第153話「Voltage:98%」
大失態、という言葉以外、思い浮かばない。
屋敷の自室にて、兵士たちの報告を聞いたエイデンは眉間をつまむ。きつく閉じた瞼の裏には苛立ちを隠せない瞳が隠されている。
――街中で戦闘が発生。職業名「アサシン」による武器並びに魔法の使用を確認。一般市民に軽微の被害が出た模様。また、北地区の門を警備していた兵士が死亡。北地区に逃げた首謀者は、ガーディアン、ゾディアック・ヴォルクスらの手によって沈黙、死亡が確認された――
エイデンは眉根を寄せたまま、兵士からの報告を頭の中で反芻する。
由々しき事態だった。このサフィリア宝城都市で犯罪者が出現した場合、いの一番に動き、迅速に犯人の身柄を確保、住民の安全を保証するのが兵士としての役割である。
そのお株を、ものの見事に奪われた。それも兵士とは仲が悪く、エイデン自身もよく思っていないガーディアンたちの手によってだ。
「なんということだ」
国を警備する兵士のメンツは丸つぶれである。これでますます「兵士は不要」という一般市民の声が大きくなることは明白だった。
エイデンは苛立ちを抑えるように長く息を吐き出すと窓の外を見る。北地区の夜景が一望できるこの場所は、エイデンにとって憩いの場にして、時間であった。
そんな心を落ち着けていた時だった。
テーブルの上に置いてあったアンバーシェルが振動した。また兵士からだと思い、エイデンは夜景から視線を切りテーブルに向かう。
「む?」
アンバーシェルを手に取り画面を見たエイデンは疑問符を浮かべた。画面には「不明」とう文字が表示されている。怪しみながらも通話ボタンを押し、画面を耳に当てる。
「何者だ」
『うっわ、怖い声。顔もおっかないんだろうねぇ』
開口一番、飄々とした男の声が聞こえた。声が高く、少年のようだった。今のエイデンにとっては非常に不快な声であった。
「悪戯か。切るぞ」
『あぁ~待った待った。切らないでよー。こっちはあんたにいい話を持ってきたんだ、エイデンさん』
ほう、とエイデンが言う。
「ならさっさとその「いい話」とやらを聞かせてもらおうか」
『近々サフィリアに厄介な連中が紛れ込むよぉ』
エイデンは眉根を寄せた。
「突然だな」
『今度そっちの地区でフラワーガーデンとかいうイベントやるでしょ?』
「ちょっと待て。お前は何者だ」
『まずは俺の話聞いてよ~……そっちが聞きたいって言ったんだからさぁ』
小馬鹿にしたようなため息が聞こえた。エイデンは相手に聞こえるように舌打ちすると、通話先からクスクスとした笑い声が漏れた。
『とりあえず、そのフラワーガーデンに必要なお花、北地区の倉庫に入れるじゃん? そこに武器が入ってくるのよぉ。アウトローの武器がね』
「……銃か」
『そゆこと。厄介な連中っていうのはアウトローのこと』
「お前花屋の業者じゃないな。キャラバンか。私にそれを教える意味は」
エイデンは嘆息するとソファに座る。
「アウトローを捕まえて欲しいというか」
『そうそう。いやね。そのアウトローはうちのお得意さんだったんだけどねぇ。正直すげぇ邪魔で。さっさといなくなってほしいのよ』
「さらりと言うことじゃないな。アウトローに協力するのは重罪だぞ」
『だからそれも見逃してほしいために、情報提供してんじゃん?』
エイデンは鼻で笑う。
「情報提供、誠に感謝する。だが残念なことに、こちらは決定的な証拠や危機的状況でない限り動けない組織だ。君からの情報だけを聞いて、即確保に向かうなんてことはできないのだよ」
『だろうね~。まぁこっちもそんな早く動いてほしいわけじゃない。た~だ捕まえるだけじゃあ、連中に逃げられる可能性も高いしね』
だからさ、通話先の相手は楽しげに喋り続けた。
『あいつらをこの国で泳がせよう。あんたも協力してよ。北地区の権力者に身を守られているなら、あのアウトローたちも派手に動く。そんでちょっと街中で暴れさせるように連中動かして……あんたら兵士が捕まえる。ああ、そうそう。ガーディアンにも動いてもらうようにオレが頑張るからさぁ。そこは安心してよ』
「安心?」
『ガーディアンと兵士が同時に動いて兵士の方が犯人確保した……と。汚名返上したいでしょ~? エイデンさん』
