79.決意
大迷宮を脱出して、クラン本部のいつもの部屋に帰ってきた。
帰りの道中、三人は口を噤み、誰一人言葉を発することはなかった。
三人が椅子に座ったことを確認してから、俺は三人に声を掛ける。
「……今日は残念だったな。でも、勘違いしないでくれ。今日の結果は、お前たちの実力が劣っていたからでは、決してない。運が悪かった、ただそれだけだ。また――」
「違うよ!!」
また挑戦すれば良いと言おうとしたところで、キャロルが大きな声を上げる。
「あたしは、また一人で突っ走った。ししょーに二人と協力するように言われてたのに……! そのくせ、早々に戦闘不能になって……、二人に迷惑をいっぱいかけちゃった……。二人と協力していれば、切り抜けられていたかもしれないのに……。今日の負けはあたしのせい……」
「キャロルのせいじゃない! 僕は最初、大男が怖くて怯んでしまったんだ。本来ならキャロルと一緒に、大男に向かわなきゃ行けなかった! そうすれば、キャロルがあんなに簡単にやられることも無かったはずだ! 魔術でサポートするって選択肢もあったのに、僕はキャロルがやられるまで、何もできなかった……。僕がもっとしっかりしていれば……、今回の負けは僕の責任だ……!」
「二人とも悪くないよ! 悪いのは私! まずは後衛である私が一番に攻撃をしなきゃいけなかったのに、何もできなくて、キャロルがやられちゃってからも、しばらく動けなくて……二人に負担をかけた。最後も視界が一番広い私が戦況を把握していなきゃいけなかったのに、大男が意識を取り戻していたことにも気が付かないで、人質みたいにされちゃって……。今日の私は何にもできていなかった!」
「そんなことないよ! 大男を倒してくれたのに、状況も把握せずにあたしが戦いを始めたから、ソフィーの注意がこっちに向いちゃったんだよ!」
「そんなこと言うなら、僕が1人でムチの男をどうにかできていれば良かったんだ! そうすれば、キャロルが無理する必要も無かった!」
「違うよ! 私が情けなかったからログが前に出ないといけなくなったの! 私がしっかりしていれば、二人で距離を取りながら戦うって選択肢も取れたはずだもん!」
「あたしが――」
「僕が――」
「私が――」
三人が三人とも自分が悪かったと主張している。
「――少し落ち着け」
俺が声を発すると、三人とも口論を止めた。
「お前たちの言っていることは、全部間違っていないと思う」
俺の発言に三人がシュンと顔を俯ける。
「ここにいる全員が今日の内容に納得できていないだろうし、自分の実力不足を痛感しただろう。俺を含めて、な」
「そんな! 師匠は僕たちを助けてくれました――」
「結果的にはな。だが、あのまま戦闘を続けていたら、全員死んでいた可能性もある。その点に関しては運が良かったと言えるかもな。今日、俺たちは全員敗北感を味わった。だけど、全員生きている。命があれば次がある。各々の中に後悔があるだろう。――だから、この敗北を糧にもっと強くなろう、心も体も。もう二度と後悔しなくて済むように」
「「「はい」」」
三人は顔を上げて、威勢よく声を発した。
そして、瞳が爛々と燃え盛っていた。
◇
今は三人の傍に居てやりたいが早急に行動しないといけないため、しばらくしたら帰ってくると伝えて、今は総長の執務室に向かっている。
多忙でよく外出している総長が本部に居たのは、タイミングが良かった。
本来は先にセルマさんに報告するべきだが、今は出張で居ないため、直接総長の元へ向かっている。
執務室のドアをノックしてから自分の名前を告げると、中から「入れ」と言われたため、部屋の中に入っていく。
「忙しいところすいません、総長」
「いや、問題無い。私もキミに話しておくことがあったから、ちょうど良かった。私の話は後にして、まずはオルンの話を聞こう」
「わかりました。――先ほど、探索管理部所属の第十班が大迷宮の三十層を攻略中に《アムンツァース》のメンバーと接触しました」
「なんだと!? 子どもたちは無事なのか!?」
机を叩きながら勢いよく立ち上がった総長が、食い気味に質問をしてくる。
「ギリギリのところで介入できたので、三人とも外傷はありません。ですが、心の方は経過をみないと何とも」
「……そうか。ひとまずは良かった。あの子たちのメンタルケアには万全を尽くすことを約束する。あの子たちを守ってくれてありがとう」
総長は力が抜けたように椅子に座り込むと、俺に感謝を伝えてくる。
……でも、今の俺にそれを受け取る資格はない。
「いえ。報告を続けます。相手は四人でした。内三人を殺害、残りの一人を拘束しようとしましたが、相手が手練れで撃退するのがやっとでした」
「オルンほどの実力者が苦戦する相手、か。逃がしたのは悔やまれるが、キミたちが全員生きて帰ってきてくれた、それで充分だ。しかし、奴らが三十層に現れて、尚且つ新人を攻撃するなんて、聞いたことがない。あくまで標的は上級探索者のはずだ。方針を変えたのか?」
「今回のあいつらの目的は俺だと思います。俺をおびき出すために第十班を襲ったと取れる発言をしていました」
「なるほど……。あいつらは大迷宮の攻略をさせないために、実力者たちを殺して回っていると聞く。確かに深層のフロアボスを単騎で撃破できるオルンが、奴らの標的になっても不思議じゃないな」
認識が甘かった。
《アムンツァース》が南の大迷宮で活動していたことは知っていたし、第二部隊のメンバーにも注意するよう徹底させていた。
自慢ではなく事実として、今この街で一番話題になっている探索者は俺だ。
だというのに何故、自分がターゲットになると考えなかった? 俺の周りの人に危害が及ぶという考えに至らなかった?
