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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
223/264

第218話「これにて一件落着」

 懐かしい匂いがする、と言い出したのはクーロンだった。ヨシノが隣を歩くクーロンを見上げると、微かに頬が緩んでいるのが見えた。

 ふたりは亜人街の通りを歩いていた。時刻は昼頃、亜人街は夜の街と言われているからか、人通りは少ない。気配は大量にするのだが建物内に隠れているようだ。檻の中で怯えている動物のような反応に、ヨシノはこの国における亜人の扱いと立場を理解した。


 そうして歩いているうちに、曲がり角から見知った顔が姿を見せた。

 ヨシノが少しだけ目を開くと、相手は頭を下げた。


「お久しぶりです、善乃様」


 昔、紅葉と共に逃亡した黒猫の黒江だった。反社的にクーロンが一歩前に出るが、丸腰であることを見たからか、すぐに警戒を解いた。

 両者共に視線を交える。表情には闘争心も怒りもない。ただ懐かしさだけがあった。


「久しぶりだね、黒江」

「はい」


 ヨシノが手の平で口許を隠し静かに笑う。


「すごいね。ちょっと離れていただけで、そんな大人びた姿になっちゃうんだ」


 胸元を強調した黒いワンピースに、長身と豊満な肉体を、ヨシノはまじまじと見つめる。


「やめてください、じろじろ見るのは」

「本当に黒江よね?」

「はい。クロエです」


 同じ名前だが、どこかニュアンスが違う。姿かたちだけでなく中身も”黒江”から大きく変化しているらしい。


「”クロエ”……そうね、うん」


 数度頷き懐かしさと寂しさを消し去ると、ヨシノは声色を変えた。


「わざわざここに呼び出して、何の用?」

「とりあえず、私についてきてください」

「目的は? また決闘でもしようって?」

「紅葉……いや、レミィさんがあなたに渡したい物があるとのことです。決して戦いになるということではないので、ご安心ください」


 そう言って背を向けて歩き始めた。ヨシノとクーロンは黙ってその背中に着いていった。

 それから数分後、大きな建物が見えてきた。こちらに来る際に言語を一通り学んでいるため、看板に書かれている「アイエス」という文字を読み取る。

 クロエは何も言わずに扉を開け中に入る。ヨシノたちもそれに続き中に入ると、酒の匂いが微かに鼻腔を掠めた。


「酒場ね、ここは」

「そうだよ。私とクロエの、昔の職場でもある」


 店の奥にあるバーカウンターのスツールに座っていたレミィが、ヨシノを見て言った。


「素直に来てくれるとは思わなかったよ」

「別にいいでしょう? 負けたのは事実なのだから」


 カウンターの奥にはブランドンが立っていた。クーロンが警戒心を強め鋭い眼光を向けている。相手もまた視線を逸らさなかった。

 ヨシノはため息を吐いてレミィに近づくと隣に座った。先日、刀で斬り合っていた相手同士とは思えないほど距離が近く、警戒心もまるでない。


「……何か飲む?」

「ん~……あまりお酒得意じゃないからなぁ」

「お前一番弱かったもんな」

「紅葉だってそんな強くなかったじゃん……あ、この果実酒は知ってる。飲みやすかったからこれにしようかな」

「女子かよ」

「女子だよ!」


 レミィはクツクツと笑いブランドンに酒を注文した。

 旧友どうしで話しているようだった。クロエとクーロンは遠くからその様子を見つめている。広い店内に響くのは、酒を作る音と、異国の姫と赤い猫の喋り声だけ。


「それで用ってなに? 「嵐」でも渡してくれるの?」

「手渡したところですぐ私の方に返ってくるさ」

「自慢?」

「事実だよ。こいつは呪いの剣だ。私から離れない」

「じゃあなに? 渡したい物って」

「……笑うなよ」


 レミィは紙袋をカウンターに置き、横にスライドさせた。

 紙袋を受け止め中身を確認すると、ヨシノは素っ頓狂な声をあげた。


「な、なにこれ!? たい焼きじゃん」

「じゃん、って……」

「え、え、なんで? どうして別大陸にスサトミの甘味が? いや、ちょっと前に紹介してたか……でも作れる人なんて」

「いるんだよ。私の知り合いにさ」


 ヨシノの頭の中に黒い棋士の姿が浮かぶ。


「……まさか」

「そのまさか」

「人って……見かけによらないね」

「いいじゃねぇかよ別によ。いやまぁ私も最初は笑ったが」


 紙袋から湯気が少しだけ立ち上る。出来立てほやほや、といった感じだ。卵でできた生地の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 ヨシノはたい焼きを凝視する。


