体力と魔力を消耗するのは愚策だ」

「ならあの球体から強化されたガギエルが産まれることを前提にしているのか」

「その通りだ」

「どうやって戦う」


 ゾディアックは窓の外を見た。


「始めは北地区で戦うことも考えたが、あそこは元々裕福層が住んでいる土地で王族の建物もある。倒せても地区が壊れているなら、全員別の国に移住するだろうな。気難しい連中が多いのもある」

「それに、ドラゴンと戦った場所なんていう観光名所に住みたがるとも思えねぇな」


 ベルクートがフォローすると、ブランドンは足を組み顎をつまむ。


「別の場所で戦おうということか」

「ああ。あの球体と女性を丸ごと別の場所に転移させて、その場で戦う」

「ドラゴンだ。空に逃げるぞ」

「逃がさない。空に行かせなければいい」

「どうやって」

「魔法で作った障壁を使う。原理は物攻遮断壁(プロテクション)だ。一部の区域を隔離し、空を覆うように壁を展開して空という有利を潰す。ドラゴンには地上で戦ってもらう」

「ある程度の広さが必要だぞ。それこそ街全体だ。どこを使うつもりだ」


 ゾディアックは一度言い淀んだが、決心し、口を開いた。


「亜人街を使いたい」

「あぁ!?」


 予想通り、ルーが声を荒げた。


「テメェ舐めてんのカ! だったら北地区を……」

「理由があるのだろう? この街を使う理由が」

「亜人たちに協力してもらいたい。障壁を作るためには大量の魔力が必要だ。人より魔力が秀でている亜人の力は、絶対に必要不可欠なんだ」

「……街を守るために、という大義名分のもと、協力させるつもりか。たしかに俺が声をかければ、大半の亜人は力を貸すだろう」


 同意を促すようにルーを見ると、舌打ちして視線を切った。


「もちろん報酬がある。ガギエルを討伐した暁には、俺とセントラルのリーダーが協力して提供する」

「それは?」

「西地区を全開放し亜人の街として再建する。あなた達は、区を丸ごと保持していいことになる」


 ブランドンとクロエ、そしてルーは目を見開いた。

 一瞬の静寂後、ブランドンが破顔する。


「それは随分、魅力的だな」

「協力してくれるか」

「快く同意したいが……一点穴がある」

「なんだ」

「障壁は何とかなるとして、転移に関してはどう行うつもりだ」

「それなら考えがある」


 ゾディアックはウェイグを見る。


「彼なら、それを解決できる」



お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!


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