勇者パーティを追い出されてから、今までが上手くいきすぎていて気が緩んでいたのか?
あいつらに言ったじゃないか。『初心忘るべからず』と。
理不尽なことなんて、この世には溢れかえるほどある。
その全てを跳ね除けて、大切な人たちを護るんだろ?
だったらもっと考えを巡らせろよ!
楽観視してんじゃねぇよ!
「……あまり、自分を責めるな。誰しも決して完璧ではない。全てを自分一人で背負おうとしないでくれ。私たちでは物足りないかもしれないが、私たちも力を貸す。数は力だ。このクランには多くの団員が居る。全員の力を合わせればどんな苦難だろうと、乗り越えられるものだと信じている。――ふっ、青臭い発言だったかな」
――――――
「――いえ、そんなことは。……ありがとうございます」
「さて、今後の方針を決めないとな。今はセルマが居ないから、探索者の意思決定はキミに一任されている。まずはキミの考えを聞こう」
「はい。相手を撃退した際に、他のメンバーも引き揚げさせると言っていましたが、信用はできません。しばらくの間、迷宮探索は禁止にさせるべきかと。翌月には感謝祭が始まりますし、探索者にはそちらに注力してもらおうと考えています」
「感謝祭が終わるまでの間、迷宮探索禁止か……。まぁ、妥当なところだろう。まずは探索管理部と情報を共有し、探索者に迷宮探索禁止を徹底させる」
「わかりました。俺の報告は以上です。総長の用件をどうぞ」
「私の用件はその感謝祭についてだ。感謝祭でオルンにやってもらいたいことがある」
「俺にできることであれば」
「感謝祭の目玉の催し物に武術大会があるのは知っているな?」
武術大会とはその名の通り、純粋な武術のみで参加者が戦い、その年の一番を決めるという物だ。
まぁ、異能は使っても良いから、純粋な武術っていうと違和感があるけど。
参加自体は誰でもできるし、盛り上がる催し物ではあるけど、実は上級探索者で参加する人はほとんどいない。
純粋な武術ということは、当然だけど自分の素の身体能力で戦うことになる。
つまり支援魔術を含めた魔術全般が使用できない。
上級探索者ともなれば、支援魔術で自分の身体能力を引き上げるのが当たり前だ。
ということは、普段よりも弱い自分で参加しないといけない。
更には相手が同じ人間になるため、魔獣を相手にする探索者にとって、そこまで得るものが無いということだ。
ここでその話題が出るってことは、まさか――。
「えぇ、概要は知っています」
「毎年盛り上がってはいるが、フォーガス侯爵は上級探索者が参加していない現状に不満があるみたいでね。上級探索者だけを集めたセクションを作ると言い出したんだ。もう言いたいことはわかっていると思うが、オルンにも武術大会に参加するよう依頼があった。まぁ、実質命令だな。勇者が大衆の前でキミを倒すことで名声回復を図ろうとしているんだろう」
この前エディントンの爺さんが質問してきたのは、これがあったからか。
「そこでオリヴァーに負けろと?」
「いや、逆だ。優勝してほしい。これはチャンスでもある。ここで優勝できれば、勇者パーティの勢いを完全に殺せる。そしてそれは私たちの追い風になる。ラザレス様の要望でもあるし、キミには優勝してもらいたい。できるか?」
「…………かなり難しいですね」
俺は正直な考えを総長に告げる。
「……剣聖オリヴァーに勝てるんじゃないのか?」
総長が怪訝な表情で質問してくる。
「オリヴァーには勝てます。ただ、今の話を聞くと、彼女も参加すると思うんですよ。Sランクパーティである《赤銅の晩霞》の剣姫――フウカ・シノノメが」
「……っ! そうか、彼女が居たか」
「だから優勝は困難です。が、参加するからには全霊を注いで優勝をもぎ取ります。相手が誰であろうと、――俺はもう負けません」
最後までお読みいただきありがとうございます。
前話でもお伝えした通り、これにて第二章(オルン視点)終了です!
この後別視点の話を2話挟んで、第三章開幕です。
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