第136話「Voltage:68%」
「ジルガーさんに、君のことを任されているんだけどな……」
ゾディアックは目の前を歩く少年に言った。
少年は狐顔を向けて、ニッと微笑む。
「まぁあくまでフリだし、ゾディアックが守ってくれるんだろ? じゃあ大丈夫だって」
「……相手の銃の威力すらわからないんだぞ?」
「だから特別強力な防御魔法、作ってくれたんだろ?」
少年は勝ち誇るような瞳を向け、腕につけたブレスレットを見せつけた。
そして、立ち止まる。人通りは少ない。周囲には店も人が住む家もない。空き家ばかりだ。
しかし、周囲には大勢のガーディアンが息を潜めている。
「いいか、慢心するなよ」
「わかってる。そっちも頼むぜ」
少年が笑って言うと、ゾディアックは頷きを返し、その場から離れた。
「……よしっ」
上手くいくかはわからない。だがやるしかない。
少年は気合の言葉を吐き出し、餌の役を演じ始めた。
★★★
「以前にもこんなことがあったな」
目の前に立つレミィが言った。
セントラル内では目立たない隅の方にあるテーブル席だ。ゾディアックたちはいつも通りそこに座っていた。
周囲にはガーディアンと、セントラルの職員が集まっている。
ロバートから受け取った情報の説明を一通り終え、シノミリアにも流してある。
集まった全員が目の色を変えていた。
「まぁ、話の内容はわかった」
腕を組みながらレミィは頷いた。
「魔力が高い者をターゲットにする連中か。ガーディアンを狙うか否かはさておき、何の職にも就いていない獣人なら積極的に狙うだろう。だからその男の子を囮にするってことか」
「……誤解しないでくれ。それは最後の手段で」
「グダグダうるせぇな。それで構わねぇから、さっさとやろうぜ」
「おい……」
ゾディアックの制止に耳を傾けず、少年は立ち上がってレミィを見上げると、自分の胸をどんと叩いた。
「自慢するぜ。俺はあんたらよりも魔力が多い。それはこのゾディアックが保証してくれている」
「……だろうな。以前も感じていたが、今は見ているだけで、君の魔力が多いことがわかる」
「だろ? だから俺が囮になるよ。俺なら必ず来る。必ず捕らえに来る」
レミィは渋い顔をした。近くのガーディアンたちはお互いに顔を見合わせている。
「いいんじゃねぇの、策としては」
誰かが言った。男の声だ。レミィは横目で声の方を見た。
「キャラバンガードナーでも首輪でもないんだろ? だったら最高の餌じゃねぇか」
「そうだね。そっちに夢中になっている間に、釣られた奴を捕らえればいいだけだし。それほど俺らは危険じゃない」
軽い口調で言っていた。男のふたり組が話していた。
心無い言葉に聞こえるが、誰も咎める者はいない。大半が同じことを思っていたからだ。
「最悪死んでもいい、安い命だろ」
だが、その一言はレミィの癪に障った。
「おい……!!」
レミィが怒気を混ぜた声を発すると同時だった。
ゾディアックが立ち上がり、ふたり組の方に向かう。
大きな漆黒の、悪魔を彷彿とさせるようなシルエット。緩やかな歩みで迫ってくるそれに、ふたりは声を失っていた。
自然と道が開く。周囲にいたガーディアンはゾディアックに道を譲る。
「取り消せ」
ふたり組を見下ろしながら、ゾディアックは冷ややかな声で言った。
「亜人を軽く見るのはわかる。気持ちも理解できる。だが、今はそう感じるべきじゃないだろ。あの子は名前も顔もわからない亜人と、ガーディアンのために命を懸けようとしている、立派な守護者だ」
明らかな怒りの声。いつも小声で、たどたどしい言葉をしゃべっているゾディアックとは思えない、憤慨の声。
「立派な守護者で……俺の大切な仲間だ。安い命だと、ふざけるなよ」
ゾディアックの右手には拳が作られていた。
強く握りしめられており、震えている。籠手の中に眠る筋肉が膨張しているせいか、ミチミチと音を立てていた。
「わ、わかった。悪かったよ。俺らが悪かった」
「く……口が滑ったんだ。申し訳ない」
謝罪の念はゾディアックにしか向けられていない。
もう一度言おうとした時だった。
少年がわざとらしく靴音を鳴らしながら、椅子を思いっきり踏みつけ、その後テーブルの上に乗った。
低身長な彼は、それでもゾディアックと同じくらいだ。
だが、その立ち方は堂々としていた。
少年はゆっくりと自分の胸に手を当てる。
「そっちの言う通りだよ。あんたらガーディアンにとっては、取るも足らない獣人の命だ。俺の命なんて紙切れ一枚、1000ガルで買えるかもしれない。でも、そんな安い餌で大物が釣れる。情報が確かならほぼ確実にだ。けど……」
少年は一度大きく息を吸い込んだ。
「けど俺は、死ぬ覚悟はあるけど、死にたくない。多分殺されはしないだろうけど、俺は戦う力も自分を守る術もないんだ。やばくなったら」
「大丈夫だ。殺させはしない」
ゾディアックが静かに言った。
「俺が君を守ろう」
「よし、話は決まりましたね~」
険悪な雰囲気を払拭するように、ラズィは手を叩くと、少年に近づき何かを差し出した。
「あなたにこれを」
「んだよ、これ」
テーブルから降りてそれを受け取る。ブレスレットだった。薄紫色に、鼓動を刻むように点滅している。
「特殊な防御魔法壁です。あなたに危害が加えられそうになったとき、発動します~」
「いいのか?」
「もちろん。銃弾を防げるかどうかはわかりませんが……ドラゴンが噛みついてきても耐えられる強度を持ってますよ~。自慢の作品です」
ラズィは柔らかな笑みを少年に向けた。
「というわけだ。今から敵をひっ捕らえる。基本的には大将、ゾディアックのパーティで行く。他は周囲に待機する……で、いいよな、大将」
ベルクートは手短に指示を出して、ゾディアックに同意を求める。
「ああ」
「マスター、私は?」
近づいてきたビオレを見下ろす。
「俺から離れるな」
「……うん!」
「大将、場所はどうする」
「もう決めてある」
かくして、作戦が決行されようとしていた。
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