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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert4.エクレア
151/264

第147話「Voltage:90%」

「ん〜、こっちだとちょっと子供っぽいなぁ」


 ミカは何かのキャラが胸元にプリントされたシャツを持ちながら、首を傾げた。カルミンも同様に、男物の服を両手に持って渋面(じゅうめん)を浮かべながら吟味している。


「男友達とか弟とかいないから、全然わからないわね。男物の服って。ビオレはどう?」

「村にいた人たちはこんな上等な布使ってないよ。お洒落とか狩りのとき邪魔だし」

「わぁ、それつまんなそう。私とかカルミンだったら多分そんな生活三日で飽

「でも、みんなお洒落しなくても綺麗だったし」

「ははは〜。カルミン、喧嘩売られているよぉ」

「あなたもよ、 ミカ」


 女子3人組は軽口を叩きながらもズボンや靴も手に取っていく。そんな集団の後を、少

年は黙って追従していった。

 カルミンが住むラルムバート家に潜入するうえで、少年のみすぼらしい恰好では門前払いを食らう可能性が高いとカルミンは言った。そのため服の調達をする必要があり、比較的少年と顔馴染みでもあり話も合いそうな、この3人が選出された。本当はレミィやラズィもついて行く予定だったが、ガーディアン側の準備で手が離せなくなった。


 少年たちはマーケット・ストリートから少し離れた場所にある、こぢんまりとした古着屋へ向かった。外装ははがれており、店の看板も少し錆びていたが、ミカが言うには掘り出し物があるとのことだ。

 最初は堂々と表通りで買い物をしようとしたが、少年がそれを拒否した。ガーディアンになったとはいえ、波風が立たないとは限らない。作戦を前に、なるべく目立つ行為は避けたかった。

 それから少年は、店内をさんざん連れまわされると、試着室に押し込められ、持ってこられる服を着るはめになった。服など選んだことがほとんどない少年の意思は無視されており、カルミンたちのセンスで色々な服が置かれていく。それらに袖を通し、一着ずつ3人に見せる。


「おおー。かっこいいよ!」

「ちょっと子供すぎない?」

「身長に合わせるとどうしても子供っぽくなっちゃうのかなぁ。ビオレよりちょっと大きいくらいだし」

「ちっちゃいから可愛い系でいくのもありね」

「⋯あんま小さいとか、ちっちゃいとか言うんじゃねぇよ」


 ワイワイとはしゃぐ女性陣を、少年は薄目で睨みつけた。だがその言葉は無視された。

 少年はため息をつく。着せ替え人形のような扱いに辟易していたが、文句は言えない。自分に服選びのセンスなどないからだ。しかし奇抜なデザインの服を持ってこられると嫌気がさしてくる。


