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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
226/264

「The One」

 無音。そして無限の暗闇が広がっている。

 この静かで広い場所が好きだった。ここなら誰にも邪魔されず、無駄な時間を過ごすことができる。

 ただ死ぬことを待つ”その者”は、再び眠りにつこうと瞳を閉じた。

 次に目が覚めるのは1年、いやもっと先か。気にすることはない。悠久の時を思えば1年など瞬で過ぎる。

 そんな思考を巡らせていた時、雑音が入り込んできた。地面を踏みしめる音。だが異様だった。確かに足音はするのだが”そこには何もいないようにも聞こえた”からだ。


『……何者だ』


 声を向けると足音が止まった。

 気配はもう近くまで来ていた。


「名乗るほどの者では。ただあなたに用があって」

『夢幻に閉じ込められたいか』


 静かな笑い声が聞こえた。


「悠久を生きる、と言いますが。長生きしたらただの耄碌したおじいちゃんですね。大丈夫ですよ、小難しいセールストークは抜きで用件を伝えるわ。私と一緒に外に出てください。そしたら願いを叶えます」

『願い? 私の願いを叶えるだと』

「そう。私と一緒に来れば、あなたは死ねますよ」

『……世迷言を』


 鼻で笑ったその者は、その巨大な体躯を起き上がらせた。


『だが、些か退屈ではあった。いいだろう。久方ぶりの空を拝みに行こうか』

「あら、意外と乗り気」

『だがその前に貴様は死ぬぞ。小娘』


 低い唸り声が空間を振動させ、空気中に漂うわずかな魔力(ヴェーナ)が光り始める。

 

「いいですよ。力尽くも嫌いじゃないので。私が大ぼら吹きじゃないところを見せてあげます」


 黒髪の女性はそう言って。

 漆黒の大剣を、右手に生み出した。




★★★Last Dessert★★★




 鎧を着ながらのデザート作りも慣れてきた。今日も立派なメレンゲが仕上がる。

 時刻は昼過ぎ、早めに仕込みをしておこうというのは、昨日から決めていたことだ。


「ゾディアック様、こっちの仕込みは終わりましたよ」


 精巧な人形のような顔に花を咲かせ、ロゼが言った。


「お昼ご飯作っているときに、一緒にやっちゃいました」

「そうか」

「あとはゾディアック様のケーキだけですね!」

「……ああ」

「自信のほどは?」


 ゾディアックの動作が止まる。ロゼは篭手を掴み、揺らした。 


「自信持ってくださいよー! 大丈夫です! もう慣れているじゃないですか」

「膨らまなかったらどうしよう」

「私がいるじゃないですか! サポートしますから安心してください!」


 特徴的なロゼの八重歯が見え隠れする。ゾディアックは安堵の表情を、兜の下で浮かべた。


「ところでゾディアック様、どうして鎧姿でケーキ作りを? 新手のギャグですか?」

「……ギャグじゃないんだが」

「笑いが欲しいわけではないのなら?」

「この後、モンスターを討伐しに行く。あの子が依頼書をセントラルから持ってくる」

「で、いつものメンバーがここに集まると」

「ロゼも来るか?」

「いいですね! 行きましょうか!」


 ロゼは軽く両手を合わせた。


「明日、誕生日のあの子を傷つけるわけにもいきませんし!」

「大丈夫だ。俺が皆を守るから」

「頼りにしてますよ」


 それから順調にデザート作りは進み仕込みを終わらせ、洗い物を終えたと同時に呼び鈴が室内に響いた。


「来ましたね」

「ああ……行こうか」


 ロゼが返事をして玄関へ向かう。ゾディアックはリビングの電気を消しその背に続く。

 玄関から、仲間たちの楽しげな声が聞こえてくる。その瞬間、懐かしい感覚にゾディアックは襲われた。お菓子作りをしようなんていう馬鹿な考えから、すべては始まり、自分の運命は変わったのだ。


 初めてパンケーキを作った時から、すでに半年が経っていた。その間に仲間ができて、もうすぐ店を開こうというところまで来ていた。


「みなさん、お待たせしました!」


 ロゼが戸を開け外に出ると、装備を身に着けた仲間たちが立っていた。


「おはようございます! マスター、ロゼ!」

「おいっす」


 元気よく返事をした自然の民とも呼ばれるグレイス族のビオレとは対照的に、狐顔のフォックスは眠そうだった。


「……眠そうだな、フォックス」

「そう! マスター聞いてよ! 昨日ラズィさんの家にお泊まりしに行ったらフォックスとベルおじさんが来てさ、酒盛り始めちゃって! 3時間くらい前まで飲んでたんだよ。セントラルに行ったの私だけだし」

