９７．武術大会④　オリヴァー VS. ハルト

「……おい、なんだよ、そのしょぼい剣は」

「気にするな」

「負けたときの言い訳のためかよ！　情けねぇ」

「吠えるな。とっとと構えろ。時間をいくら稼ごうが、お前が負ける結果は変わらないんだから」

「――っ！！　殺す」

　デリックがとんでもない怒気を放ちながら、盾と剣を構える。

『さぁ、お二人の準備が整ったようです！　では、二回戦第四試合、勝負開始です！』

　開始早々、デリックが距離を詰めてくる。

　あれだけ煽れば、当然突っ込んでくるよね。

　ホント、扱いやすくて助かる。

　デリックが剣を振り下ろしてくる。

　勇者パーティにいた頃、俺が付与術士にコンバートしたときには、既にデリックもパーティの一員だった。

　数年もの間デリックの動きを見続けてきた。

　そしてこいつの動きに【瞬間的能力超上昇(インパクト)】を幾度も合わせてきた。

　もう、お前の動きは――完全に見切っている。

　デリックの剣に合わせて体を半歩引くと、俺の目の前を剣先が走る。

　攻撃が空振りに終わったことを確認してから、デリックの右側に移動し短剣で首を狙う。

「――っ！？」

　デリックが俺の攻撃に反応し、躱そうとする。

　デリックが攻撃直後に回避行動を取る際は、必ず左足から動くことを知っている。

　左足を動かした直後、右足を払うように蹴る。

「なっ！？」

　それからすぐさま、昨日殴った時の感覚を参考に今回は鼻っ柱を折るつもりで、デリックの顔面に左手の裏拳を叩きこむ。

　戦いが終わったら治療を受けられるし、鼻が折れても問題ないだろ。

「ぅぐっ」

　右手の短剣を放り、腰から長剣を抜いてから、デリックの胸元めがけて追撃する。

「ぁがっ」

　そのまま仰向けに倒れるデリックの眼前に切っ先を突き付ける。

「……勝負ありだな」

「まだ、だ……！」

　デリックの目は死んでおらず、俺を睨みつけてくる。

「この状況からお前が逆転できる可能性はゼロだ。引き際くらい弁えろ」

「う、るせぇ……！　――がぁぁぁ！」

　左手を盾から離して、俺の脛当たりを殴ろうとしていたデリック。

　でも、狙いがバレバレだったため。逆にその左手を長剣で思いっきり叩く。

「……審判、判定を」

「…………勝者、オルン・ドゥーラ」

　審判がジャッジを下し、俺の勝利となった。

　想定通りとはいえ、少々肩透かしだな。

　さて、次が鬼門のフウカ戦か。

　　◇

「オルン、やったな」

　控室に戻ってくると、ウィルの声が聞こえた。

「ウィル？　もう大丈夫なのか？」

　控室にフウカとハルトさんの姿は無く、ウィルとルクレが居た。

「ルクレの回復魔術のおかげでな」

「ふっふーん、大いに感謝し給え！」

　先ほどの本気でウィルを心配していた雰囲気はどこへやら、いつものルクレがそこには居た。

「はいはい。感謝しているよ。――改めておめでとう。これからも俺の分まで頑張ってくれよ」

「…………あぁ。ウィルの分も頑張るよ」

　こうして武術大会二日目が終わった。

　　◇　◇　◇

　武術大会三日目。

　俺とフウカは《赤銅の晩霞》のクランホームを出て、試合会場である闘技場へと向かっていた。

　勝ち残っているのは、あと四人。

　その内二人が《赤銅の晩霞》になったわけだし、もう充分じゃねぇか？

　思っていた以上にこの大会がめんどくさくて、俺のモチベーションはかなり低い。

「あぁ～、だりぃな～」

「真剣に取り組むんじゃなかったの？」

　隣を歩いているフウカから質問を受ける。

「まぁ、そう思っていたんだけどな。もう充分頑張っただろ。にしても、お前は随分とテンション高いな」

　表情こそ普段と同じく何を考えているのかよくわからんが、楽しみ過ぎて待ちきれない子どものような雰囲気を醸し出している。

「今日はオルンと戦えるから。もしかしたら本気(・・)のオルンを見ることができるかもしれない」

　フウカが目を輝かせている。

「そういや、手を抜いているんだったっけか。一回戦も二回戦も結構真剣な表情(・・・・・)で戦ってたと思うが」

「一昨日も昨日も全力では戦っていたと思う。でもオルンの本気はあんなものじゃないでしょ？」

　いや、同意を求められても知らんし。

　　◇

「ハルトさん、こんにちは」

　控室で待機していると、オルンが入ってきた。

　今日もオルンと同じ部屋か。

「よぉ、オルン。調子はどうだ？」

「万全ですよ。今日の相手はフウカですからね」

　オルンもフウカを意識しているのか。

　この前フウカからオルンの評価を聞いてから、コイツの戦いには注目していた。

　だけどやっぱり、実力は並という印象だ。

　確かに戦い方は上手い。それは認める。

　だけど、そもそものポテンシャルがフウカは当然、俺にも及んでいないとしか思えない。

「……なぁ、オルン。今日は本気で戦うのか？」

「質問の意図がわかりませんが、俺は毎回手を抜いていませんよ？　手を抜いて勝てるなんて自惚れはしてません」

　やっぱり嘘を吐いているようには思えないんだよな。

　

