第204話「過去-紅葉色の笑顔が咲く-」
スサトミ大陸は炎の大陸だと伝えられている。曰く竜がやすらぐ安息の地、曰く火の神が海を蒸発させ作りあげた大地。数多の神話や古い言い伝えが大陸内に存在する48にも及ぶ国々に伝わっているが、「焔」を祀っているという点だけは変わらない。
その古き伝承の中に、子供に関する物がある。スサトミ大陸内で一番大きな国である東玄もまた、新生児が産まれる度に伝説を求めている。
「生まれながらに体を赤に染める者、髪を肌を洗うても母体の朱が落ちぬ者、これすなわち焔の化身なり。粗雑に扱うこと罷り成らぬ」
赤毛の子は代々、神に愛されし者として、丁重に扱われる運命だった。
亜人を除いては。
★★★
善乃は東玄内で最も高い城である、輝神霊城に住む国王の娘であった。赤毛の猫がそのことに気づいたのは、城の門前まで来てからであった。
城を見上げると、あまりにも巨大なせいか首が痛んだ。
「やっぱ俺、戻るよ」
「待ってよ」
怖くなった猫は踵を返そうとすると、服の裾を掴まれた。勢いよく引っ張られるような掴み方だったため、猫の体が傾ぐ。
「いぃい!?」
「ここまで来ておいて帰るはないでしょ」
「突然捕まえんじゃねぇよ! ビックリすんだろうが!」
大声で騒ぐ猫に、陣羽織に貸与装具を身に着けた門番が慌てて近づいてきた。
「姫様! お下がりください!」
手に持った長槍の刃が猫に向けられる。だがその合間に善乃が割り込んだ。
門番は慌てて刃先を下げる。
「なっ、危のうございます!」
「それはこっちのセリフ。忘れたの、言い伝え。こんな希少な子に刃が当たったらどうするの」
門番の目が猫に向けられ、すぐに目元が鋭くなった。
「これは亜人ですぞ。確かに見事な赤毛だとは思いますが、人ではない朱を持つ者は忌み子。不幸を呼ぶかと」
「それはそれで面白いからいいよ。とりあえず、私の友達に失礼なこと言わないでね」
「いやしかし」
「はい開門! 父上に挨拶しないと」
楽しげに話す姫に呆れながら門番は門に触れ、魔力を流した。
大きな木製の門が音を立てて開き切ると、善乃は猫の手を引いて城を上り始めた。
善乃の父が待つ広間へは一瞬で移動した。瞬間移動魔法を使用したのだ。この時、善乃が魔法に長けているのを猫は理解した。
「父上! ただいま帰りました!」
足音をドタドタと鳴らして襖を開けると、畳の間が広がっていただけだった。もぬけの殻であるため留守なのかと猫は思った。
『何者だ、それは』
突如、頭の中に大鐘が鳴り響いたようだった。野太い声で頭を鷲掴みにされたような感覚は耐え難いものだった。
「うっ!!?」
両耳を押さえて蹲る猫とは対照的に、善乃の表情はあっけらかんとしていた。
「父上、ご相談があって参りました!」
『申してみよ』
「んだよこのうぜぇ声……」
「この亜人、私の付き人とさせていただければと思います!」
「……はぁ!!?」
片膝を付きながら善乃を睨み上げる。
「ふざけんな! さっき魚取ってやったろ!」
「それだけじゃ足りないかなぁと思って」
「こ、この野郎、てめぇ」
ふらつく足で拳を振り上げた時だった。
『善乃。お前の付き人は何処に行った』
再度の轟声に、猫は再び両ひざをついてしまう。
「この者が殺したようです」
『ほう?』
「彼女曰く襲われたらしいので、正当な防衛行動を取っただけかと」
『防衛だと? 真剣試合で唯一無傷で十人を切り捨てた剣豪が、その小娘の”防衛”とやらに伏せられたというのか』
「嘘をついているとでも?」
『ふぅむ』
両者の会話を聞きながら顔を上げる。どこからともなく聞こえてくる声の主を見つけることはできない。ただこの部屋にいないことだけは確かだった。恐らくどこか違う部屋にいるのか。それとも姿が見えないのが標準の状態なのか。
いずれにせよ、一筋縄では行かない相手であることは確かだった。
『その方。名前は』
声を向けられた猫は天井を見つめながら口を開いた。
「ねぇよ」
『やはりな。亜人の、それも赤毛の猫魔族。更に雌。名など与えるだけ無駄だろう。すぐに殺されることは必至故にな。家族はどうした』
「……いねぇよ。みんな殺されてんだ」
『ふむ。捨て子で、忌み子か。しかしながらその赤は、炎を彷彿とさせる見事な物よの』
決めあぐねているらしい。唸り声だけが聞こえる。威圧感で気を失いそうになりながら言葉を待っていると、善乃が助け舟を出した。
「紅葉」
「……え?」
『む?』
「この子の名前は、紅葉と言います。父上。私の友人にして護衛になってくださる、優しい女の子です」
善乃は屈託のない笑みを浮かべてそう言った。整った顔立ちをしていながら可愛らしさが残る、その横顔は輝いて見えた。
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