さきほどまでの悩みを見透かされている気分だった。
エイデンは鼻で笑うとソファの背もたれに寄りかかる。
「面白い案だ。しかし致命的な部分がある。どこで連中を暴れさせるつもりだ?」
『そんなの決まってんじゃーん。 いいとこあんじゃん』
相手の声を聴いて、エイデンの脳内にある場所が浮かび上がった。まず暴れてもらうなら、あそこしかない。
「君の名前は?」
『ラロ。よろしく~!』
通話先で、歯を見せて笑う少年のような男の顔を、エイデンは思い浮かべた。
★★★
「……どういうことだ?」
狐顔の少年が見つめていた。エイデンはゆっくりと口を開く。
「元から情報は渡されていてね。そのアウトローは危険だから、我々兵士が監視するために私の屋敷に招き入れたのだ。しかし……」
エイデンは目を伏せた。
「大変申し訳ない。被害が出る前に尻尾を掴んでそのアウトローを捕らえようとしたが……ガーディアンとの接触や亜人街での被害を未然に防ぐことはできなかった。全て私たちの力不足だ」
エイデンの瞳が少年を見つめた。
「君たちには感謝している。ありがとう」
「……」
「しかし、北地区での暴動を見逃すわけにはいかないのだ。今回の件に関して、ガーディアンたちや亜人を問い詰めることはしない。代わりにその男の身柄を渡してくれ」
少年は視線をカルミンに向けた。カルミンは頷きを返した。
エイデンが嘆息する。ここで馬鹿正直に「キャラバンと裏で手を引き、ワザと被害を出した」などとは言えない。ただの自作自演になるからだ。
おまけに亜人たちを蔑ろにしたことには変わりない。エイデンはなるべく少年の怒りを買わないよう、そして自分を下げないように言葉を吐き出していた。
謝罪と、後悔の念を混ぜて。
これまでの人生で培ってきた処世術だ。誠心誠意の”フリ”など、エイデンにとって朝飯前である。
「今回はガーディアンと兵士たちによる犯人確保ということで落ち着けたい」
「それは……」
「亜人街の補填もしよう。そちらも被害が大きいのだろう? 我々は、亜人たちを見捨てたりはしない」
少年は疑念渦巻く瞳をエイデンに向け続けた。しかし、まだ少年である若い亜人は、エイデンの心の奥底まで見通すことはできなかった。
沈黙が流れる。セロは、絶望したような表情で地面を見つめていた。
「お父様」
沈黙を破るように、カルミンが眉根を寄せ、エイデンを睨みながら言葉を紡ぐ。
「嘘は、言ってませんよね」
「嘘をつく必要性がないだろう?」
「なら、その子に謝ってください」
エイデンは一瞬冷ややかな目線を少年に向け、
「以前は悪かったね。焚きつけるようなことを言って」
柔らかな笑みを浮かべて、謝罪の言葉を口にした。
少年はそこでようやくエイデンに対する疑念を解消した。
「……わかったよ。コイツを……」
少年がセロと呼ばれた男性に目を向けた。
その時だった。
「危ない!! 離れろ!!!」
後方からジルガーの声が聞こえ、少年は反射的に振り返った。
瞬間。
爆音と閃光が、周囲を覆いつくした。
何かが砕ける音と、悲鳴と怒号と絶叫が木霊した。突風が吹き荒れ、途轍もない力で押されたように、少年とカルミン、ビオレ、その場にいた全員が吹き飛んだ。屈強な兵士たちも地面から足を浮かせ、一瞬空を飛ぶ。
その一瞬後、体の前面から地面に叩きつけられた少年は、目と口を開き、手の爪を地面に突き立てた。火花を散らしながらなんとか吹き飛ぶのを堪える。
ようやく突風が止まり、少年は爆音の正体を探るために周囲を見渡した。
正体はすぐに判明した。宿屋が爆発したのだ。全壊したわけではないが、1階から5階までにあるすべての部屋から黒煙が上がっており、一部の壁は破壊されていた。
いったいなぜ爆発が起こったのか。それを理解する前に、少年の瞳は、地面に突っ伏すカルミンとビオレ、ジルガーを捉えた。
そして、縄を解いて逃げようとするセロも。
歯の奥を噛み締める。自分以外は、動けそうにない。
「逃がすかよ……!!」
少年は根性で立ち上がり、痛む体を引きずるように、セロの後を追った。
お読みいただきありがとうございます。
長かった第4章も最終局面です!!
最後まで楽しんでいってください!
次回もよろしくお願いします!!




