第214話「王は友を斬る」
金属が擦れる音が響く。まるで楽器を奏でているような艶やかな音であった。だがその音は、立会人であるゾディアックを苦しめていた。
音を鳴らしているのは刀を持ち切り合っている女性たち。喧嘩や戦いには向いていない容姿をしている美しい両名は、お互いを殺そうと刃を振っている。
本心では止めたかった。だがそれはできない。レミィの覚悟を知っているのと必死な姿を目の当たりにしているせいで二の足を踏んでいた。
「止めたいか?」
そう問いかけてきたのはヨシノの護衛であるオーグだった。クーロンという名を思い出しつつ、ふたりからは視線を切らずに言葉だけ投げた。
「……ああ」
「だが無理にでも止めようとはしないか。それでいい」
落ち着いた物言いに、ゾディアックは眉をひそめた。
「あんたは止めないのか」
「止めない。止めるのは、お主がこの切り合いを邪魔しようとしたときだけだ」
「なぜだ。あんたはヨシノさんの護衛だろ。主が死んでもいいのか」
クーロンは一瞬黙ると、口を開いた。
「すぐに、決着となる。既に勝敗は決まっている」
含みのある言い方だった。詳しく聞こうとした時、切り合っている両者に動きが生じた。
★★★
唐竹割りの一撃を、半身になって避ける。
ヨシノは隙だらけになった。
しかしレミィは、後ろに飛んで距離を取り、刀を正眼に構え直した。
ヨシノは歯の隙間から息を吐き出すと、顔の横に刃を持ってくるように構える。霞の構えだ。レミィに緊張が走る。相手の最も得意とする太刀の構えだったからだ。
ヨシノが跳躍するように前に飛び、切先を飛ばしてくる。首を傾けて回避し切り返そうとするが相手の方が速かった。横薙ぎの一閃を「嵐」で受ける。
刀同士で直接受けるのは避けたかった。ヨシノの持つ武器も、名は知らないが名刀だろう。スサトミの女王とも呼ばれる者が鈍刀を持ってくるとは考えづらい。
だが流石の宝刀か。「嵐」は何度か激しく打ち合っているのに、刃毀れひとつ起こしていない。
それに対し相手の刃は、少し欠けているのが見えた。
ヨシノの腕が悪いのではない。単純に武器の差が大きいのだ。
レミィは奥歯を噛んで体重を前に出し、鍔迫り合いに応じた。
「もういいだろ」
「何が?」
低く言い放ったレミィに対し、ヨシノが高い声で返す。
「降参なんてしても、生かして返さないよ」
「そうじゃない。これ以上やってもお前は私に勝てない」
「私? 俺って言わないの?」
「変わったんだよ。ここに来て、色んな奴と出会って」
腰に力を入れ、ヨシノを思いっきり押す。身長も体重もレミィより下であるため、いとも簡単にヨシノは飛ばされた。両者の間に、一足一刀には程遠い間合いが生じる。
「気付いてるだろヨシノ。お前じゃ私に勝てない」
切先を向けて声を上げる。
「気付いているはずだ! その刀はもうすぐ折れる! 私の「嵐」はまだ力も出していない! これ以上戦ってもお前は――」
言葉が終わる前に、ヨシノが大地を蹴った。
再び切り合いが生じる。降りかかってくるような斬撃を受け流しつつ、レミィは後ろへ下がっていく。
だが地面が整備された地でないせいか、力が上手く入らず膝が折れた。それを好機と見たヨシノが大上段に構える。
それは、レミィにとって大きな隙に等しかった。
素早く前に飛び出し懐に飛び込むと、「嵐」を逆手に持ち柄頭をヨシノの鳩尾に叩き込んだ。
相手の口から掠れた声と涎が飛ぶ。
レミィはそのまま腰を抱えて相手を倒すと、足を振り被った。
「悪い」
自然と出た言葉だった。
レミィは頭部を狙って蹴りを放った。それは倒れたヨシノの顔に、見事に叩き込まれた。
ゾディアックが武器に手をかけ決闘を止めようとする。
その時、大きな腕が遮った。
「止めるな」
「……ふざけるな。もう勝負はついた」
「どちらも死んでないぞ」
「お、お前は護衛だろ! ヨシノさんが死んだら」
「黙って見ていろ」
静かに言い放つ相手に、ゾディアックは押し黙り視線を戻した。
ちょうど同じ頃、蹴られたヨシノが片膝をついて起き上がるのが見えた。
「斬ってれば……勝てたのに。昔の紅葉なら、こんな甘いことしなかったよ」
鼻血を拭き取ったヨシノが立ち上がる。だがその膝は笑っていた。亜人の、それも近接戦闘を得意としているレミィの蹴りをまともに喰らっているため、当然ともいえる。
ダメージでも戦術でも既に勝敗は決していた。それでもなおヨシノは構える。
それを見て、レミィはようやく理解した。
「そうか……お前は、私に斬られたがってるんだな」
小さく言ったつもりだった。しかし相手に届いていた。
それを物語るように、ヨシノは。
出会った頃と同じような、小さな笑みを浮かべた。
なぜ、どうしてという疑問が湧いてくる。
だが聞くのは今じゃない。答えを知るためにも今すべきことは、この戦いを終わらせること。
「わかったよ」
レミィは「嵐」に魔力を流した。
直後、刀全体とレミィの両手に雷が纏い始める。帯電しているかのように、金色に近い色で、音を立てて稲妻を靡かせている。
「とっておきだ。覚悟しろ」
「……上等」
両者が駆け出した。
間合いに入る。レミィは体で刀身を隠すように脇構えになり、ヨシノは再び上段となる。
剣速からすれば間違いなくレミィが先手を取れる状況だった。圧倒的有利であり勝利はすでに手中に収めている状況。
レミィはその状況で。
「嵐」から、手を離した。
帯電していた刀が地面に突き刺さる。レミィにはもう、体を守る武器はなくなっていた。
「レミィ!!」
ゾディアックが叫ぶ。
それが聞こえながら、レミィは両手を広げ、ヨシノの刀を待った。
眼前に来るかつての友が、刀を縦に振るのが見えた瞬間、レミィは両眼を閉じた。
痛みが襲う前に、クロエやブランドンやエミーリォ、仲間たちの顔が一瞬で頭の中を流れる。
走馬灯とはこのことを言うのか、と思うと同時に。
肩に刃が接触した。
「……?」
接触したはずだった。だが痛みが来ない。
レミィはゆっくりと目を開け、自分の右肩を見た。
刀が制止していた。刃は上を向き、峰が少しだけ触れている状態で止まっている。
視線を前に向けると、視線を地面に落としているヨシノがいた。
「……ヨシノ」
「……」
「ごめんな。お前を助けたくて、頑張っただけなんだ」
「……」
「斬れよ。少なくともそれで、「嵐」の所有者はなくなる。気に入らない私も殺せる」
両手を広げて言った。
「殺せよ」
「……」
レミィは眉間に皺を寄せ、歯を剥き出しにした。
「俺を殺せ! お前は王様になるんだろう! 善乃!!」
咆哮に近い恫喝のような声が木霊する。
そこでようやくヨシノは顔を上げた。
その顔を見て、レミィは言葉を失った。
「善……」
「……ない」
涙で濡れた友の顔が双眸に映る。
次いで震える唇から言葉が発せられた。
「友達を……あなたを斬ることなんて……できないよ」
ヨシノはゆっくりと、刀を手放した。
「生まれて初めてできた、友達なんだから」
そう言って、ヨシノは膝から崩れ落ちた。
お読みいただきありがとうございます!
次回もよろしくお願いします!




