第215話「心惹かれたのは虚か現か真か」
歌が聞こえてきた。
城を抜け出し山に入り、自然の光を浴びていたとき、小川のせせらぎのようなその歌声に、一瞬で魅了された。
誰が歌っているのか。見てみるとそこには薄汚れた猫がいた。
美しい炎の髪をした、紅蓮の猫に、一瞬で心惹かれたのだ。
★★★
刀を落とし、両膝を折って首を垂れるヨシノを見下ろしながら、レミィは思案していた。
本当に殺す気がなかったとしか思えない。むしろ殺されようとしていた。だが、それがどうしてなのか検討がつかない。クーロンに襲わせる理由もないではないか。
疑念が渦巻いていると足音が近づいてきた。そして視界に、クーロンが映る。
クーロンは跪いて項垂れるヨシノの肩に手を置く。
「殺そうとしていた。少なくとも……拙者は」
「……え?」
「「嵐」を受け継ぐのは東玄の王族のみ。これは神託であり掟でもあったのだ。それをどこで拾ったのかもわからない野良猫に奪われたのだ。おまけに、国から逃亡してな」
肩越しにレミィを睨む。
「国が傾くような由々しき事態になった。姫を王にするか否かで国が割れかけ、未だに新しき王は、民の前に姿を見せることができぬ。たかが一本の武器がそれほどまでに重要だった」
「だからお前は、私を殺そうとしていたのか」
「ああ。貴様が死ねば「嵐」の所有者はいなくなる。短い期間だけかもしれんが、今だけはそうなる。あとはヨシノ様に刀を持っていただければそれで充分。それで、姫は王になれた」
レミィの隣に立ったゾディアックが声を出した。
「でも、そうはならなかった。なるわけがなかったんだ。ヨシノさんが、そもそもレミィを殺そうとしていなかったから」
「その通りだ」
「……ギルバニアを敵にしてもって言葉は何だったんだよ」
レミィの問いに、クーロンが視線を落とす。
「そうでも言わなければ、お前は戦わないだろう。紅葉。お前は自分が思っている以上に変わった。優しい顔になりすぎていたのだ」
「じゃあ、じゃあどうして……なんで私に殺されたかったんだ!!」
レミィはヨシノに視線を合わせるように膝をつくと、両肩を掴み揺さぶった。
「私を殺せば済む話だろう! 友達だろうがなんだろうが、殺して王になれよ! それくらいの覚悟なら持っていただろ! 何のために海を渡ってきたんだ!」
揺さぶりを止めると、ヨシノが顔を上げた。目元を真っ赤にはらし、幼げな少女のような泣き顔をしている。
「私は王にはなれないよ。刀は、紅葉を選んだんだ。だったら私が死ぬべきだ。私は器じゃなかったんだよ」
「何を」
「もう無理だよ……もう、疲れたよ。国にいても私の存在は疎まれている。お飾りにもならなくなった存在だよ? だから言ったんだ。真の王を取り戻すって」
「……ギルバニアに行くっていうのは嘘だったのか?」
ヨシノは頭を振った。
「半分は本当。紅葉の情報を集めるために大きな国に行こうとした。けどまさか、こんな小国にいるなんて。運命だと思ったんだ。だから後は紅葉を殺して「嵐」を奪えば――それでよかった。けど、できなかった。できるなんて思ってない」
だからあとは、私が死ぬ準備だけを済ませればいい。
その言葉を聞いた瞬間、レミィは立ち上がり、地面に捨てた「嵐」の柄を持つ。
「おいヨシノ!」
怒号が響く。全員の視線が集まると、レミィは「嵐」をどこかへ放り投げた。
目を見開くヨシノに対し、人差し指を突き出す。
「ふざけんなお前……逃げてんじゃねぇよ! あんなちょっと長いだけの包丁に惑わされてんじゃねぇタコ! あんなもん無くたってなぁ、お前は王になれんだよ。それだけの才能持ってんだ! 自分を信じろよ!」
「……紅葉」
「あいつは私にくっついて離れねぇ。だから私を殺さないと駄目だ。それが嫌なら、さっさと帰りやがれ! 帰って、刀なんて無くても王様になれるってところ見せてやれよ!」
肩で息をしていたため一度呼吸を整え、喉を鳴らす。
「死ねば楽になれると思うな。私が体張って守った主なんだから、ずっと胸張れよ」
「……」
「私の自慢の友達は、それができる。必ず成し遂げる。私は、そう信じているんだ」
レミィの頬に雫が伝う。
魂の籠った言葉に、ヨシノの心は確かに打ち震えていた。
★★★