　世界広しと言えども、フウカに勝てる可能性のある奴は、俺が知る限り五人しかいない。

　だけど、その中にオルンは含まれていないし、そもそも可能性があるだけでフウカが負けるとも思えない。

　フウカは特別(・・)だ。

　まぁ、その五人も同じく特別ではあるんだけど。

『皆さんこんにちは！　間もなく武術大会の準決勝が始まります！　勝ち残っているのはいずれもＳランク探索者。やはり、ＡランクとＳランクの差は大きかったか。さぁ、本日の対戦カードを確認しましょう。まず第一試合では、勇者パーティのオリヴァー・カーディフ選手と《赤銅の晩霞》のハルト・テンドウ選手が戦うことになります！　Ｓランクパーティのリーダー対決ですね！　続いて第二試合では、《赤銅の晩霞》のフウカ・シノノメ選手と《夜天の銀兎》のオルン・ドゥーラ選手の対決です。こちらはＳランクパーティのエース対決となります！　どちらのカードも見逃せない対戦ですね！　――』

　司会者のうるさい声で、思考を止めた。

　試合会場に向かうべく、控室の奥へと進むとちょうど司会者が俺の名前を呼んでいたため、そのまま試合会場の中心へと歩いていく。

　互いに所定の位置についてからオリヴァーの表情を確認すると、無表情でこちらを睨んでいる。

　完全にそっちの方が格上であるはずなのに、油断しているそぶりは一切無い。

（まさか、こんな形で(・・・・・)オリヴァーと戦うことになるとはなぁ……。さて、お手並み拝見といきますか）

　俺たちは一言も交わすことなくお互い臨戦態勢に入った。

『それでは！　準決勝第一試合、勝負開始です！』

　ドラの音と共に俺たちは互いに距離を詰める。

　当たり前だが、剣と無手であれば剣の方が、リーチがある。

　つまり、先に攻撃を繰り出すのは剣を持つ向こうとなる。

　俺はこれまで同様、その攻撃を対処してカウンターを狙う。

　しかし、俺の予想とは裏腹にオリヴァーは剣の間合いに入っても剣を振る素振りを見せない。

（何を考えているんだ？）

　オリヴァーの意図が読めないでいると、目の前に金色の何かが浮かぶ。

　なんだこれ、と思っていると、目の前で弾けた。

「――っ！？」

　咄嗟に後ろに跳ぶ。

（あっぶねぇぇ！　なんだよ、今の！）

　心の中で驚いていると、あることに気付く。

　――俺が後ろに跳んだことで、再び剣にとってちょうど良い距離感になっていることに。

「くそっ！」

　当然今度は剣を振るってくる。

　その刀身を籠手で弾き、更に距離を取って剣の間合いから逃れる。

　びっくりしたぁ……。一瞬で決着が着くところだった。

（これが【魔力収束】、か。街を滅ぼす程の破壊力を持ちながら、こんな器用なことまでこなせるとは、流石と言うべきか……。――と、感心している場合じゃねぇな。まずはこれまで通り剣を破壊して、こっちの土俵に引き込む！）

