「The Twelve」
腹部に激痛が走った。太く、そして長い鉄の棒で貫かれたような痛みだった
ゾディアックは苦痛に顔を歪めながら腹に手を当てる。穴など空いていない。上体を起こして視認すると、治癒の魔法がかけられた痕が残っていた。
ため息を吐いて仰向けになる。最悪の目覚めだった。腕を額の上に乗せ、眉根を寄せる。
「おはようございます」
視線を斜め下に向ける。ロゼが寄って、見上げていた。普段のゴシックドレスを身に纏いながら、寄り添って寝ている。
ゾディアックは助けを求めるように彼女を抱きしめた。
しばらくして腕の中でもぞもぞと動いていたため力を緩める。するとロゼは上に登り、ゾディアックと視線を合わせる。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
優しい声色に目が潤みそうだった。それを察してかロゼはゾディアックの顔を胸元に押し付けた。首から上が、柔らかく暖かな感触に包まれる。
「お疲れ様でした。昨夜は大変でしたね」
昨夜というワードに反応し、ゾディアックは無理やり起き上がった。ロゼの腕が名残惜しそうに離れていく。
「ラズィは」
ロゼを見下ろしながら問う。
「自宅で寝ています。ベルクートさんとレミィさんが看病を」
「マルコは」
続きを聞こうとして頭を振った。瞼を閉じて、猛省する。どんな言葉を探しても反省と後悔の念は隠し切れそうになかった。
「ごめん。俺が、弱かったせいで……」
「謝らないでください、ゾディアック様。生きて、戦っている限り、必ず負けというものはきます。ですがあなたは生きている」
起き上がったロゼは、ゾディアックの頬に手を当てる。
「謝らないで、次はどう勝つか、みんなで考えましょう」
優しい言葉に、ゾディアックは頷きを返すしかなかった。
★★★
リビングに行くと仲間たちの姿があった。重苦しい空気に包まれていたが、ゾディアックが姿を見せると、ビオレとフォックスが同時に声をあげた。
「マスター! 大丈夫ですか!?」
「師匠! 怪我大丈夫なのかよ!」
小走りで駆け寄ってくる2人を見下ろす。心配そうな表情だった。
大丈夫だ、と言って2人の頭を撫でる。この子たちにここまで心配をかけてしまうとは、よほどの怪我だったらしい。
ゾディアックはリビングを見渡す。ラズィとマルコ以外の面子がいた。椅子に座っているレミィは渋面になっており、ベルクートは背を向けて窓の外を見つめている。
「みんな、とりあえず、俺の話を聞いて欲しい」
ベルクート以外がゾディアックに注目し、それから状況の説明が開始された。
謎の女性の話とサンディとマルコが攫われたことを知ったフォックスは拳を鳴らした。
「クッソ。ムカつく女だな。つうか師匠が手も足も出ないってマジかよ」
「フォックス言い方!」
「いや、いいんだ。油断していたわけじゃないが……警戒心を強めすぎていたところを突かれた」
「お前と同じ武器を使う相手なんだろ」
レミィが柳眉を逆立てて聞いた。
「それは動揺もするさ。ただ疑問が残る。そいつはお前の知り合いなんじゃないか?」
「……わからない」
「”違う”と確信を持って言えない時点で、怪しいぞ、ゾディアック」
どこか敵意を感じる言葉だった。ゾディアックは顔をしかめる。
「……マルコのことは、本当に申し訳無いと思って」
「違う。私が怒っているのは察したらしいが、理由が違う」
どういうことだ、と聞くように視線を向けると、レミィは顎を動かした。
指した先にはベルクートがいる。それに気づいたのか、黙っていた彼はため息を吐いて振り向いた。
「ラズィちゃんを治療してくれたのはロゼちゃんだ。有難かったぜ。想像以上の大怪我でな。普通のガーディアンならまず死んでいる怪我だったよ。当然病院の設備や生半可な回復魔法じゃ、到底助からなかった」
普通のガーディアン、生半可、という部分を強調していた。
ゾディアックの胸が一瞬、締め付けられるような違和感に襲われた。まさか、という思いが胸を掴んだのだろう。
そしてその予想は、現実となる。
「ディアブロ族の体と魔法は、やっぱちげぇな」
目を見開いて、言葉を失う。ベルクートの睨みから避けるように、ゆっくりと隣を見る。
