ロシアン・たい焼き
「ロシアンたい焼きでございます」
フォックスの一言を合図に、全員がダイニングテーブルに近づいた。
一同、円を組むように立ち並び、テーブルの上に置かれたある物を食い入るように見つめ続ける。
置かれているのは白い皿。そこに盛られた、たい焼きが6つ。頭を中心に向けて円状に並べられている。
「フォックス。これはいったいなんだ」
ゾディアックがたい焼きを見つめながら聞いた。
「ロシアンたい焼きでございます」
「そのロシアンって何?」
ビオレが横目で睨んだ。
「どこかで聞いたことのあるような~、ないような~?」
ラズィが首を傾げる。
「ロビアンじゃなくて? ありゃモンスターか。巨大な蟹の」
ベルクートが鼻で笑う。
「……たい焼きの中身が違うんだろ? ロシアンとかいうクリームが入っているとか」
レミィが察したように言うと、フォックスが手を叩いた。
「シェフ! シェフ! 説明」
「はい、わかりましたー。皆さんこちらに注目してください」
ソファに座っているマルコが声を上げると、一同がそちらを向いた。
「それではゲームのルール説明をロゼさんの方からお願いします」
「はい! いいですかみなさん、一度しか言わないのでよく聞くように!」
持っていたたい焼きを置いて、ロゼは立ち上がると手を挙げてぴょんと跳ねる。
ゾディアックは砕けた表情を浮かべた。
「うぁ。かぁいい。俺の彼女かわいい」
ゾディアックが鼻の下を伸ばした。ビオレの顔が引きつる。
「うわ。マスター、キモ……」
「なんだよお嬢ちゃん。もう反抗期か?」
「いやちょっと待って!」
レミィが手を挙げた。
「はいどうぞ、レミィさん。発言の際に挙手するとはさすがセントラルの職員さん」
「いや、あの。何これは? 私たちって新作デザートというか、目玉商品の開発で集められたんじゃ?」
レミィが困惑するのは当然だった。
一同はゾディアックの家に集められ、露店に並べる商品の開発を行っていた。それが突然たい焼きを並べられ、意味不明のゲームが始められようとしているのだ。誰だって混乱する。
「いい質問ですねぇ。さっきまで頑張って皆さんで切磋琢磨してお互いのデザート完成度を高めておりました」
「はぁ」
「しかし長いことやっていると「そろそろ気分転換したい」とフォックスが言いまして」
「はぁ」
「私も「確かに!!」ということでこのゲームを開催しました」
「え、ロゼさんがそういう采配決められるの?」
レミィがゾディアックを見て聞いた。
「うん。可愛いから何でもいい」
「脳みそ死んでんのか? お前」
「では疑問もなくなったところでルール説明です! ルールは簡単。みなさんお好きなたい焼きをひとつ手に取って「せーのっ!」で食べてください」
全員の視線がたい焼きに注がれる。
「ひとつだけある当たりにはカスタードクリームが入ってます。それ以外は全部レバニロが入ってます」
「レバニロって……」
ロゼはにっこりと笑った。
「超辛い液体。「一滴でドラゴンも悶える!」が謳い文句のあれです! それがハズレには入ってます!」
レバニロは他にも「舌が溶ける」「炎が吐けるようになる」「喉に炎を纏ったトカゲが動き回る」と言われている調味料である。あまりにも辛いため凶器とされてキャラバンでも取り扱わないことが多い。
それを知っている全員が顔を見合わせる。
「ちなみに量は30滴くらい振り入れたのでお気を付けくださいね」
「馬鹿じゃないのか!!?」
レミィが耐え切れないように大声を上げた。
「お前アホなのか!」
「いや、レミィさん。気持ちは、気持ちはわかるけど落ち着いて、ここゾディアックさんの家だから」
ビオレがなだめるがレミィは頭を振る。
「ゾディアック! お前なんか言えよ!」
「ロゼが楽しそう何で満足です」
「し、死ねばいいのにこの馬鹿……。え、ベルクートとラズィは」
「ふっ。ようは当たりを引けばいいだけさ。ギャンブルは大人の男の嗜みだぜ?」
ベルクートは髪の毛をかき上げた。
「逆に言えば今から誰か一人気を失わせて、ハズレ全部食べさせればいいんですよ~」
ラズィがニコニコとしながら杖を構えた。全員がラズィから距離を取ると、彼女はキョトンとした顔で首を傾げた。
「ヤバいのしかいないのかここは。フォックスは?」
「むしろ俺が提案したらノリノリでロゼさんが準備しちゃった」
「ビ、ビオレ」
「逆らえません。家主には」
「じゃ、じゃあ、マルコ! お前はどうなんだ? こういうの駄目だろう食べ物で遊ぶなんてさ!」
最後の望みを託してマルコに問うと苦笑いが返された。
「まぁ日本にいた頃も友達同士でたまぁにやっていたので」
最後の希望が打ち砕かれたため、レミィは膝から崩れ落ちた。
ベルクートが挙手する。
「あのさぁロゼちゃん。あたりの人は何かいいことあるの?」
「そうですねぇ~。ハズレを引いた人には好きなことを1つ命令できるとか」
「おお~! いいねぇ!」
「では、マルコさん以外の皆さんは頑張ってくださいね!」
恐らく審判員であるロゼはソファという安全圏にいながらゲーム開始宣言をした。マルコもつられて「ゲームスタート~」という気の抜けた声を出した。
それ以外の全員がダイニングテーブルを囲う。
というより皿の上のたい焼きを睨む。
「明らかに一つ膨らんでいるのがあるんだけど。フォックス。行きやがれ」
「やだね。オッサンに譲るわ」
「どうやって取る順番決めます~?」
「じゃあ、ジャンケンで」
ゾディアックが拳を上げた。
「……ちなみに私は最初にチョキを出す」
「うわっ。レミィさん心理戦仕掛けてきた」
「うるさい。いいかビオレ。食べたら死ぬんだぞ。全員ぶっ殺してやる」
「すげぇ。レミィさんの殺意たけぇ」
「ジャンケンとか面倒くさいのでいっせいに取りましょうよ~」
「ゾディアック。あの膨らんでいるのが当たりだ」
「嘘吐くなよベル」
「馬鹿。嘘吐くのと人を騙すのは商売の基本だぞ。覚えておけよ看板。あとマルコ先生も」
「なんてこと言うんだよ……」
呼びかけるとマルコは手を挙げて返事をした。
「さぁ栄光は誰の手に!」
ロゼの声を皮切りに、結局ジャンケンをせず、各々が好きな物を取った。ちなみにゾディアックは残ったひとつだけを手に取った。
「せーのっ!」
そして、口に運んだ。
「ぎゃああああああ!!!」
「ぶっ!! ぶぇええええ!!!」
勝者は……。
★★★
「う~ん。美味しいですねぇ、このカスタードクリーム」
ロゼは頬に手を当てながらたい焼きを頬張る。
「いいんですかね? ロゼさんが勝者で」
「え? だって私ちゃんとルール説明したじゃないですか~。「お好きなたい焼きをひとつ手に取って」って。皿の上の奴だけ食べちゃったのはどうしてでしょうか。理解に苦しみますねぇ」
ニコニコと小悪魔な笑顔を見せながらロゼは再びかぶりつく。
マルコは苦笑いを浮かべながらダイニングテーブルの方を見た。
大きな叫び声をあげた後、ピクピクと小刻みに震えながら突っ伏している6人が見えた。
「噓を吐くことと人を騙すのは、商売の基本……」
一番商いに向いているのはロゼかもしれないと、マルコは思った。
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