「ふぁああ~~~……ねみぃ」


 ビオレは大きな欠伸をするフォックスを睨む。青みがかった灰色の体毛を身に纏う少年は何も気にしておらず、寝ぼけ眼を地面に向けていた。


「ベルがいっぱい飲ますからですよ~」

「俺のせいか? まぁガキンチョに夜更かしさせるのは間違いだったか。大将の方にお邪魔すべきだったかな」

「俺も飲めないぞ」

「ならロゼちゃんとか。それは最高だな」


 魔術師の姿に身を包んだラズィは呆れたように頭を振り、緑髪と青いコートが特徴のベルクートはヘラヘラと笑いながら肩をすくめた。コートの内側にあるホルスターからはハンドガンのグリップが一瞬見えた。

 ゾディアックも「しょうがない奴らだ」と言うように肩をすくめると、視線を残りの2人に向けられる。


「レミィ。マルコの護衛ありがとう」

「ああ、気にすんなよ」


 ボディラインを隠さない事務服を着た赤猫のレミィは耳をぴんと立てる。そして隣にいる少し肌が黒い異世界人(ビヨンド)の背を叩いた。


「報告した方がいいんじゃないの?」

「そうですね。聞いてください、ゾディアックさん! ちゃんと「ラビット・パイ」のラルさんと交渉して、いい場所を確保しましたよ!」


 マルコはガッツポーズをして胸を張った。


「みなさんが帰ってきてから詳細を伝えます。ただ簡単に言うと、噴水広場での開店となります」

「噴水広場か。観光客が一番多く来る場所だな」

「下手な物作れなくなりましたね、ゾディアック様!」

「……嫌なプレッシャーをかけないでくれ」


 今から胃が痛くなってきたゾディアックは情けない声を出してしまい、仲間たちが楽しげな笑い声をあげた。

 ゾディアックは、もうひとりではないという幸せな事実を噛み締めた。




★★★




 マルコはガーディアンでないため自宅で待機させ、一同は蒼炎の森へ向かった。

 普通であればガーディアンでないロゼも同じく自宅待機させるべきなのだが、ロゼ自身戦闘能力が高く、今回の任務はそれほど危険度も高くないため”見学”という体で同行させている。

 任務内容はモンスター退治なのだが、一般人や駆け出しならまだしも、場数を踏んできたガーディアンたちが負ける相手ではない。そのモンスターとは。


「……全然ラムネスライム出て来ねぇじゃねぇかよ!!」


 フォックスが何匹目かもわからないスライムをナイフで切り裂きながら言った。


「6人で狩って、1時間で12個って!」

「2倍じゃないか」

「効率いいですね~」


 文句に対しレミィとラズィが励ましの言葉をかける。


「文句ばかり言わないで! さっさと材料集めないといけないんだから!」


 喋りながらビオレは矢を放つ。紅蓮のオーラを纏った一本の矢は八本に分身し、新たに湧いてきたスライムの団体を一網打尽にした。


「ラムネゼリーが意外と材料として使えるって話だったからなぁ。流石先生だわ」

「珍味ですからね、あれ」

「……ベル。ロゼと喋ってないで戦ってくれ」


 木陰で休んでいるふたりにゾディアックは声を投げる。


「おじさんは休憩中だぜ、大将」

「ゾディアックさん~。あの緑のオジサン、クビにしましょうよ~」

「熟考しよう」

「おいおい、この年になってイジメですかい」


 せせら笑って、ベルクートはようやく重い腰を上げた。

 デザート作りの店を開くための、材料集めをゾディアックたちは行っていた。連日大型のモンスターばかりを狩っていたパーティだったが、そろそろこういった作業にも本腰を入れ始めるとしてベルクートを主導に動き始めていた。

 しかしあまりにも矮小なモンスターを相手にするのは反動が大きく、非常に億劫だった。


「レミィさんってセントラルの受付サボっていいの~?」

「ちゃんとスケジュールを組んでガーディアンの活動もするようになったから、安心して活動しろよ、フォックス」

「へいへ~い」


 およそ戦っているとは思えない和気藹々とした雰囲気だった。

 たまにはこういった緊張感のない戦いもいいと思いながら、ゾディアックは現れたラムネスライムを消し飛ばした。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!

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