第112話「Voltage:14%」
玄関にて、ビオレとベルクートはゾディアックの腕を引っ張っていた。
「はやく行きましょうよーマスター!!」
「何渋ってんだこの野郎!!」
ふたりは靴を履いて三和土でグイグイとゾディアックの腕を引っ張る。しかし筋骨隆々のゾディアックは微動だにせず、気まずい表情を浮かべていた。
「や、やっぱり鎧装備させて……」
「なんでだよ。酒買いに行くだけだぞ。お前は久しぶりに部屋から出る引きこもりか!」
「素顔で大丈夫ですから〜〜!!」
人見知りであり恥ずかしがり屋な面があるゾディアックにとって、素顔で歩くというのは死活問題であった。兜無しで人と目を合わせて会話など、できるはずがない。しかし、今回は勇気を振り絞って普段着で外に出ようとした。だが立ち往生している始末。
ぎゃあぎゃあと喚いている3人をニコニコとした様子でロゼは見ていた。
「いいの? あんたの彼氏、いじめられているけど」
ラズィの糸目がロゼを見る。ロゼは頭を振った。
「ああやって引っ張ってくれる仲間がいらっしゃるのですから、止める必要なんてありませんよ。ゾディアック様も、自分を変えたいと願ってますし」
「優しさだけじゃないのね。"様"なんて付けているから、溺愛しているのかと思ったけど」
「慕うのと、甘やかすのは違うでしょう?」
「そうね」
「まぁ溺愛してますけど〜」
ラズィは鼻で笑った。命懸けで戦った相手とこんな風に談笑しているのがおかしかった。
そうこうしていると観念したのか、ゾディアックは普段着で外に出た。
「あ、お金は私が」
「何言ってんのよ。ちゃんと出すに決っているでしょ。仲間だからって、奢られようとか思ってないわ」
ラズィはそう言ってゾディアックたちを追った。自然とラズィの口から出ていた仲間という単語を聞いて、ロゼは嬉しそうに頬を緩めた。
★★★
マーケット・ストリートを訪れると、ロゼは感嘆の声を上げた。
以前まで食材の調達はゾディアックが主に行うか、配達で取り寄せていた。ビオレが来てからは彼女におつかいを頼んだことも多い。
だが今回は違う。ロゼは、このサフィリア宝城都市に来てから、初めてマーケット・ストリートに足を踏み入れた。
2年ぶりの賑やかな世界を目の当たりにした彼女が感動するのは当然の反応であった。
「わぁ! わぁ、ああ、すごい! すごいです!!」
大はしゃぎするロゼは、ゾディアックの腕を掴んで色々なところを指さす。
「ゾディアック様! いっぱいお店が並んでますよ! あ、武具のお店が……あの剣カッコいいですね!」
「ロ、ロゼ」
「ぺットショップとかもあるんですね! うさぎさんがいますよ! あの雑貨屋さんも……」
「ロゼ、ちょっと落ち着いて……」
言葉にはっとして、ロゼは同行者に視線を向ける。ゾディアック以外の視線には驚きの色が混ざっている。
サフィリアで住んでいれば、マーケット・ストリートを見てはしゃぐのはおかしな反応である。まるで“おのぼりさん“のようだ。
ロゼは、気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「ご、ごめんなさい。私ったら」
「いや、見ていて楽しかったぜ」
目を丸くしていたベルクートが笑みを浮かべる。
「ただ、ちょっとビックリしたな。まだここに来てから日が浅いのか?」
「い、いえ、その……」
変な疑いがかかってしまいそうなその時、ビオレが口を開いた。
「ベルさんに教えてあげる!」
「ん?」
「ロゼさんはねぇ、"箱入り娘"なの!」
「箱入り」
「そう。つまりいいところのお嬢様。マスターはそれを知っていたから、外にあまり出さなかったの。だって襲われたり変な物買ったりしたら大変でしょ?」
「なるほどなぁ。確かに。ロゼちゃんの雰囲気はお嬢様って感じがする」
納得したように腕を組んで頷く。が、すぐに首を傾げ視線をゾディアックに向けた。
「それおかしくねぇか? 別に今も箱入りにする必要ないだろ。ちょっと過保護なんじゃねぇか? デートくらい……」
「もう〜ベルさんは駄目だなぁ。マスターがロゼさんのことを大事に思っているから、お家デートとかが主軸になってたんだよ」
