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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
236/264

「The Eleven」

 異常な天気、としか言いようがなかった。空は頻繁に光り、海が落ちてきているかのような雨を降らしている。まるで怒り狂っているかのようだ。

 椅子に座り頬杖をつきながら、ウェイグはアンバーシェルの画面を見つめる。ユタ・ハウエルに流れる速報からは頻繁にドラゴンである「ガギエル」の名が上がっている。この異常気象はガギエルが以前として討伐されていないのが原因であると、胡散臭そうな”専門家”が語っている。音量を上げその言動に耳を傾けてみる。


騎士団(ヴァイスリッター)が崩壊したというのを聞きましたが、職務怠慢としか思えませんね。まったく。戦闘集団という割には大きなトカゲ一匹倒せないのであれば、投入した資金を市民に還元すべきだと私は思うのですがね」


 傲慢さを隠し切れない言葉が鼻につく。アナウンサーであるふたりは「その辺で」と相手を宥めようとしているが専門家の言葉は続く。


「迎撃に向かったガーディアンもことごとく返り討ちにあっているらしいじゃないですか。学もない連中なのだから戦闘で役に立たないのであれば、存在価値がありませんよ。やはりガーディアンなんて職業は無くして学問と魔法研究に――」


 怒りを通り越して呆れたウェイグはアンバーシェルの画面を消した。相手の小馬鹿にしたような態度を見るのはうんざりだった。

 言っていることは間違いではない、気持ちもわかる。だが大衆の前で喋ることではない。反感を買うし、なにより誰もが不安に駆られる。


「ウェイグ」


 視線を後ろの控室に向ける。メ―シェルが扉から出てくるところが見えた。


「どうした?」

「ううん。ただ、さ」


 不安げな表情で視線を落としている。彼女の手に目を向けると、アンバーシェルが握られていた。

 さきほどの言葉を聞いて恐怖が生まれたのだろう。渋面になったウェイグは頬を掻く。


「安心しろ。どこかで暴れようと騎士団(ヴァイスリッター)が本気を出して狩りに行ってくれるさ」

「そう、だよね」


 力のない笑みを向けてきた。かつてあんなにも高飛車で、明るかった彼女とは思えないほど弱々しい笑顔にウェイグは心が締め付けられる。


「それによ、もし、もしだぜ。ここに来たとしても、あいつが何とかしてくれるさ」

「……ゾディアックが?」

「ああ」


 ウェイグは鼻で笑う。


「あいつの強さは本物だ。ボコボコにしてきた相手を立てるのはちょっと情けねぇけどさ。それは確かだ。だから大丈夫だよ。ガギエルなんてドラゴン、ゾディアックが倒してくれる」

「それはどうですかね」


 女性の声が、ふたりの間を裂くように入り込んできた。

 素早い動作で入口を見ると声の主が立っていた。ゾディアックのように、全身が黒ずくめであった。


「……いらっしゃい」


 音がしなかった。足音はおろか、扉を開けた音さえも。扉の上部には入店を告げるベルが付けられているはずなのに。

 そもそも、鍵がかかっていたはずなのに。


「まだ営業時間中でしょうか。依頼があるのですが」


 自然と警戒心を強めていると、メ―シェルが前に出て対応に当たる。


「申し訳ございません。もう閉店でして。また明日あらためてお越しいただければと思います」


 メ―シェルの言葉の端々から緊張を感じ取った女性がクスリと笑う。黒髪の隙間から覗く目元だけを見ても、美人だと分かるその微笑みは、外の音と合わさり不気味だった。


「あら、そうですか。なら今から対応してもらいましょう」

「……あの、いったい何を」

「力尽くで」


 殺気。メ―シェルが息を呑み、ウェイグは声をあげようとした。

 だがそれよりも早く、女性の腕がメ―シェルに伸びた。まるで大蛇のようにうねりながら動いたそれは、白く細い首に絡みつく。


「メ―シェル!!」


 ようやく声をあげたと同時にメ―シェルの足が床から離れた。片手で首を絞められているメ―シェルは、息苦しそうに口を開けバタバタと暴れる。

 首を掴んでいる片手を両手で掴み、掻きむしるように指先を動かすがビクともしない。


「動かないでくださいね。とりあえずこちらからは命令するだけです。断ろうとしたり抵抗するならこの子の首をへし折ります。長引いても死ぬので従った方がいいですよ」


 まるで今日の献立を発表する母親のような優しい声だった。それが冗談でないことだけはよくわかる。

 動かないウェイグを見て女性はにっこりと笑みを浮かべる。


魔力(ヴェーナ)を増幅させる機械を渡してください」

「なに?」

転移魔法(テレポ)のポイント設置のような機械です。魔力を閉じ込めておいて解放する機能と、魔力を流せば増幅させる機能が入っているはず。あなたは確か、師からそれを譲り受けているはず。師を襲うよりこちらの方が労力が少なそうだと思ってましたが……正解でしたね」

「なんだと、なんでそれを知って……いったいなんのために」


 メ―シェルがうめき声をあげた。女性が手に力を込めたのだ。

 ウェイグは右の手の平を見せ制止を促す。


「ま、待て!! わかった! わかったから。渡すからメ―シェルを離してくれ」

「おお! 立派ですね。話しはシンプルじゃないといけません」


 褒める女性。だがその手から力は抜けていない。メ―シェルの顔が青白くなっていき口の端から泡が吹き出してきた。


「頼む! やめてくれ……彼女を離してくれ……!」

「必死ですね。いいですよ。もっと必死になってください。ちょっとイライラを解消したいので」


 女性が肩を揺らした。その瞬間、少しだけ拘束が緩んだ。

 大きく息を吸ったメ―シェルの脳に酸素が行き届く。時間にすれば一瞬。女性はまだ隙だらけだった。

 メ―シェルは片手を上げ手に魔力を溜めると電の球体を生み出し、女性に打ち込んだ。

 外に負けない轟音が店内に鳴り響き、衝撃波が発生する。ウェイグは声をあげて倒れ、棚に置いていた商品が倒れ、窓ガラスが割れた。

 店内に紫電が飛び交い黒煙が舞う。あまりの電圧で熱が発生した証拠だった。

 女性の首から上は黒煙に包まれている。


「まぁ。抵抗できるくらいの元気はありますよね」


 その中から声が聞こえた。煙が晴れると、女性は怪我ひとつ負っておらず、笑みも崩していなかった。

 だがその目元は笑っていなかった。

 女性は横目で、机を支えに立とうとしているウェイグを見る。


「愛する人が傷つく姿って……興奮しますよね? しませんか?」


 女性の指先がメ―シェルに向けられた。



「試せばわかりますか」


 指先に紫電が集まる。小さな球体となったそれを見て、ウェイグは声をあげた。

 だがその声は、外の雷と窓から吹き込む風によってかき消され。

 集まった紫電は、メ―シェルの目元めがけて放たれた。



お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!

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