表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
220/264

第215話「心惹かれたのは虚か現か真か」

 歌が聞こえてきた。

 城を抜け出し山に入り、自然の光を浴びていたとき、小川のせせらぎのようなその歌声に、一瞬で魅了された。

 誰が歌っているのか。見てみるとそこには薄汚れた猫がいた。

 美しい炎の髪をした、紅蓮の猫に、一瞬で心惹かれたのだ。




★★★




 刀を落とし、両膝を折って首を垂れるヨシノを見下ろしながら、レミィは思案していた。

 本当に殺す気がなかったとしか思えない。むしろ殺されようとしていた。だが、それがどうしてなのか検討がつかない。クーロンに襲わせる理由もないではないか。

 疑念が渦巻いていると足音が近づいてきた。そして視界に、クーロンが映る。

 クーロンは跪いて項垂れるヨシノの肩に手を置く。


「殺そうとしていた。少なくとも……拙者は」

「……え?」

「「嵐」を受け継ぐのは東玄の王族のみ。これは神託であり掟でもあったのだ。それをどこで拾ったのかもわからない野良猫に奪われたのだ。おまけに、国から逃亡してな」


 肩越しにレミィを睨む。


「国が傾くような由々しき事態になった。姫を王にするか否かで国が割れかけ、未だに新しき王は、民の前に姿を見せることができぬ。たかが一本の武器がそれほどまでに重要だった」

「だからお前は、私を殺そうとしていたのか」

「ああ。貴様が死ねば「嵐」の所有者はいなくなる。短い期間だけかもしれんが、今だけはそうなる。あとはヨシノ様に刀を持っていただければそれで充分。それで、姫は王になれた」


 レミィの隣に立ったゾディアックが声を出した。


「でも、そうはならなかった。なるわけがなかったんだ。ヨシノさんが、そもそもレミィを殺そうとしていなかったから」

「その通りだ」

「……ギルバニアを敵にしてもって言葉は何だったんだよ」


 レミィの問いに、クーロンが視線を落とす。


「そうでも言わなければ、お前は戦わないだろう。紅葉。お前は自分が思っている以上に変わった。優しい顔になりすぎていたのだ」

「じゃあ、じゃあどうして……なんで私に殺されたかったんだ!!」


 レミィはヨシノに視線を合わせるように膝をつくと、両肩を掴み揺さぶった。


「私を殺せば済む話だろう! 友達だろうがなんだろうが、殺して王になれよ! それくらいの覚悟なら持っていただろ! 何のために海を渡ってきたんだ!」


 揺さぶりを止めると、ヨシノが顔を上げた。目元を真っ赤にはらし、幼げな少女のような泣き顔をしている。


「私は王にはなれないよ。刀は、紅葉を選んだんだ。だったら私が死ぬべきだ。私は器じゃなかったんだよ」

「何を」

「もう無理だよ……もう、疲れたよ。国にいても私の存在は疎まれている。お飾りにもならなくなった存在だよ? だから言ったんだ。真の王を取り戻すって」

「……ギルバニアに行くっていうのは嘘だったのか?」


 ヨシノは頭を振った。


「半分は本当。紅葉の情報を集めるために大きな国に行こうとした。けどまさか、こんな小国にいるなんて。運命だと思ったんだ。だから後は紅葉を殺して「嵐」を奪えば――それでよかった。けど、できなかった。できるなんて思ってない」


 だからあとは、私が死ぬ準備だけを済ませればいい。

 その言葉を聞いた瞬間、レミィは立ち上がり、地面に捨てた「嵐」の柄を持つ。


「おいヨシノ!」


 怒号が響く。全員の視線が集まると、レミィは「嵐」をどこかへ放り投げた。

 目を見開くヨシノに対し、人差し指を突き出す。


「ふざけんなお前……逃げてんじゃねぇよ! あんなちょっと長いだけの包丁に惑わされてんじゃねぇタコ! あんなもん無くたってなぁ、お前は王になれんだよ。それだけの才能持ってんだ! 自分を信じろよ!」