ロゼは気まずそうに、視線を床に向けていた。
「ラズィちゃんはエルフで……ロゼちゃんは吸血鬼だっけか」
すっと、血の気が引く。バレた。それも一番信用している仲間たちにだ。
その時、空気が重苦しかった理由はディアブロ族がいるという事実のせいだとゾディアックは察した。
「べ、ベル、これには理由が」
「待てよ」
制するように、ベルクートは手の平を向けた。
「焦んじゃねぇよ”ゾディアック”。別にお前を軽蔑したりはしないし、ロゼちゃんやラズィちゃんを危険に晒そうとも考えていない。隠していたのには何か事情があったんだろ。そういうことは俺にもあるし、誰にでもある。それに、ディアブロ族の2人が、危険じゃないことも理解している」
自分に言い聞かせているような言葉だった。必死に言葉を選んでいるようでもあった。
ゾディアックは黙るしかなかった。一同がゾディアックとベルクートを交互に見る。
しばしの沈黙の後、ベルクートは背を向けた。
「ただそう簡単に受け入れられんのも事実だ。俺は、人間だからよ」
人間とディアブロ族は戦争をした歴史がある。大多数の死者を出した、100年以上続いたとされる激戦を経ている。
人間であるベルクートも思うところはあるだろう。一般的な教養を受けているのであれば、ディアブロ族は畏怖の対象だ。拒否反応が自然と出るのは当然だった。
「こっちにも事情があってちょうどいいからよ、別行動させてくれや。安心しろよ。誰にも言わない。お前らは……仲間だと思ってるよ。俺はな」
それ以降、ベルクートは窓に寄りかかり窓の外を見つめた。それは対話の拒否を示していた。一方的な物言いだったが、何か言い返そうとも思わなかった。
その時、玄関のドアが開く音が鳴り響いた。鍵ではなく魔法で開けたらしい。この家の解除方法は仲間たちなら知っている。
ロゼが迎えに行くと、小さな悲鳴が聞こえた。
そしてベルクート以外がリビングに入ってきた人物に注目する。
「ラズィ」
レミィが立ち上がる。包帯に巻かれ傷だらけの容姿だった。
外は雷雨のせいか、家が隣同士だというのに彼女はずぶ濡れだった。
「タオル取ってきます」
「ゾディアック」
全員のリアクションを無視し、ラズィがゾディアックを睨む。
「行こう。さっさとあの女見つけて、姉さんとマルコを取り返すわよ」
「ラズィ……落ち着いてくれ。その傷じゃあ立ち向かっても」
「腕が飛ぼうが足が千切れようが! 取り返さないといけないんだよ!!」
いつもの喋り方ではなくなっていた。もう猫を被る余裕もないのだろう。
豹変したラズィにビオレとフォックスがゾディアックの陰に隠れるように動いた。レミィも立ち上がったまま、言葉を失っている。
「……居所、掴んでんのかよ」
ベルクートは背を向けたまま言った。ラズィは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「熱くなんなよ。連れていかれたってことは、利用価値があるんだろ。すぐ殺されるわけじゃない。まずは情報収集だ。そうだろ」
気持ちの整理はついていないらしいが考えは冷静だった。相手の言葉に、ラズィは荒い呼吸を正し、頭が冷えていくのを感じた。
「でもさ、情報ったって、この雨だぜ? 誰も外出てねぇよ」
「マスターが寝てる間にシノミリアで怪しい人がいないか聞いてみたんだけど、反応はあんまり……。今聞いた情報で流しているけど」
ビオレは頭を振った。芳しくないらしい。
このまま時間が過ぎていくのも惜しいため、ゾディアックは外に出ることを進言しようと口を開いた時だった。
チャイムの音が鳴り響いた。全員に緊張が走る。
「誰だ」
ゾディアックはポツリと呟き玄関へ向かう。ビオレと、そしてレミィもついてきた。ゾディアックは一度部屋に戻り大剣を手に取ってから向かった。
ドアの前に立ち、背後にいる2人に合図を送りつつ、ゆっくりと開ける。
そこに立っていたのは、金髪と義手義足が目立つ、杖をついた男だった。
「……ウェイグ」
「よう……」
力の無い瞳が、ゾディアックを見つめていた。
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