　氣(き)を拳に集中させてから、オリヴァーに肉薄する。

　　◆

　氣とは体内に流れるエネルギーのことだ。

　これは誰もが持っているものだが、氣のコントロールは生半可なことではできない。

　俺の祖先は氣の極致に至り、そのノウハウを子孫に伝えてきた。

　俺は幼少の頃から氣のコントロールについて教えられてきたため、今では呼吸するのと同じくらい容易に氣を扱うことができる。

　これを体内で循環させることで、身体能力を大きく向上させることができる。

　――まさに支援魔術(バフ)のように。

　更にこの氣を体外に放出することで、様々なことができる。

　例えば、打撃時に氣を流し炸裂させることで、打撃を与えた対象を内側から破壊することもできる。

　武器破壊の仕掛けはこれだ。

　　◆

　オリヴァーも俺の動きに合わせて、攻撃を仕掛けてくる。

　だけど残念。俺の狙いはお前の剣なんだな！

　振るってきた剣に俺の拳を合わせて、打撃の瞬間に氣を剣に流し炸裂させる。

　――が、剣は壊れず油断していた俺は、攻撃を受ける。

「ぐっ！」

　考えるよりも先に体が動き、追撃を受ける前に距離を取ることができた。

（どういうことだ。ちゃんと剣に触れたし、氣も流したぞ）

「信じられないものを見たかのような表情だな。俺の剣が壊れていないことがそんなに不思議か？」

　オリヴァーが冷淡な声を発する。

　武器破壊は対策済みってことか。

「いやぁ、参ったなぁ……」

　俺の戦闘スタイルは壊す(・・)ことに特化している。

　この大会のルールは、他の探索者以上に俺との相性が悪い。

　そもそも手の内を見せたくもないから、武器破壊だけをしていたわけだが。

　オリヴァーの刀身を見て、破壊できなかった理由は解った。

　アイツの異能である【魔力収束】だ。

　魔力の膜で刀身を覆うことで、氣が刀身まで届かなかったんだ。

　いや、ホント、どんだけ使い勝手良いの？

　……もう降参しようかなぁ。

　いや、今後のこと(・・・・・)を考えたらもう少し、オリヴァーの戦いを間近で見ておくべきか。

　はぁ……。もう少し戦ったら適当なところで負けよ。

　勝ち目ないし、アルフさんには悪いが、どうしようもない。

　方針を固めてから氣を全身に巡らせ、身体能力を向上させる。

「――っ！？」

　先ほどよりも俺の移動速度が上がったことに驚いたようだが、すぐさま冷静に対処される。

　隙を作ろうと攻撃を繰り返すが、武器も壊せず殴るしかできない俺に勝ち目があるわけも無く、俺の動きに慣れてきたオリヴァーからの反撃が増えてくる。

　徐々に防御にリソースを割く割合が多くなり、最終的に滅多打ちにされてオリヴァーに敗北した。

　めっちゃ痛ぇ……。

　　◇

　戦いが終わって、オリヴァーにやられた打撲の治療を受けてから、観客席に居たヒューイとカティの所に向かう。

「あ、勇者にボコボコにされてた団長だ」

　俺が来たことを知ったカティから手厳しい言葉を投げかけられる。

「一生懸命戦った仲間に対してひどくね？」

「だって、手を抜いてボコボコにされたんだから、これしか言えないわよ」

「いやいや、全力だったって。そもそもルール的にあれが限界なの！」

「でも、団長が本気で勝つつもりだったなら、剣の間合いの外から一方的に攻撃できたはずでは？」

「ソ、ソンナコトデキナイヨ？」

「片言じゃないですか……。僕たちは団長が勇者に勝つ姿が見たかったのに……」

　ヒューイが本当に悲しそうな表情で呟く。

「…………無様な姿をさらして、悪かったな。でも、わかってくれ。アイツを追い詰めるわけには(・・・・・・・・・)いかなかったんだ。俺だとオリヴァーに勝つにも時間がかかっちまうから。ま、優勝はフウカに任せよう」

『さぁ、準決勝第二試合の時間になりました！　第一試合のような激闘は繰り広げられるのか！　まずは、一回戦二回戦共にたったの一太刀で勝利を掴んでいる《剣姫》フウカ・シノノメ選手！　対するは巧みな試合運びで勝ち上がってきた《竜殺し》オルン・ドゥーラ選手！』

　俺たちが会話をしていると、第二試合が始まろうとしていた。

　フウカとオルンがそれぞれ、所定の位置に付き臨戦態勢に入る。

「あれ？　これまでと違ってオルンは長剣一本なのね」

　カティの指摘で俺も気付いた。

　これまでは長剣と短剣の変則二刀で戦っていたオルンだが、今回は長剣のみで鞘も見当たらない。

　少しでも軽くして、フウカの速さに対応しようとしているのか？

　そんなものでどうこうできる差では無いと思うが。

『お二人の準備が整いました！　準決勝第二試合、勝負開始です！』

　戦いが始まってからしばらく経つと、観客からどよめきの声がぽつぽつ零れ始める。

　その理由は至極単純。

　戦いが始まったというのに、フウカとオルンは互いに一歩も動いていないからだ。

――おい、もう始まってるぞ！

――とっとと戦えよ！

　動きのない二人に痺れを切らし始めた観客が、野次を飛ばし始める。

「団長、なんで二人とも動かないんですか？」

「あの二人は絶賛死闘を繰り広げているところだぞ？　速すぎて止まって見えるんだ」

「え！？　噓でしょ！？」

「うん、嘘。――痛っ！」

　場を和ませようとジョークを言ったつもりだが、カティには不評だったようで何度もど突いてくる。

「こんなところでしょーもない嘘つかないでよ！」

「悪かったって。だからもう殴らないで！　――確かに後半は嘘だが、前半は本当だぞ」

　カティの暴力から解放された俺は解説を始める。

　ま、これは武術にかなり精通していないと、何をしているのかわからないだろう。

「どういう意味ですか？」

「確かにアイツらは動いていないように見えるが、体重移動などのわずかな動きはある。相手のその僅かな動きを読み取って、互いに脳内で戦いを繰り広げているんだ。要は駆け引きだな」

「……そんなことできるの？」

「達人同士の戦いは、動く前には勝敗が決していると言われることもある。フウカは当然その域にいるが、まさかオルンもその域にいるとは思っていなかったな」