91.【sideソフィア】プレゼント探し
「うーん、何がいいのかな~……」
感謝祭も今日で三日目。
今日一日フリーである私は、同じくフリーだったキャロルと一緒に街中を散策しながら、オルンさんに贈るプレゼントを考えている。
ログは今日の午前中もお手伝いがあるから、まずは私たちで候補をいくつか出して、お昼に合流してから三人で決めることになっている。
他国では誕生日を迎えたときに、プレゼントを贈る習慣があるらしい。
ここではそのような習慣は無いけど、お世話になっているオルンさんに感謝の気持ちを伝えるためにも、オルンさんの誕生月にはプレゼントを贈ろうと三人で話していた。
だけど、オルンさんの誕生月を聞く機会が無くて、一昨日ようやく聞けたと思ったら六月だって言われてすごく焦った。
無理にでももっと早く聞いておくんだったと後悔している……。
でも、誕生月を迎えていなかっただけ、まだマシだよね!
それに、この時期は普段お店に並ばない物も売られているから、珍しいものも多いはず!
せっかくなら喜んでもらえるものを贈りたいんだけど……。
「そうだね、オルンさんが喜ぶものってなんだろう……。こうやって改めてオルンさんのことを考えると、私たちはオルンさんのことあまり知らないんだよね……」
「ししょーはあんまり自分のこと話さないもんねー。趣味とかもちゃんと聞いておくんだった……!」
私もキャロルも、オルンさんが喜んでくれそうな物が思いつかないでいた。
「それにしても人が多いね~。さすがお祭りだ!」
「そうだね。長時間ここにいるのは避けたいかな」
キャロルの言う通り、ここは屋台が立ち並んでいることもあって、街の中でも一番人口密度が高い。
長時間ここにいると酔いそうだから、適当なところで場所を移動したい。
「んー、やっぱり屋台で売られている物じゃなくって、職人さんが作っている物がいいかも! 一回職人通りの方に行ってみない?」
私の発言を聞いてキャロルはすぐさま別の場所に移動しようと提案してくる。
多分、私に気を使っての提案だと思う。
キャロルは自由奔放という印象を持たれやすい。だけど、実際は意外と言ったら失礼だけど、すごく気配りができる。
それはキャロルの美徳だと思うけど、キャロルの場合は自分を押し殺してまで相手の意思を尊重してくる。
それが残念でならない。
キャロルとはかれこれ一年くらいの付き合いになる。
それだけ長く関わっていれば、キャロルが何かしらのトラウマを抱えていることは察することができる。
それが、この過度な気配りに繋がっていることも……。
私がそのトラウマを克服するのに協力できればいいんだけど、その案が思いつかない。
今の私にできることはあまりないけど、いつかはキャロルが私に何の気兼ねも無く我が儘を言ってくれるといいなぁ。
「うん、そうだね。一度職人通りに行ってみようか」
キャロルの提案に乗って、私たちは人の多い露店通りを離れて職人通りへ移動した。
◇
「んー、やっぱり探索に使えるものがいいのかな」
職人通りにやってきて、すぐ近くにあった武具屋の展示されているものを見ながら、キャロルが口を開く。
「探索に必要なものは既に揃えているんじゃないかな。オルンさんが持っている剣だって立派なものだし、仮にオルンさんが欲しいと思っているものがあったとしても、私たちじゃ買えないかも……」
「それもそっかー。だとすると、日常生活で使えるもの?」
「それがいいと思う。例えば、アクセサリーとか……?」
「なるほど、いいかも! それじゃあ、その方向で商品を見て回ろ~! ――――ん?」
ようやく方向性が固まり、改めてお店を見て回ろうとしたところで、キャロルが何かに気が付いたようで、スタスタとどこかへ向かって歩いていった。
私は慌ててキャロルの後をついて行く。どうしたんだろう?
