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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert4.エクレア
111/264

第108話「Voltage:1%」

 謎の暗殺者(アサシン)、トムの襲撃から3日が過ぎた。

 今日もゾディアックは、自宅で“自粛中"であった。これはセントラルの統括であるエミーリォからの命令であり、ほぼすべてのガーディアンが自粛を余儀なくされている。


 理由は、市街地での武器及び魔法の使用が国の上層部から問題視されたからだ。

ガーディアンが戦闘を行う対象はモンスターという風に規定が定められている。国の問題は主に、兵士が解決するのが常である。

 兵士はガーディアンとは違い、国の治安維持やモンスターではない外敵が来襲した際に対応を行う、国の軍事組織だ。そのため、自由奔放に旅をして私的な理由で戦いを行うガーディアンとは犬猿の仲でもある。


 今回の事件も、兵士としては面白くないのだろう。犯人を死亡させたとはいえ、ガーディアンが最後は事件を解決した。兵士の方は、首謀者に逃亡されかけ大目玉を食らうところだった。


 国内での兵士を軽視する発言はかなり目立ってきており、そのせいか、兵士の不満はエミーリォに向けられていた。

 有り体に言えば、八つ当たりのようなものだ。


「兵士の野郎どもはさ、よくもまぁ偉そうに言うよ。あいつらガーディアンが犠牲になっていた時なんか、まともに動こうとしてなかったくせに。手柄奪われたら文句言ってくるとか、たまったもんじゃねぇっつうの」


 自粛命令前に聞いた、怒りを露わにしたレミィの声が脳内で呼び起こされた。

 怒りはごもっともだが、国のいい分もわかる気がした。ゾディアックは荒れる波から遠ざかるように、なるべく外出せずに家で過ごすようにしている。


 リビングのソファに座り、アンバーシェルをいじっていたゾディアックは、ふと窓の外に視線を向けた。

 青い空に白い雲、眩い太陽。いい天気だ。こんな空の下で、口ゼとデートができたら、どれほど楽しいのだろう。

 そんな思いにふけっていると、どたどたとした足音が聞こえた。


「おはよう!!」


 ビオレの元気な声が聞こえた。視線を向けると、ライトブルーのケーブルデザインニットと白いショートパンツという出で立ちだった。


「おはよう」

「おはようございます、ビオレ」


 ゾディアックに続いて、キッチンにて食器を洗浄していたロゼが声をかける。


「おはよ〜」


 軽く朝の挨拶を終えると、ゾディアックの隣に座る。ビオレはアンバーシェルの画面を見つめたかと思うと指をひっきりなしに動かし始めた。滑らかに、忙しなく動く指先に、自然と視線が行ってしまう。動くものに目が向くのは、生物の性だ。


「何しているんだ、ビオレ」

「ん〜、ゲーム」


 そう言うと肩を寄せて画面を見せてきた。ゾディアックも面面を見る。


 卵を彷彿とさせる丸い胴体に、仮面のような顔がついており、両手両足が生えている。可愛いらしいデザインだが、どこか気持ち悪くもある。


「この子を操作して、色んな人たちと競い合ったり協力したりして、お題をクリアしていくってゲームやってるの」

「お題?」

「卵を運べ〜とか、大玉を転がせ〜とか、一番早くゴールしろ〜とか、敵を蹴落とせ〜とか」

「蹴落と……」

「最後のひとりになったらその人が勝者。マスターもやってみる?」

「……できるかな?」

「簡単だよ。ゲームの名前はね」


 ふたりが仲睦まじく話している様子を見て、ロゼは微笑みを浮かべた。


「ロゼもやろうよー」


 ソファからビオレの呼ぶ声が聞こえた。


「いやぁ。私はそういうの苦手ですので」

「ロゼがやったら、暴言吐きそうなゲームだ」

「ああ。わかる」

「なんでですか」


 洗い物を終えた口ゼはムッとした表情でソファに向かい、ビオレを挟むように座る。


「いいですよー、やりましょうか。とりあえず全員ぶっ飛ばせばいいんですよね?」

「うん、間違ってないけど言い方」

「リアルファイトになりそう」


 3人が和気あいあいと平和な時間を過ごしていた時だった。

 インターホンの音が鳴った。ここを訪れる者など、今までほとんどいなかった。というのも、この家にゾディアックが住んでいることを知っている者は、片手で数えられる程度しか存在しない。


 エミーリォか、と思いながらゾディアックが立ち上がる。


「ちょっと行ってくる」


 ディアブロ族のロゼを出すわけにはいかない。ゾディアックはそう言い残すと玄関へ向かい、警戒心を強めながら扉を開ける。鎧も何も装備していないが、生半可な暴漢相手なら返り討ちにする覚悟だった。