「ただなぁ」
「そんなんだからモテないの!」
「んだとぉ? 言うじゃねぇかお嬢ちゃん」
ビオレは舌をわざとらしく出して、ベルクートを挑発した。
ベルクートはビオレの頭に手を乗せ、ガシガシと動かした。楽しそうな悲嗚が響く。
思わぬ援護に、ゾディアックとロゼはほっと胸を撫で下ろした。
「油断しすぎないように」
ラズィはふたりに近づいて小声で言った。糸目が薄く開き、合ややかな視線を送っている。
「ベルクートは元、騎士団よ。はしゃぐのは勝手だけど、あれで勘は鋭いわ。注意しなさい」
「肝に銘じておきます……」
しゅんとしたロゼを見て溜息を零す。
「気持ちはわかるけどね。庇うのにも限界があるから」
「庇ってくれるんですか?」
「何よ。いらないなら何も言わないわ」
むすっとした様子のラズィを見て、ロゼは微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ラズィさん」
「ふん」
穏やかな時間と人々の熱気が5人を歓迎する。 マーケット・ストリートの人通りは増えているようであった。
★★★
「あ、あのさ」
ロゼと腕を組みながら、青ざめた顔のゾディアックが声を出した。
前を歩いていたベルクートが振り向いて首を傾げる。
「どうした大将」
「なんか、すごい、見られてる、感じが」
ベルクートは「あ〜」と声を出して周明を見渡した。周囲の、特に女性の視線がゾディアックに向けられている。釘付け状態だ。
さらに男性もロゼに視線を向けている。
「まぁそりゃそうだろう」
「なんで」
「身長差は凄いが、美男美女が腕を組んで往来を歩いているんだ。見たこともないイケメンと、見たこともない服を着ている美女。そりゃ人目を惹くってもんよ」
「び、美女なんてそんなそんな……」
ロゼは顔を赤らめ、手を突き出して振った。
「照れの仕草も可愛らしいと来てる。そんで」
ベルクートは顎で近くの女性グループを差した。ゾディアックが視線を向ける。
「こっち向いた。こっち向いた」
女性のひとりが、興奮した声を出している。
「カッコよくない、あの人」
「声かけてみる?」
「え、隣に彼女さんいるじゃん」
「写真一緒に頼もうよ。芸能人だよきっとあの人」
「いやモデルでしょ」
黄色い声が上がっているのを見て、ゾディアックは泣きそうな視線をベルクートに向けた。
「ベル〜……」
「わぁったから! さっさと買い物済ませようぜ」
精神的に限界を迎えつつあるゾディアックを励ましながら再び歩を進めた。
ロゼがニヤニヤとした顔でゾディアックの腕を引っ張り背伸びする。
「ゾディアック様、よかったですね。カッコいいって言われて」
「……困る」
「もっと嬉しそうな顔すればいいのに」
ゾディアックはムッとした顔を口ゼに向けた。
「そっちだって可愛いって言われているよ」
「ゾディアック様以外から褒められてもなぁ」
小声で言うと、ロゼは破顔した。
「楽しいです。ずっと夢見てました。この国をふたりで歩くこと」
「……そうだね」
それもこれも、仲間ができたからこそなのだろう。ゾディアックは無性に嬉しくなった。自分が勇気を持って行動し続けた結果、愛しいこの子が笑顔を見せてくれている。頑張った甲斐があったというものだろうか。
ゾディアックは、自分が誇らしかった。
酒を取り扱っている露店にて、5人は足を止めていた。
ビオレが一本手に取って眉を上げる。
「アルコール度数99%って! 薬品じゃん!」
「ベルクートさんが飲んでくれますよし」
「ん〜? 俺を殺す気か〜? ん〜?」
「甘いお酒ですって。ゾディアック様でも飲めそうですよ」
「……ラベルに思いっきり女性用って書かれてあるね」
周囲に見られながらも楽しそうに会話をしながら酒を物色する5人。
その時、通りを挟んだ向こう側では獣人の少年が走っていた。
青い毛を揺らしながら、必死の形相を浮かべている。
焦りの色、一色に染まる瞳に、ゾディアックたちの姿は映らなかった。
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