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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
243/264

「The Eighteen」

 月も出ていない深夜だったが、亜人街からでも上空に出現したドラゴンの姿と、そのドラゴンが球体と化したのがよく見えていた。

 現象を一目見ようと亜人たちが店の中から出ている。雷雨で人通りがほとんどなかった各ストリートはすでに多くの亜人で埋め尽くされていた。


「さっきの見たか? ドラゴンだったよな? ドラ・グノア族の出し物じゃなくてさ」

「外寒すぎだろ! あの変なボールのせいか! ガーディアンぶっ壊せよさっさと!」

「あの球体は危険だ……魔力が渦巻いている。おい、女の子たちに今日は帰るように指示を――」


 クロエは波と化した群衆の中を駆けていた。時折聞こえてくる声には不安の声が入り混じっている。亜人街を守護する者として、由々しき事態になっていることは確かだ。

 掻き分けるように住民を押しのけ目的の場所へ向かう。しばらくして「アイエス」に着いた頃には体力が一気に持ってかれていた。少し息を切らしながら中に入ると薄暗い灯りが出迎える。

 カウンター内にいたブランドンが入口に目を向ける。


「いらっしゃ……ああ、クロエか」

「突然呼び出された理由を聞きたかったけど、必要なくなったわ。あんなのが出てきちゃね」


 親指を外に差すように向けると、再び入口のドアが開いた。ナロス・グノア族特有の蛇頭がぬっと飛び出す。


「オイ! ブランドン! あリャいったいなンダ!」


 転がり込むように店に入ったルーの表情は怒りに染まっていた。興奮しているからか、呂律が回っていない。


「店で暴レテた、クソなキャラバンの連中ノ腕モイデたら、いつの間にか変なキュウタイが出現シテヤガッタぞ!」

「お前店の中で流血沙汰は控えるように言っただろう」


 興奮するルーに呆れるような視線を向ける。だが、相手はどこ吹く風だった。カウンター席に座って図々しくも酒を要求してくる。

 亜人は酒豪が多いが、このルーも例外ではない。にも関わらず絡み酒であるため質が悪い。


「で、ワカッテんだろ?」

「何がだ」

「とぼけんナよ! あんたならアレの正体も察してんだろ」


 麦酒の入ったグラスを差し出すとふんだくり、一気に飲み干した。どうやら落ち着いたようだ。


「あれは渦神、ガギエルだ」


 クロエはルーから一席空けて椅子に座る。


「氷と水を操るドラゴン、でしたっけ?」

「はぁ?」

「ああ。最近暴れ始めたのか、話題になっていただろう。昨日は国がひとつ滅んだという話も出ていた」

「それが突然空中に出現したと」

「いやちょっと待てよ。なんでそんなドラゴンが急に姿を見せたんだよ」


 ブランドンは腕を組む。


「魔力増幅を検知した。恐らくあのドラゴンは、人力で呼び出されたんだ。転移魔法……レテポだったか。転移させる物で難易度が跳ね上がるはずだが、ドラゴンすら呼び出せるとは」

