第122話「Voltage:42%」
ゾディアックたちはセントラルに続く細路地を歩いていた。静かであり周囲に人がいないため、ここなら落ち着いて、歩きながらでも話せる。
ゾディアックはここで、さきほどの取引と、突如現れたオーグ族のことを皆に伝えた。
現在、”影に”ロゼはいない。思うことがあったのか、自宅へと戻っている。
たどたどしい説明ながら、ビオレもフォローもあってかなんとかふたりに伝わる。
「ふ~ん……オーグ族がなんでいるんだろうなぁ」
ベルクートが腕を組み、わざとらしく首を傾げた。
「オーグ族がいるのってそんなにおかしいことなの?」
ビオレが聞くと3人は首を縦に振った。
「オーグ族っていうのはさ、まぁいわゆる一匹狼種族なのよ。生殖活動に活発的じゃないし、知能が低いせいでまともに群れも作れず、野垂れ死ぬことが多いっていう特徴を持ってるんだよ」
「だから年々数が減少しているんですよねぇ。まぁあくまで話を聞いただけですが」
ラズィが下唇を舐めた。
あくまでオーディファル大陸における話だが、種族の減少推移などは、ヴィレオンやアンバーシェルのニュース速報・記事で毎週報道している。調査を行っているのは同大陸内で最も大きく発展している国である、ギルバニア王国。
そして、年々その力を増している小国、機械大帝国「ブラック・スミス」が調査の協力を行っている。
「ブラック・スミスの機械技術力は異常だぜ。魔法は個人差があるが、機械は誰でも使える。まぁ活かせるかは結局個人差になるんだが」
「生態調査能力が著しく向上したらしいですからねぇ。やっぱり機械は侮れませんよ~」
「……ねぇ。オーグ族が亜人街にいるって、知らなかったの?」
話が脱線しかけたところでビオレが修正した。
「……知らなかった」
ゾディアックが言うと、ふたりも頷いた。
「ゾディアックさんが来る前から私はいましたけど~、亜人街にオーグ族がいるなんて話は聞いたことがないですね~」
「変な魔力を持つ喋れるオーグ、ブランドンか。なんか裏がありそうだな」
ベルクートが自身の顎下を触った。
「調査してみる価値はありそうだな」
「いや、やめておいた方がいい」
間髪入れずゾディアックが言った。あのブランドンという相手は普通じゃない。ゾディアックの本能がそう告げているがゆえの発言だった。
刺すような言葉に、ベルクートは両手を上げて頷いた。
「わかった大将」
「まぁ調べなくても~、誰か情報を持っているかもしれませんよ~。非常にめずらしいことですからねぇ」
「……そうだな」
そして4人はセントラルの前まで来た。
入口の扉を開けて中に入ると、ガーディアンたちの活気あふれる声が……。
「……あれ?」
ゾディアックから間抜けな声が上がった。
セントラル内には謹慎が解けたからか、大勢のガーディアンが集まっていた。その数は今まで一番多いかもしれない。
だが。
セントラルの中には静寂と、重苦しい空気が漂っていた。
「……なんだこりゃ?」
あまりにも異質な雰囲気であったため、ベルクートも首を傾げた。
「ゾディアックさん!!」
ゾディアックたちが入口でくすぶっていた時、ひとりのガーディアンが声を上げてゾディアックに近づいてきた。背中に2本の短槍を背負う背の低い男だった。肩を露出している軽鎧を纏っている。
「あ、あの、ゾディアックさん! すいません、来て早々つかぬことをお聞きしたいのですが」
「え、あ、はい」
「うちの回復術師を見かけませんでしたか!? 女の子で、髪の毛は茶色で、ツインテールが可愛らしい子で……」
男は青い顔でそう聞いてきた。瞳には焦りの色が浮かんでいる。
ゾディアック含む全員が首を傾げる。
「む、えぇっと、わからない……」
「落ち着けよ兄ちゃん。うちの大将はガーディアン全員の顔を覚えているわけでもないんだぜ?」
ベルクートが諭すように言うと、男もそれを知っていてか、すぐに目を開き頭を下げた。
「すいません、突然。困りますよね、こんなこと聞かれても。ゾディアックさんなら何か知っているかなぁと思って……」
「何かあったんですか~?」
ラズィの疑問に男は肩越しにセントラルのガーディアンたちを見た。
「どのパーティもなんですが、なぜか回復術師がいないんです」
「……いない?」
男はコクリと頷いた。
「連絡とかは~繋がらないのですか~?」
「はい。今はまったく。あくまで自分のところの話なのですが、謹慎中に連絡を取り合ってはいました。けれど一昨日から連絡の頻度が減って、昨日は連絡できず……。今日になったら会えるだろうと思っていたら……どうしたわけか音信不通に」
「失踪、か? なんか変わった様子とか、いや違うな。それがどのパーティでも起こっているんだよな?」
男は再び頷いた。
ゾディアックは兜の下で眉根を寄せる。意味がわからない状況だった。パーティメンバーの、というよりガーディアンの失踪事件など、今までなかった。
「ね、ねぇビオレちゃん」
その時だった。今度は女性のガーディアンがビオレに対して声をかけた。声からして女性だが、重装備の斧術士だ。斧を腰に指しており、刃の部分が黒い。黒曜石を削って作っているらしい。
女性にしては長身であるそのガーディアンは、ビオレに視線を合わせるように片膝をつく。目元が大きく開いた特徴的な兜から、エメラルドグリーンに輝いている瞳が向けられる。
「あ、どうもです。以前はお世話になりました」
どうやらパーティを組んだ間柄らしく、ビオレは小さく頭を下げた。女性は頭を振ってそれに応える。
「少し聞いてもいいかしら。私のパーティにいたココル……亜人の武闘家を見かけなかった?」
「ココルからですか? えっと」
ビオレはポケットからアンバーシェルを取り出し、連絡履歴を見る。
「一昨日までは連絡が取れて」
そこまで言って口を噤んだ。
この瞬間、全員が悟った。
いつの間にか、ゾディアックたちにセントラル中の視線が突き刺さっていた。恐らく他のガーディアンたちも悟ったのだろう。
ゾディアックはハッとして受付に向かう。嫌な予感がした。
ゾディアックに道を譲るようにガーディアンたちが動く。そして、ゾディアックの瞳に赤色の髪が映る。
「レミィ!!」
「よう……ゾディアック」
レミィがそこにはいた。煙草を咥えており、テーブルの上のはガーディアンのリストやら任務書やら書類やらが散乱している。
額に手を当てて項垂れていた。どうやら失踪したガーディアンの情報を集めているらしい。
「私は失踪してねぇよ。残念ながらな」
「……何言ってるんだ。無事でよかった」
ゾディアックがそう言うと、レミィは顔を上げて、ふわりと微笑んだ。
「ちょっと話聞いてくれるか」
「もちろん」
ゾディアックが言うと、後から来たパーティメンバーも頷いた。
レミィは安堵のため息をつくように紫煙を吐き出した。
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