 そして桃色の髪を靡かせる女性を見て、ゾディアックは目を丸くした。


「ラズィ」


 灰色のブラウスに黒のワイドパンツというカジュアルな装いに身を包んだラズィがいた。ラズィは目を丸くしている。


「……あの」

「?」

「ここはゾディアックさんの……家、で、す、よ……ね?」


 たどたどしく聞いてくる相手に、ゾディアックは頷きを返す。


「失礼ですが、どちらさまで?」

「……ゾディアックです」


 ラズィは頬を引きつらせ、乾いた笑い声を上げた。

 顔の半分が火傷の痕で覆われている彼女は、黒い限帯をしていた。




★★★




「ラズィさん、怪我大丈夫なの?」

「ええ。もう元気ですよ〜。肌荒れが酷いですけど〜」

「いや、肌荒れってレベルじゃないよね」


 クスクスとラズィは笑った。

 リビングに案内されたラズィは、ダイニングテーブルの椅子に座った。対面にはロゼが座っている。

 ラズィの隣に座ったビオレが、ふたりを見比べる。


「ふたりとも、知り合いなの?」

「ええ。ラズィさんが道を尋ねてきたのをきっかけに意気投合して」

「はい、そうなんですよ〜」


 どこかピリピリとした空気だった。口ゼの隣に座るゾディアックは苦笑いを浮かべた。


「それで、私に用というのは?」


 単刀直入にロゼが聞くと、ラズィは持っていたショルダーバッグの中から、古ぼけた本を取り出した。


 表紙がボロボロであり、ところどころ色あせている。古本屋に積み重ねられている誰も見なさそうな本、という見た目だった。

 ラズィを除く3人の目が本に向けられる。


「これは?」


 ロゼは怪訝そうな声で聞いた。


「私の両親の形見。"禁書"と呼ばれている、魔導書」


 声色を変えてラズィは言った。


「あなたの欲しい魔法が書いてあるわ。あなたなら、すぐ身に着けられるでしょう」

「欲しい?」


 ロゼは聞いてからハッとした。


「まさか」

「そう」


 勘づいたロゼを見て、ラズィはフッと笑った。


「道を教えてくれたお礼。"今度外に出て、一緒にお茶しましょう“?」


 その言葉を聞いて、ゾディアックも理解した。この本には、ある魔法が書かれている。


 効果はおそらく、他の種族に変化、なりすますことができる魔法だろう。ラズィも、ロゼと同じくディアブ口族のエルフだ。にもかかわらず、街中を堂々と歩き、ガーディアンとして活動している。

 この魔法を使えば、ロゼも人間と同じ行動を取ることができるようになる。もうこの家で、じっとこもり続ける必要がなくなる。


 ロゼの目が輝く。


「いいんですか?」

「いいですよ〜。あなたには恩があるので。それに」


 ラズィがロゼを見る。


「気持ちがわかりますから」


 世界中から忌み嫌われている同じ種族ゆえ、同情でもしたのだろうか。なんにせよ、ロゼにとってはありがたかった。愛しい彼と一緒に、ようやくこの街を歩けるようになるのだから。

 ロゼの顔に花が咲く。


「すぐにマスターします」

「すぐ、は難しいと思うわ。私は3年かかった」

「なら3日で」


 ロゼは本に手を置いて、口角を上げる。


「3日で。この本に書かれてある魔法、全部マスターしてみせます」


 それが大言ではなく、絶対にできると言う自信の表れだった。

 ラズィは呆れた笑みを浮かべて背もたれに体重を預ける。ロゼの魔法能力の高さを、身をもって体験している彼女は、口ゼなら本当にできると思ってしまう。

 本も、ようやく主を見つけられたような気分だろう。


「……ねぇねぇ! その魔法って何!?」


 ずっと黙っていたビオレが興味津々といった様子で聞いてくる。

 あどけない少女に対し、ロゼとラズィは顔を見合わせると、顔の前に人差し指を立てた。


「「内緒です」」

「な、なにそれ〜!!」


 いたずらっぽい瞳を向けるふたりに対して、ビオレは頬を膨らませた。




★★★




「そういえば、ゾディアック」


 玄関まで見送りに来たゾディアックに対し、ラズィは靴を履きながら言葉を出す。


「私、あなたの家の近くに引っ越すから。どっかの空き家を使うことになるわね」

「……え?」

「しょうがないでしょう? 前住んでいたところは、トムが提供してくれた仮の宿だったし。このままだと野宿になるのよ」

「金があるんだから、宿で寝泊まりすれば」

「私が近くにいた方が、なにかと頼りになると思うし、監視の目にもなると思うけど?」


 その言葉は、「自分もゾディアックを監視するぞ」と言っているようであった。

 互いに秘密を持っているため、ラズィの言い分も納得できる。

 ゾディアックは渋面になって頷きを返すと、ラズィは振り返った。


「ねぇ」

「ん?」

「初めて見たわ。あなたの素顔。ビックリしちゃった。まさかこんなイケメンが出てくるとは思わなかったもの」


 ラズィは口元に手を当てて流し目でゾディアックを見つめた。


「褒めてる?」

「ええ。正直言うわ。眼福よ。ただ顔がよくても性格のせいでプラマイゼロね」


 ゾディアックが言葉に詰まると、ラズィは白い歯を見せた。


「引っ越し祝い。楽しみにしているわ、ゾディアック」


 そう言ってラズィは手をひらひらと振って出て行った。

 楽しそうな仲間の後ろ姿を見つめながら、ゾディアックは笑みを浮かべた。

 引っ越し祝いというのは、何がいいのか。仲間たちに相談しようとゾディアックは思いながら、玄関の扉を閉めた。




お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いします。

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