「お姉さん、体調悪いの? 大丈夫?」
キャロルが向かった先には、藍色の髪をしたお姉さんがうつむきながらベンチに座っていた。
「……? 私のこと、ですか?」
キャロルの声に反応して女性が顔を上げる。
……すごい美人さんだ。
お姉ちゃんがカッコいい感じの美人だとすると、このお姉さんは可愛い美人さんって感じ。
歳はお姉ちゃんより下だと思う。
魔術士のような恰好をしているから、多分探索者かな。
「うんうん。なんか辛そうにしてたから、人ごみに酔っちゃったの?」
「ちょっと考え事をしていただけですよ。体調が悪いわけではありませんので大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
お姉さんが微笑みながら答える。
でもその表情は寂し気で、明らかに無理をして笑っていることがわかるものだった。
「悩み事か~。実は私たちも絶賛お悩み中なんだよねー。実はししょーが誕生月を迎えるから、その時に贈るプレゼントを考えているんだけど、なかなか良いものが思い浮かばなくてさー」
「誕生月に師匠へプレゼント、ですか? ……貴女たちは――、なるほど、そういえばもう六月ですね」
お姉さんが何やら小さく呟いて、納得したような表情をしている。
「そうなんだよ~。ししょーの誕生月が六月だって知ったのが一昨日でさぁ、今急いでプレゼントを考えているの。もぉ、ししょーもなんでもっと早く言ってくれなかったかなー。そうすれば、もっとゆっくり考えられたのに」
「ふふっ、オ――師匠さん想いなのですね。こんな可愛らしいお弟子さんがいるなんて、羨ましいです」
「んー? お姉さんは弟子とかいないの? お姉さんすっごく強いよね? 多分私たちが二人掛かりで戦っても、軽くあしらえるくらいには。弟子がいてもおかしくないと思うんだけど」
それは私も思った。
魔力は普段、見ることはおろか感じることもできないんだけど、お姉さんの周りだけ明らかに魔力が濃いと感じる。
……気のせいかもしれないけど。
「弟子はいませんよ。自分の周囲に振り回されているだけの人が、他の人の面倒を見ることなんてできませんから……」
キャロルとの会話で少し気持ちが上向いたかな? と思ったけど、また寂し気な表情に戻ってしまう。
「周りに振り回される、それがお姉さんの悩み事?」
キャロルがお姉さんの事情に踏み込む。
「…………えぇ、そうですね。年下である貴女たちに言うのも情けないですが、最近やること成すこと全てがうまくいかなくて。それに私のせいでお義父様まで――」
キャロルが先に自分の悩みを話したからか、お姉さんも自分の悩みを吐露した。
これは多分キャロルの人となりと、コミュニケーション能力の高さによるものだと思う。
すごい……。私じゃこんな会話はできない。
それにしても、何をやってもうまくいかない、か。それは気分が落ちても仕方ないかもしれない。
誰だってその状況に陥れば、ネガティブになっちゃうと思う。
……そういえば、物事がうまくいかないと感じた時の対処法について、この前オルンさんが講義で教えてくれた。対処法は確か――。
「そっか~。ねぇ、お姉さん、本当に全部がうまくいってないの?」
「……え?」
「ししょーがこの前言ってたんだけどね。物事がうまくいかないと思っているときは、視界が狭くなっているんだって。だからそういう時こそ立ち止まって、振り返ることが大事だって言ってたんだ! 『失敗だと思っていた物事の影には、必ず小さな成功が隠れている。自分でも気付いていなかった自分の良さに気付けられれば、おのずと考えが変わってくるはずだ。まずは〝理想〟ではなく、〝現実〟の自分と向き合うのが先だ』ってね」
「現実の自分……。確かに最近の私は、理想を追い求め過ぎていたかもしれません。アドバイスありがとうございます。やはり貴女たちのお師匠さんは、素晴らしい方ですね」
キャロルの――ううん、オルンさんの言葉を聞いたお姉さんは、少しスッキリしたような表情に変わった。
「えへへ~。あたしたちの自慢のししょーだからね!」
「では、私は静かな場所で、少し自分と向き合ってみようと思います。これで失礼しますね」
「うん! お姉さん、バイバイ!」
「さ、さようなら」
結局最後の挨拶まで、私が口を挟む機会は無かった。
そもそも初対面の人と話すのはあまり得意じゃないから、会話に入ろうとは思ってなかったけど。
「――あ、そうだ。アドバイスをくれたお礼に、私からも貴女たちにアドバイスです。お師匠さんは、新しい情報というのに目が無いはずです。この時期は他国からも商人がやってきていますので、他国で出版されている本をプレゼントすれば、喜ばれると思いますよ」
そうだった! オルンさんは空き時間はいつも読書をしていた!
なんで、本をプレゼントするってことに思い至らなかったんだろう。確かに本が一番喜んでもらえそうな気がする!
オルンさんは感謝祭でも忙しそうにしてる。
フリーだったはずの初日も何かあったみたいで、あまり街を回れていなかったとお姉ちゃんが言ってた。
だったら、オルンさんが今年来た他国の商人から本を買っている可能性は、すごく低いと思う!
「本……? 確かにししょーは読書していることが多いかも! お姉さん、ありがとう!」
キャロルも同じ考えのようだ。
オルンさんへのプレゼントは他国の本で決定かな。
本は値が張るけど、私たちでお金を出し合えば、数冊くらいは買えるはず!
「どういたしまして」
「でも、どうして、ししょーが本をよく読んでいることを知っていたの?」
「うーん、そうですね。……精霊が教えてくれました」
セイレイ? 人の名前、じゃないよね? どういう意味だろう。
「んー?」
キャロルもわかっていないようで、首をかしげている。
「ふふっ、もし気になるようでしたら、お師匠さんに聞いてみてください。私よりもわかりやすく教えてもらえると思いますよ。それでは今度こそ、さようなら」
最後に何やら気になることを言い残して、お姉さんは足取りも軽やかに去っていった。
「セイレイってのが何なのかはわからないけど、とりあえずお姉さんが少しは元気になったみたいで、よかったよかった!」
「キャロルは優しいね」
「んー? そんなことないよ。あたしがしたくてやってるんだから。別に人のためにやってないもーん!」
本当にそう思っているのか、照れ隠しで言っているのか判断付かないけど、やっぱりキャロルのこの気配りは美徳だね。
多分私一人だったら、お姉さんに声を掛けるなんてこと無かったと思う。
こういうところは見習っていきたいな。
「それじゃあ、本を探しに行こ。時間が経つと他の人に買われるかもしれないから」
「それは大変だ! ソフィー、急いで行こ!」
それからログとも合流して、他国で出版されている本を吟味して、一人ずつ本を購入した。
オルンさんに喜んでもらえるといいな。
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