「……紅葉」

「あいつは私にくっついて離れねぇ。だから私を殺さないと駄目だ。それが嫌なら、さっさと帰りやがれ! 帰って、刀なんて無くても王様になれるってところ見せてやれよ!」


 肩で息をしていたため一度呼吸を整え、喉を鳴らす。


「死ねば楽になれると思うな。私が体張って守った主なんだから、ずっと胸張れよ」

「……」

「私の自慢の友達は、それができる。必ず成し遂げる。私は、そう信じているんだ」


 レミィの頬に雫が伝う。

 魂の籠った言葉に、ヨシノの心は確かに打ち震えていた。




★★★




 決闘の後、心身共に疲れ果てたレミィは別れの言葉も掛けず、すぐセントラルへ戻った。

 プセルもエミーリォも、ガーディアンたちも驚いていたが、もう何も考えたくなかった。

 誰とも話さず2階にある自室に入ると、レミィは鼻で笑った。


 窓際に、鞘に入った「嵐」が立てかけられていたからだ。


「本当、離れねぇなぁ、お前」


 薄汚れた格好のままベッドに座る。自室はやはり安心する。深く息を吸うと眠気が襲ってきた。

 振り払うように頭を振り、「嵐」を見る。


「なぁ。何で私を選んだんだ? 私はそんな器じゃないし、いい所なんてあまりない、ただの亜人だぞ。まさか髪の毛が赤いからとか、そんな理由か?」


 何も返事は帰ってこない。当たり前だ。ただ鉄と魔力石で構築された武器なのだから。

 馬鹿馬鹿しい。そう思って天井を見る。そのまま鼻歌を奏で始めた。

 静かな部屋に自分の音が木霊する。この前歌った恋愛曲だ。歌詞は少女のように甘酸っぱい。

 ただ、客のウケはよかった。

 そこで歌を止める。


「……お前まさか、私の歌に惹かれたわけじゃねぇよな」


 眉間に皺を寄せ「嵐」を睨む。

 何も答えは返ってこない。


 だが次の瞬間。


 「嵐」が、ゆっくりと倒れた。

 地面に横たわる宝刀を見て、レミィは噴き出し、大きな笑い声をあげた。


「お、おい、レミィ!? どうした、大丈夫か!」


 ひとしきり笑った後、ドアが激しく叩かれた。

 ドアを開けるとそこにはエミーリォが立っていた。血相を変えた相手を見て、更に笑いがこみ上げてきてしまう。


「なんだよおじいちゃん、そんな必死になって」

「いやお前が心配で……頭強く打ったんか?」

「まさか。私は普通だよ。普通」


 部屋に戻ってヴィレオンをつける。適当な料理番組か何かが画面に流れ始めた。

 エミーリォも後を追うように中に入る。


「決着は、ついたんか?」

「はぁ?」

「ほら、あのスサトミから来たお姫様じゃよ」


 レミィは相槌を打って椅子に座る。


「まぁ、私の勝ち?」

「殺したのか?」

「……だったら?」

「どうもせんわい。お前が帰って来てくれた。それが何より嬉しいからの。ただ詳細くらいは聞いてもいいじゃろ」


 嘆息して頭の後ろで手を組む。


「殺してないさ。決闘をした、けどまぁ、最後は血を流さず終わったよ」

「仲直りしたんか?」

「ん~どうだろう。仲直りしたいのかどうかもわからないし……」

「……そうなんか」

「胸の中スッキリさせたいとは思っているけど、まぁ……このまま何もせず関係を終わらせても」


 言いながらヴィレオンに視線を移す。


「……終わらせても……」


 そこで言葉が止まった。気になったエミーリォもヴィレオンを見る。

 そこにはあるデザートが映されていた。


「……おじいちゃん」

「ん?」

「やっぱ前言撤回」


 レミィは椅子から立ち上がり背筋を伸ばす。


「ちょっと、手伝って」




★★★




「決闘ですか」


 コーヒーカップをふたつ持ったロゼはソファに座ると、持っていたひとつを隣にいるゾディアックに差し出した。


「ああ」

「このこと、マルコさんとかには」

「言ってないさ」


 上を見上げる。2階にはマルコとビオレ、フォックスが眠っている。

 マルコは住む場所を見つけるための、先立つものがない。当分はゾディアックの家か周辺の空き家で住むことになるだろう。


「それは作業も抜け出しますね」

「ベルクートとか怒ってた?」

「いいえ。皆さんそれほど怒ってませんでしたよ? 「真面目な大将がサボりなんてありえねぇよ。どっかでまた問題解決してんのかね、誘えってんだ水臭い」とボヤいてましたが」


 ゾディアックは頬を掻いた。申し訳なさと嬉しさが同時にこみ上げてきた。

 さきほどゾディアックから、レミィとヨシノの話を聞いたロゼは笑顔を見せる。


「とりあえずよかったじゃないですか。誰も死なずに済んで」

「そうだね」

「もう友達同士なんですよね?」

「どうだろう。まだちょっと、壁があるかも。何か」


 視線を正面に向ける。ちょうどヴィレオンに画面が映し出されていた。


「きっかけでもあれば、違うかも」


 言いながらゾディアックは画面に映る、”たい焼き”に目を奪われていた。



お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