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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
234/264

「The Nine」

 ラズィは病院の近くにある到着点(エンドポイント)に転移した。降りしきる雨の中、傘もないため一気に帽子や服が濡れるが、知ったことではなかった。

 病院の入口を睨みつける。心臓が破裂しそうなほど動いている。緊張と焦りのせいだ。

 ラズィは駆け足で中に入ると、真っ直ぐ受付へ向かおうとした。


「あれ、ラズィさん」


 聞き覚えのある声だった。立ち止まり顔を向けるとサンディの担当医が心配そうな表情を浮かべながら近づいてきた。


「さっきは驚きましたよ。どうされたんですか、突然あんな慌てて……知り合いではないとかなんとか言ってましたけど」


 ラズィの心情も知らず、担当医は能天気極まりない口調で聞いてきた。

 胸中のざわつきが強くなる。


「その女性は追い出したの?」

「いえいえ! そんな無理に追い出すことなんてできませんよ」

「追い出せと言ったでしょう!」

「いや、ちょっと落ち着いてくださいよ。あの女性はサンディさんのお知り合いですって。一緒に写っている写真まで自慢げに見せてきて。大事そうにケースの中にしまってましたよ」


 ラズィに一瞬迷いが生じる。だがすぐに頭を振った。嘘に決まっている。だがこのままでは埒が明かない。


「……私の勘違いだったかもしれませんね~」


 担当医はホッと胸を撫で下ろした。


「優しそうな方でしたよ。ラズィさんのお名前もご存知でしたし、顔を見たら思い出すかもしれません。まだ病室にいると思うので、行ってあげてください。ただ、個室とはいえ、お静かにお願いしますね」

「わかりました~。申し訳ございません、色々と言ってしまって」


 返答を待つことなくラズィは動き出した。サンディは5階の個室にいる。昇降機が来る扉の前を通り階段へ向かうと、全力で駆け上った。

 そして5階にたどり着き廊下を警戒する。外の空模様のせいか、廊下は薄暗く、蛍光灯のせいで緑がかっており不気味そのものだった。

 誰もいないことを確認すると駆け足で病室に近づき扉を開けた。


「あら。もう来たんですね」


 探るまでもなく、扉を開けた先に女性が座っていた。この前見た奇抜な布服ではなく、黒いファー付きのコートにパンツ姿と、ガラッと服装を変えていた。

 手に持っていた本を畳むと、内ポケットにしまって立ち上がる。


「まだ1ページすら読んでいない間に来るなんて。必死ですね」

「……ここから出ていけ。話があるなら私が聞く」

「やっぱり、”王族”と言っても家族は大事ですか? ディアブロ族のエルフって、もっと残忍で残酷な連中ばかりだと思ってましたけど」


 ラズィは眉根を寄せた。怒りもあったが困惑の方が強かった。


「なぜそれを……」

「頑張って魔法で体内の魔力(ヴェーナ)を誤魔化そうとしても無駄ですよ。コツがわかればすぐにバレます。それにあなたが使う魔法もエルフの力でアレンジをしている。丸わかりなんですよ」


 すべてを見透かしてるような、暗い瞳を向けた。ラズィの体が一瞬硬直する。

 その隙を見逃さず、女性は眠っているサンディの首根っこを掴んだ。


「来るのが遅かったですね。これで”2段階”。次で完成です」


 女性の手に魔力(ヴェーナ)が集う。

 ラズィは歯を剥き出しにして駆けだした。何をしているのか、女性が何を言っているのかは理解できないが、邪魔をしなければ大変なことになるのだけは理解できた。

 この狭い部屋で魔法を使うわけにはいかない。ラズィは床を蹴り片足を上げる。

 ベッドを飛び越え女性に狙いを定めると足を振り下ろした。


 渾身の踵落としは女性の鎖骨に食い込む。

 だがまるで手応えはなかった。この感覚をラズィは知っている。


「お前、トムと同じ――」

「ああ。あの役に立たない塵の知り合いでしたっけ」


 女性の口角が上がる。

 ラズィは鎖骨に足を固定したまま膝を折り女性の頭を掴む。そして親指を立てると、女性の両眼にめり込ませた。

 眼球が潰れる感触が伝わるが、女性は悲鳴のひとつすら上げない。関心するように声を出すだけだった。


「やりますね。容赦がない」


 指を抜き足を離す。飛び退く動作と共に前蹴りを放つ。

 靴の先が相手の顎に叩き込まれた。女性の顔が天井を向く。

 床に着したラズィは回し蹴りを脇腹に叩き込んだ。くの字に曲がった女性が吹き飛び壁にぶつかる。

 さらに距離を詰め飛び後ろ回し蹴りを見舞う。靴が頬にめり込む。そのまま足を振りぬくと、女性は再び飛び、入口の扉に叩きつけられた。


「死ね!!」


 呪詛のように言葉を吐き出しながらラズィは距離を詰めると、両足を揃えたまま跳躍する。

 渾身のドロップキックが顔面を捉える。女性の首から上は扉とラズィのキックに挟まれる形になる。

 ただそのキックの威力は異常だった。骨が軋む音と共に扉が音を立てて外れた。

 大きな音を立てて扉が倒れ、女性が壁に激突する。


 すべての技が綺麗に決まった形となった。常人であれば既に死亡している。亜人だとまだ生きているかもしれないが、両眼を潰されて平気でいられるわけはない。勝負は決したも同然だった。