「あの、さ。服なんてなんでもよくね?」

「いいわけないでしょう」


 ピシャリと言ったのは少年が脱ぎ捨てた服を畳んでいるカルミンだった。


「北地区に行くだけじゃなく、私の家に入るのよ。さっきも言ったでしょう。下手な服を着ていったら門前払いを食らうわ。確実にね。だから少しでも身なりを整えないと」

「じゃあそっちのグレイスはいいのかよ」

「ビオレだよ!私はもうカルミンと選んだもん」


 ビオレとカルミンは顔を合わせて「ねー」と言い合う。語尾に音符が付きそうな声だった。


「まぁラッキーだと思おうよ~。キミにとっては晴れ舞台だし、おめかしして行こぉ!」


 ニコニコとした顔でミカは少年に服を差し出した。


「黒のジャケットだから、少しピシッとした雰囲気になるよ〜」

「あら。いいわね。パーカーと七分丈のパンツにするのやめましょう。ロングコートとかでもいいかも」

「あとはブーツとかにしようかぁ」


 カルミンとミカが喋りながら離れていく。

 残されたふたりは視線を合わせる。


「あのふたり、いっつもあんな感じなのか?」

「私も最初着せ替え人形にされたよ」

「マジか……。あ、そうだ。ズボン買うのはいいけど穴開けてくれよ。尻尾が邪魔でさ」

「それならカルミンがやってくれると思う。あとで言っておこう」


 そこで沈黙が流れる。少年はビオレから視線を切り、自身が映る鏡を見つめる。綺麗な服を着た自分が映っている。薄汚れた黄ばんだ白シャツを着ていたのがもはや懐かしい。


「なぁ、お前はいいのか? 別に来なくてもいいんだぜ?」


 このあとエイデンがいるラルムバート邸に潜入することになっているのだが、その人員はカルミンと少年、ビオレとなっている。


「俺はジルガーを助けたいだけだ。だからあの女についていくだけ。けどさ、お前はあの女の友人なだけだろ? ついてきたら殺されちまうかもしれねぇぞ」

「行くよ。私だって亜人を実験体にするような奴らが許せないし。それに」


 ビオレは白い歯を見せた。


「あなた、放っておけないもん。変に動き回ってすぐ死んじゃいそうだし」


 鏡越しにビオレの笑顔を見た少年は、口角を上げる。


「へっ。うるせぇよ。ガキのくせに」

「そっちだってガキじゃん」

「うるせぇチビ」

「そんなに身長変わらないよ!!」


 亜人たちの声が店内に木霊する。


「元気だねぇ、あのふたりは」

「どっちも子供ね。まったく」


 呆れ顔になるカルミンに対し、ミカはニッと笑った。




★★★




 夕日が沈みかけていた。エイデンはペンを動かす手を止め、黄昏色に染まる空に目を向けた。すると部屋にノックもせず何者かが人り込んできた。


「旦那様」


 呼ばれて視線を向けると老執事が立っていた。顔の皺が多く、自髪をオールバックにしている。背筋を伸ばしているが老いは隠せていない。


「どうした。ノックもせずに入ってくるとは。君にしてはめずらしい」

「お許しくださいませ。急を要する事態でございまして」

「なんだ」

「カルミンお嬢様がお帰りになられました。変わったご友人と共に」


 エイデンは立ち上がると執事の横を抜け廊下に出る。そのままエントランスに向かい、2階から正面玄関を見下ろす。大理石でできた床の上には大勢のメイドと執事に囲まれたカルミンと亜人の姿があった。


「お、お嬢様!? どうされたのです! 亜人などを引き連れてくるなど恐れ多い……」

「あら。ガーディアンになった私の友人よ。とっても素敵なふたりなんだから」


 カルミンは両隣に立つビオレと少年の腕に、自分の腕を絡めた。両者共に苦笑いを浮かべている。

 メイドが侮蔑の視線を少年に向ける。


「な、なんだよ」


 少年が口を開くと、メイドは短い悲鳴を上げて後退りした。


「汚らわしい……」

「旦那様に知られたら、折檻ではすみませんぞ!!」


 メイドと執事たちがカルミンの目を覚まさせようと思っているのか躍起になる。当の本人は聞き流し、視線を2階にいるエイデンに向けた。


「あら、お父様! ご機嫌よう。ただいま帰りましたわ」

「……おかえり、カルミン。随分と、変わった荷物を持ってきているね」

「荷物? ご友人ですよ。お父様。お間違えの無いようお願いしたいですわ」


 カルミンがクスクスと笑う。エイデンも口元に笑みを浮かべた。


「なぜ友人と一緒に来たんだい」

「先日お父様とお会いして、私の家を見てもらいたいと思いましたの。いけない? 私の部屋を掃除してくださっているのでしょう?」

「それで、わざわざめかしこんできたのか」


 エイデンの視線が亜人に向けられる。シャンデリアに照らされるビオレと少年は少なくとも亜人街に住んでいるような格好には見えない。ビオレの方は年相応の可愛らしい服に身を包んでいるが、黒いロングコートを羽織った少年の方は、少しだけ大人びて見えた。


「友人を私の部屋に招き入れたいのですが、構いませんね?」

「……好きにするがいい。そうだ。せっかく来たのだ。お茶菓子でも出そう」


 カルミンは「ありがとうございます」というと、ニコッと笑ってふたりの腕を引きながら歩き始めた。

 廊下へと姿を消すカルミンたちを見ながら、エイデンは後方に声を投げる。


「監視をつけろ」

「かしこまりました」


 冷ややかな主の声に対し、ついてきていた老執事は深々と頭を下げた。




★★★




 シノミリアに新しいメッセージが届いた。


『室内に入りました。北地区付近まで移動し、待機してください』


 カルミンからだった。ゾディアックはアンバーシェルをしまうと上空を見上げる。半月が浮かんでいるのが見えた。もうすぐ夜になる。


「こっちはいつでもいいぜ」


 ナロス・グノア族のルーが、長い舌をチロチロと出しながら周囲に目を向ける。ガーディアンと亜人たちが互いに肩を並べ、睨みあっていた。


「てめぇら、わかっていると思うがフリだからな。下手なことしたら俺が殴り飛ばす。覚悟しとけ」

「……行くぞ」


 注意を投げたルーに続いてゾディアックが言うと、集団は北地区を目指して歩を進めた。



お読みいただきありがとうございます。

次回は11/14(土曜)、12:30更新です。

よろしくお願いしまーす。

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