「感心してる場合?」


 クロエがため息を吐いた。


「なぁ、じゃあなんで氷の塊になってんだ?」

「誰かが北地区のワイバーン発着場で戦っていた。ドラゴンの気配を感じてここから見ていたが、認識できたのは十字に飛ぶ紫色の斬撃、緑色の炎の壁」

「……あんた、誰が戦っていたのかわかんのか?」

「十中八九、ゾディアックとベルクート。そしてレミィだ」

「あの女かよ」

「レミィ、さんが」


 毛嫌いしている、というのを微塵も隠さないルーは鼻で笑って視線を切る。クロエは葛藤しているような表情で、胸の中心に手を当て拳を握った。


「ただ仕留めきれなかったらしいな。適度に痛めつけてしまったせいで、活性化させてしまっている」

「んだよ。無能かよガーディアン」

「黙れ、ルー」

「ああ!? 事実だろうが」

「止めろ、二人共」


 沈黙が流れる。集った者たちの脳内には同じ考えが浮かんでいた。


「あの球体が割れたら、どうなるの?」


 口火を切ったのはクロエだった。


「あれは卵のようなものだ。回復し、より強化されたガギエルが生み出されるだろうな」

「は! じゃあ俺らであの球体壊しに行けばいいんだよ」

「砕くことができるのなら、俺がもうやってるさ。それか、ゾディアックがやるだろう」

「……あんたでも無理なのか」

「あの球体は”この世に存在してはいけない物質”だと思った方がいい。つまり出現した時点で砕くという選択肢はなくなる」


 つまり、ブランドンは言葉をそこで切った。


「この国は、頭上に特大の爆弾を抱えたというわけだ。解除方法もわからず、爆発するのをただ待つだけ……」


 再び沈黙が流れた。いつもは好戦的ではあるが前向きな発言をするルーも、言葉を失っていた。


「大気中の水すら氷にし、濁流にし、何もない所から津波を引き起こすことができる。あんなのと対抗できるとしたら」


 ゾディアックくらいしかいない。

 そう言おうとした時だった。

 入口の戸が開き、何者かが入ってきた。全員の視線が注がれる。

 立っていたのは美しいと言わざるを得ない、長い黒髪が特徴的な女性だった。体躯は華奢であるが、どこか煽情的にも見える。


「人間だぁ?」


 ルーが睨みを利かせた。クロエが止めようと相手の肩を叩く。


「――いらっしゃい。悪いな姉さん。まだ準備中なんだ」

「ああ、いえいえ。いいんですよ。そちらの都合は関係ないので」


 女性は白い歯を見せた。


「ついでで、申し訳ございません。あなたの首は中々高価ですから、路銀の足しにでも使用かなと思いまして」


 ブランドンの目が細まり、店内に漂う空気が変わった。

 クロエが立ち上がり、ルーが鋭い視線を向けつつ腰にある湾曲刀(シミター)を抜いた時だった。

 女性は近くにあった椅子を持つとブランドンへ向けて放り投げた。ルーが駆け出し、迫りくる鉄製の椅子を潜り抜けるようにすれ違う。

 ブランドンが片手で椅子を掴むと同時に、ルーが刃を振った。


「喧嘩なら買ッテヤルぜ女ぁ!!!」


 声と同時に相手の細い体に刃が減り込む。枯れ木のような体であれば楽に切り裂けるほど研いである刀身。


「……ナっ」


 それが、振りぬけなかった。直後、ルーの脳裏に浮かんできたのは巨木のイメージ。

 そのイメージから抜け出せない間に、女性の裏拳が顔に減り込んだ。


「邪魔ですよ」


 拳を振りぬくと、紙切れのようにルーが吹き飛び壁に叩きつけられた。


「ルー!!!」


 クロエが声をあげる。女性が間合いを詰める。

 舌打ちし相手の前に立つと真っ直ぐな拳を放つ。

 女性の両腕が上がり、その腕を掴もうとした。


「舐めるなよ」


 突き出した拳を素早く引く。女性の両手は虚空を掴んだ。

 クロエが一歩踏み出し、腰を”切る”。キレのあるボディフックが女性の体に叩き込まれた。

 ミシッ、という骨が軋む嫌な音が鳴り響くと、両者の表情が歪んだ。


「駄目ですよ。そんな柔な拳じゃ崩せません」


 女性は笑みを浮かべ、クロエは苦痛と驚きで眉を潜め奥歯を噛み締める。

 距離を取らなければ。拳の痛みを堪え後ろに飛ぶクロエ。

 だがバックステップは悪手だった。女性も踏み込み間合いがつめられ胸倉が掴まれる。

 返し技や手を切るよりも、指の骨を絡めとるよりも早く、女性が技をかける。

 力が込められ持ち上げられたかと思うと、すでに視界は上下反転しており、痛みが襲い掛かって来た時には天井を見ていた。

 一瞬の投げ技。神速とも言えるほどの投げ技を喰らったクロエの視界は明滅していた。

 女性は仰向けで倒れるクロエを見下しながら服の襟元をただし、埃を払うように服の上で手を動かす。

 身だしなみを整え後ろを振り向く。

 

「ふぅ。さて。これで話を」


 瞬間だった。

 ブランドンを捉えようとした女性の視界に映ったのは、巨大な拳だった。

 それは吸い込まれるように、相手の人中に叩き込まれた。


「ふん!!」


 気合の言葉と同時に振り抜くと、女性の体が浮き、ゴムボールのように吹き飛んだ。入口のドアにぶつかっても止まらず砕け散り、地面に叩きつけられ路上を数度転がってからようやく止まった。

 うつぶせに倒れていた女性はゆっくりと体を上げる。鼻骨が顔の中に減り込んでおり、千切れた額の肌と肉がぼたぼたと地面に落ちる。


「……~~~っばぁ~~~」


 小言すら呟けないほど口の中はズタボロだった。血を吐き出し、クツクツと笑う。

 揺らぐ視界で何とか片膝をつく。


「ぢょっど、ばなじぐらいぎいても」

 

 続きは口から出なかった。

 再び拳が出現したからだ。


「え”……」


 ブランドンのアッパーカットが強襲した。女性の体が3メートルほど上空に吹き飛ぶ。下顎が吹き飛び血の雨が降り注ぐ。

 ブランドンは浮かんでいる女性の片足を掴むと勢いよく地面に叩きつけ、間髪入れず一回転すると、その手を離した。

 剛腕と遠心力が加わり吹き飛んでいった女性の体は、民家の残骸に突っ込んでいった。砂塵が舞い、壁が崩落する音が鳴り響く。


「しまった。やりすぎたか」


 首を欲していたあの女性がこの騒動に関与している可能性は充分ある。生かして問い質さなければならない。

 ブランドンは後頭部を掻いて残骸に近づく。

 砂塵を払い女性の姿を見つけようとするが。


「……ふん」


 不服そうに鼻を鳴らした。

 女性が倒れているだろう場所に、既に姿はなく。代わりに全身血塗れで、体中穴だらけになった獣人の死体がそこには横たわっていた。

 いったいどのタイミングで代わったのか。早業に感心しながら獣人の顔を見る。

 絶望に染まった表情で、大きく見開かれた瞳は虚空を見つめていた。

 すでに、女性の気配は消え失せていた。


「すまん。仇は取るぞ」


 ブランドンは、謝罪の言葉を口にしながら獣人の体を抱きかかようとした。

 周囲から悲鳴が上がった。

 ハッとして視線を向けると、建物から火が上がっていた。さらに周辺の店や建物が爆発を起こしている。

 中にいた亜人たちが道に飛び出し、道にいた者たちと重なり、全員が踊り狂うようにその場から逃げ出している。

 その波の中に、女性の後ろ姿が見えた。


「待て!!」


 制止の声は近場の爆発音に搔き消された。

 遠ざかっていく女性の背中と、近くにいる傷ついた亜人(同胞)たち。

 ブランドンは歯噛みしながら、仲間たちを救おうと燃え盛る建物へ向かっていった。


お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします~

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