「ん~。まぁ流石と言っておきましょうか」


 だが女性は汚れを払うように服を手の平で払うと、顔を一度腕で拭った。

 下から、紫色の両眼が姿を見せた。


「まぁお姉さんを利用する代金は払ったでしょう。もういいですか? 時間がないのでさっさと身柄を確保して離れたいのですが」


 何事もなかったかのように平然と言い放った。

 ラズィの奥歯が軋む。


「面白い。粉砕して燃えカスにすれば死ぬかしら」

「あはは~。それは魅力的ですね。是非とも喰らってみたいですが」


 女性は頬に手を当てた。


「もう時間です」


 どういうことだ。聞こうとした瞬間だった。

 脇腹に、何かがずっと入り込んできた。


「……な」


 視線を向けると、そこには担当医がいた。彼は困惑した様子で顔を上げた。


「ら、ラズィ、ラズィさん。違うんです。何故か、こうしないといけないと思って。でもこれは私のせいじゃないんです」


 ズッ、とさらに入り込んでくる。


「でも駄目なんです。だってあなたは世界の敵なのだから」


 目の焦点があっておらず、口の端から涎も垂れ落ちていた。

 ただそこからは、明確な殺意が感じ取れた。

 それを確認した瞬間激しい痛みに襲われた。脇腹から伝って来るそれは徐々に熱を帯び、全身が熱くなる。


「かっ、なっ」


 ラズィは担当医を突き飛ばした。同時に脇腹から違和感が抜かれた。

 担当医の両手は真っ赤に染まっており、そこにはナイフが握られていた。


「オリハルコンで作られたナイフですよ。ドラゴンの鎧もチーズのようにサクサク切れる優れもの」


 女性がくすくすと笑う。


「相手の意識を操作して透明化の魔法を使えば、これくらい造作もないですよ」


 舌打ちして脇腹を押さえながら、空いたもう片方の手で魔法を放とうとする。

 だが女性の前に何かが立ちはだかった。

 それは患者服を着た少女だった。担当医同様目の焦点が合ってない。


「どうしました? 一般人ごと撃ち抜いてくださいよ、”ガーディアン”」

「ク、ッソ……」


 魔力喚起を解除し肉弾戦に切り替えようとする。

 だがその一瞬の隙を突かれた。女性がゆらりと動き、その姿を消した。

 ラズィはサンディを救った事件で片目が潰れている。つまり死角が存在する。

 気付いた時には遅かった。死角に潜んだ女性を捉えた瞬間、鉄拳が鼻に叩き込まれた。


「お返しですよ」


 とんがり帽子が落ちる。同時に女性がラズィの髪を掴み片腕で持ち上げた。

 そして背を向けると共にラズィを自分の肩越しに投げた。

 受け身も取れず、ラズィは後頭部から床に叩きつけられた。

 女性は楽しげな笑い声を上げながら手を離すと、間髪入れずに足を振り上げラズィの顔面を踏みつけた。

  

 ラズィの体が跳ね上がる。ラズィの意識はその衝撃と共に彼方へ飛んだ。

 

「ん? 終わりですかね。あっけない」


 ダメ押しにもう一度踏みつけると、女性は病室に戻りサンディの生命維持装置を取り外した。


「よいしょっと」


 そして抱きかかえると、片方の拳を振り上げ窓ガラスを叩き割った。破片が手に刺さるが血も流れない。

 激しい風と雨が吹き込んでくる。気分がよかった。窓のふちに足を乗っける。

 その時だった。背後から魔力を感じ取った。


 女性は素早く振り返ると、空いた方の人差し指を向けた。

 血塗れになりながらこちらを睨むラズィと目が合う。魔法を放とうとしていたらしい。

 だがサンディを背負われたせいで強力な魔法が撃てなかったのだろう、動作が鈍い。

 結果的に、女性の方が速かった。指先から放たれた火球はラズィの目の前まで来ると膨張した。


 直後、世界が明滅し、特大の爆発音と共に紅蓮に輝く炎が廊下を埋め尽くした。炎は各病室の扉を炭にし、窓ガラスを割り、外へその姿を見せた。


 爆発を利用して窓から飛んだ女性は優雅に着地し振り返った。

 黒煙が立ち上り一気に火の手が上がり始めている。あの階層にいた人はほぼ全滅だろう。

 もう少しラズィで楽しめると思っていたが、些かガッカリだった。


「は~……いい天気ですねぇ」


 とりあえずサンディを手に入れることには成功した。

 気分を良くした女性は鼻歌を歌いながら前を見据える。

 そこに漆黒の鎧を纏うガーディアンが姿を見せた。


「あら? これはこれは」


 目の前にゾディアック・ヴォルクスがいると理解した瞬間。

 女性は恋する乙女のような視線を送りはじめた。 


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!

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