「これが、渡したかった物?」

「ああ、そうだよ」

「煽り?」

「ちげぇよ! そうじゃなくてさ、その……なんだよ」


 レミィは後頭部を掻くと顔を背けて言った。


「……な、仲直り……というか、その……」


 歯切れの悪い言葉だった。だが込められた意味を、ヨシノはしっかりと理解した。

 紙袋を握る手に力が込められる。


「ねぇ、紅葉」

「あ、ああ? なんだよ」

「覚えてる? 私たちが初めて会った時のこと。あの時もさ、お魚を食べたよね」

「……そうだったな」

「覚えてる。ずっと、覚えてる」


 ヨシノは紙袋からたい焼きをひとつ取り出すと、頭から頬張った。レミィが目を開き様子を見る。


「ど、どうだ……」

「ん、ん……」


 咀嚼しながら頷き喉を鳴らしたヨシノは笑顔を浮かべる。


「マズい」

「うそっ!!?」

「あーあ、マズいなぁ。マズいマズい」


 続けて2口、3口と頬張る。


「てめぇ嘘吐いてんじゃねぇよ!」

「どうせならもっと大きく作って欲しかったなぁ」

「こ、このクソアマ……」


 拳を握って眉間に皺を寄せるレミィに対し、ヨシノは大口を開けて笑った。レミィの表情も徐々に緩む。

 穏やかな雰囲気が漂い始めると、クーロンとクロエも顔を見合わせた。


「食べる? クーロンも」

「……”俺”が甘味苦手なのを知って聞いているだろう」

「うん。しっかり覚えてる」

「はぁ。姿が変わっても子供か。どいつもこいつも」


 クーロンは呆れて肩をすくめた。


「クーロン! クロエ! こっち来て! みんなで食べようよ」


 ヨシノが手招きすると、クロエが大きく返事をした。


「ほら、行くよ!」

「わかっているから引っ張るな」


 大きな腕を引きながら4人が椅子に座る。昔話に花を咲かせ、今の話をして時に恨み節や怒りの言葉を交えながらも、賑やかな時間が過ぎていった。


「お前、アンバーシェル持ってるか?」


 しばらくして、レミィがヨシノに聞いた。ヨシノは頭を振る。


「持っとけよ。サフィリアだったらいくらでも手に入る」

「それってこの大陸でしか使えないでしょ? 持ってても意味がないよ。連絡を取り合う相手なんてクーロンくらいしかいないし、それ以外に使う機会もないし」

「あるよ。連絡なら私とクロエも入れればいい。それにさ」


 レミィはポケットからアンバーシェルを取り出し画面を操作する。


「ほら、これ」


 画面を見せる。そこには可愛らしい少女が映っていた。赤髪のツインテールに猫耳が付いたパーカーを着た小柄な少女。手に持ったマイクで何かを謳いながら踊っている。

 レミィは少しだけ音量を上げた。その瞬間、ヨシノは気付く。


「この子って……もしかして」


 ヨシノが顔を上げると、レミィは顔を背けた。


「この子の歌」

「え?」

「多分、お前の好みだと思うわ。たまにこの放送見てみろよ。きっと……なんだ、その。満足するっつうかさ」


 照れくさそうにレミィは言った。画面に映る少女が何者なのかは、歌声を聞けばわかる。


「……上手ね。歌」

「そうだろ」


 それでもあえて気づいていないフリをしながら、ヨシノはその歌声に耳を傾けた。




★★★




 夕方になっていた。亜人街のアーチを出ると入れ替わるようにガーディアンや街の人間が亜人街に入っていく。この時間帯から、この街が牙を剥き出しにする。

 レミィは手に持った紙袋の中を見る。ヨシノに半分ほど渡したのにも関わらず、まだ10個ほど残っていた。


「作りすぎだよ、ゾディアックたちはまったく……」


 4つと言っていたのに、あまりに作りやすく美味しかったせいか、前日は大量に焼いてしまっていた。せっかく作った物なのでこのまま処分するのは勿体ない。


「どうっすっかなぁ。とりあえずセントラル戻っておじいちゃんとかプセルたちに食わせて――」


 不意に、視界に光がちらついた。

 目を細めて空を見ると、鮮やかな黄金色の夕焼けが沈みかけているのが見えた。空が茜色に染まり、街の風景と相まって幻想的な空間が作り上げられる。


「……いい天気だな」


 レミィは紙袋からひとつだけたい焼きを手に取り、口に運ぶ。


「……やっぱうめぇなこれ」


 立ち食いしながら馬車乗り場を目指す。

 心の中でゾディアックたちに感謝しつつ、レミィは笑みを浮かべながら、夕焼けに心奪われていた。




★★★




「ギルバニア王国へ行きましょう」


 北地区に戻る前にメイン・ストリートを訪れていたヨシノはクーロンに言った。


「よろしいので?」

「ええ。どうせなら、最後まで足掻いてやろうかなぁって思いまして」

「突然、いかがされた?」


 ヨシノは口許に指を当てて唸る。


「歌に、勇気づけられちゃって」

「歌……」

「そう。紅葉が聞かせてくれた「アンヘルちゃん」の歌。いい歌だったなぁ。可愛らしいけど元気がでて、勇気が湧いてさ。元気を貰ったんだ」


 口調が崩れていることにも気づかず、ヨシノは笑みを浮かべる。


「クーロン。ついてきてくれる? 刀も証も持ってないけど、私が王になるまで」

「……もちろん。拙者の主は、ヨシノ様ただひとり」

「うん、ありがとう。それじゃあ、まずはアンバーシェルを――」


 視界に光が差し込んだ。視線を空に向けると、鮮やかな赤い空と橙色の夕焼けが見えた。


「……ああ、いい天気ね」

「そうですな……」


 宝石のように輝く風景は、幻想的だった。




「――ありがとう、紅葉……いや、レミィ・カトレット」




 感謝の言葉を述べつつ、ヨシノは笑みを浮かべながら、光り輝く空に心奪われていた。




Dessert5.たい焼き 完了!!


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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