決闘の後、心身共に疲れ果てたレミィは別れの言葉も掛けず、すぐセントラルへ戻った。
プセルもエミーリォも、ガーディアンたちも驚いていたが、もう何も考えたくなかった。
誰とも話さず2階にある自室に入ると、レミィは鼻で笑った。
窓際に、鞘に入った「嵐」が立てかけられていたからだ。
「本当、離れねぇなぁ、お前」
薄汚れた格好のままベッドに座る。自室はやはり安心する。深く息を吸うと眠気が襲ってきた。
振り払うように頭を振り、「嵐」を見る。
「なぁ。何で私を選んだんだ? 私はそんな器じゃないし、いい所なんてあまりない、ただの亜人だぞ。まさか髪の毛が赤いからとか、そんな理由か?」
何も返事は帰ってこない。当たり前だ。ただ鉄と魔力石で構築された武器なのだから。
馬鹿馬鹿しい。そう思って天井を見る。そのまま鼻歌を奏で始めた。
静かな部屋に自分の音が木霊する。この前歌った恋愛曲だ。歌詞は少女のように甘酸っぱい。
ただ、客のウケはよかった。
そこで歌を止める。
「……お前まさか、私の歌に惹かれたわけじゃねぇよな」
眉間に皺を寄せ「嵐」を睨む。
何も答えは返ってこない。
だが次の瞬間。
「嵐」が、ゆっくりと倒れた。
地面に横たわる宝刀を見て、レミィは噴き出し、大きな笑い声をあげた。
「お、おい、レミィ!? どうした、大丈夫か!」
ひとしきり笑った後、ドアが激しく叩かれた。
ドアを開けるとそこにはエミーリォが立っていた。血相を変えた相手を見て、更に笑いがこみ上げてきてしまう。
「なんだよおじいちゃん、そんな必死になって」
「いやお前が心配で……頭強く打ったんか?」
「まさか。私は普通だよ。普通」
部屋に戻ってヴィレオンをつける。適当な料理番組か何かが画面に流れ始めた。
エミーリォも後を追うように中に入る。
「決着は、ついたんか?」
「はぁ?」
「ほら、あのスサトミから来たお姫様じゃよ」
レミィは相槌を打って椅子に座る。
「まぁ、私の勝ち?」
「殺したのか?」
「……だったら?」
「どうもせんわい。お前が帰って来てくれた。それが何より嬉しいからの。ただ詳細くらいは聞いてもいいじゃろ」
嘆息して頭の後ろで手を組む。
「殺してないさ。決闘をした、けどまぁ、最後は血を流さず終わったよ」
「仲直りしたんか?」
「ん~どうだろう。仲直りしたいのかどうかもわからないし……」
「……そうなんか」
「胸の中スッキリさせたいとは思っているけど、まぁ……このまま何もせず関係を終わらせても」
言いながらヴィレオンに視線を移す。
「……終わらせても……」
そこで言葉が止まった。気になったエミーリォもヴィレオンを見る。
そこにはあるデザートが映されていた。
「……おじいちゃん」
「ん?」
「やっぱ前言撤回」
レミィは椅子から立ち上がり背筋を伸ばす。
「ちょっと、手伝って」
★★★
「決闘ですか」
コーヒーカップをふたつ持ったロゼはソファに座ると、持っていたひとつを隣にいるゾディアックに差し出した。
「ああ」
「このこと、マルコさんとかには」
「言ってないさ」
上を見上げる。2階にはマルコとビオレ、フォックスが眠っている。
マルコは住む場所を見つけるための、先立つものがない。当分はゾディアックの家か周辺の空き家で住むことになるだろう。
「それは作業も抜け出しますね」
「ベルクートとか怒ってた?」
「いいえ。皆さんそれほど怒ってませんでしたよ? 「真面目な大将がサボりなんてありえねぇよ。どっかでまた問題解決してんのかね、誘えってんだ水臭い」とボヤいてましたが」
ゾディアックは頬を掻いた。申し訳なさと嬉しさが同時にこみ上げてきた。
さきほどゾディアックから、レミィとヨシノの話を聞いたロゼは笑顔を見せる。
「とりあえずよかったじゃないですか。誰も死なずに済んで」
「そうだね」
「もう友達同士なんですよね?」
「どうだろう。まだちょっと、壁があるかも。何か」
視線を正面に向ける。ちょうどヴィレオンに画面が映し出されていた。
「きっかけでもあれば、違うかも」
言いながらゾディアックは画面に映る、”たい焼き”に目を奪われていた。
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