77.強者
「さて、と。――なんであいつらを傷つけた?」
これまで必死に抑えていた怒気を解放して、連中に問いかける。
「キミが《竜殺し》かな? うん、雰囲気があるね」
ローブを被っている性別不明の人間から声が聞こえる。
声音的に女か?
「俺が質問をしているんだ。俺の質問に答えろ」
「おっと、これは失礼。彼らを傷つけた理由だっけ? それは彼らが《竜殺し》の関係者だからだよ。死体を持っていれば、《竜殺し》が現れるかな、と思ってね」
「…………つまり、あいつらがお前たちの怒りを買うようなことをしたわけじゃなく、ただ単に俺の関係者だから傷つけたってことか?」
「端的に言うとそうだね。いやぁ、まさかこんなに早く現れてくれるとは」
「ふざけやがって……」
「それはこっちのセリフだ! いきなり現れて、俺を吹っ飛ばしやがって。ぶっ殺してやる」
大男が起き上りながら、殺気をこちらに飛ばしてくる。
「そうか。――安心しろ。俺はお前らを殺さない。〝死〟以上の苦しみを味わわせてやるから覚悟しろ」
「ふっ、俺たちは対人戦のスペシャリストで、尚且つ四対一だぞ? 貴様に勝ち目があるわけないだろ!」
ひょろい方の男が騒いでいるが、そんなものに反応を示す義理はない。
だけど、術式構築のための時間を与えてくれたことに感謝しないとな。
「――っ! 全員、魔力障壁を張って!」
俺が何をやろうとしているのか察したようで、ローブ女が声を上げる。
(勘の良いやつだ。――だが、遅い)
敵四人の身に着けているもの全てに対して、【自重増加】を発動する。
「ぐおぉ……」
「きゃっ……」
「うっ……。何だ、急に重く――」
ローブ女には防がれたが、他の三人には効いた。
三人は急に自身の身に着けているものが重くなり、体勢を崩している。
「……【地電流】」
四人に対して地面を伝って電撃を加える。
人を殺せるほどの出力は出せないが、それでも地面に接触していれば回避は困難で不意を突くこともできる。
気づかれていたローブ女には躱されたが、他の三人は体内に電流が走り意識を手放した。
これで、あと一人。
自身に【潜伏】を発動して、風景に溶け込んでからローブ女に肉薄する。
剣の間合いに入ってから、シュヴァルツハーゼに【切れ味減殺】を発動してから振るう。
「まさか、三人が一瞬でやられるとは」
ローブ女は何やら呟きながらも、いつの間にか持っていた杖によって俺の攻撃が難なく防がれる。
(俺の姿は見えていないはずなのに、これを防ぐのか)
「――っ!」
気が付くと俺の周囲に白い煙が立ち込めていた。
すぐさま【極寒氷雪】だと看破した俺は、すぐさま後ろに跳ぶと俺の居た場所が凍りついていた。
凍りつくのが早い……!
更に移動した直後には、二十個以上の【氷槍】が俺を覆うように出現して一斉に俺へと向かってくる。
(特級魔術を発動した直後の一瞬で、この数の上級魔術を!?)
魔力障壁を展開し【魔力収束】で強度を上げつつ、当たる瞬間に【瞬間的能力超上昇】を発動して身を守る。
更に氷の槍の一つを【反射障壁】で反射させ、ローブ女の方へと進路を変える。
ローブ女も魔力障壁で氷の槍を受けようとしているが、こちらにも【瞬間的能力超上昇】を発動し、その魔力障壁を貫く。
そのまま氷の槍が届くかと思った瞬間、驚異的な反応で回避された。
流石に完全に躱すことはできなかったようで、横腹を掠っているが致命傷には程遠い。
(魔術士だよな? なんて身のこなしだよ)
前衛職の上級探索者にも引けを取らない、ローブ女の身のこなしに舌を巻く。
すぐさまローブ女の側面に回ってシュヴァルツハーゼを振るうが、再び杖に防がれる。
それでも、止まらずに何度もシュヴァルツハーゼを振るうも、悉く防がれる。
十回ほど剣を振るったところで、突如俺とローブ女の間に魔力障壁が出現する。
それから、眼前で異様な魔力の流れを感じる。
「――っ!?」
すぐさま背後へ跳ぶと、直前まで俺の顔があった場所で大きな爆発が起こる。
(見えないはずの俺の連撃を防ぎながら、簡易的とはいえ【超爆発】の術式を構築するなんて。というか今の魔力の流れはなんだ? ――っ!)
続けざまに再び俺の居る場所が爆発する。
俺の回避ルートを先読みされているのか、移動した先で次々と爆発が起こる。
(くそっ、魔力流入を妨害しようにも、妨害するよりも早く魔術が発動しやがる。というよりもなんだ、この魔術。まるで魔力流入という過程を飛ばして魔術が発動しているような……。これが異能だったと仮定して、どんな能力だ?)
事前に魔力の流れを察知できるためどうにか躱せているが、動きを誘導されている感じがする。
爆発の連鎖が収まるころにはローブ女からかなり離れていた。
(【潜伏】は意味が無いな)
そう判断して【潜伏】を解除する。
「私の攻撃を無傷で切り抜けるなんて。なかなかやるね、《竜殺し》」
ローブ女が口を開く。
まだまだ余力を残しているように見える。
ブラフの可能性もあるけど、楽観視するべきではない。
こいつは強い。
俺が今まで出会ってきたやつらと比べても、トップクラスに位置するだろう。
それに今気づいたが、既に横腹の傷だけではなく、ローブまでが修復されている。
傷はともかく、衣服を修復する魔術は聞いた事がない。
オリジナル魔術か、はたまた異能か。
「……お前、《アムンツァース》のメンバーだな?」
ひょろい男の『対人戦のスペシャリスト』という発言と、この女の戦い慣れている感じから、そう推測した。
対人戦のプロフェッショナルと聞いて、まず候補に挙がるのは各国の軍人だ。
軍人とは王家または領主が保有する戦力で、平常時は領地の治安維持に当たり、戦争が起こった際には戦場に赴く存在だ。
だからこそ軍人は対人戦を想定して訓練をしている。
そのため二か月前地上に現れたドラゴンの討伐には、軍人ではなく探索者である俺たちが派遣された。
ちなみにここノヒタント王国の軍人は、王家が保有する中央軍と領主が保有する領邦軍の二つに分類される。
以上のことから、軍人が迷宮に入ることはほとんどない。
とすると次に挙がる候補は、各地で探索者を大量に殺害している組織である《アムンツァース》となる。
「正解。洞察力もなかなか。君を見ていると知り合いを思い出すよ。子どもの頃に死んでしまったけど、成長していたら君みたいになっていたかもしれないね」
この距離は分が悪い。
あれだけ特級魔術を連発できる相手と距離を取り続けるのは愚策だ。
あいつらを傷つけた連中と会話なんかしたくないが、今は距離を詰めるための時間を作るためにもこうするしかない。
「……何故探索者を殺すんだよ」
「私だって人は殺したくないよ。でも、私たちに残っている道はこれしかないんだ。オリジナルは討たれ、レプリカは敵の手に落ちた。今の私たちにできるのは、一縷の望みにかけて時間を稼ぐことしか無いんだよ」
オリジナル? レプリカ?
気になるがそれは今考えることじゃない。
「テロリスト風情が。これしか道がないなら、とっとと諦めろよ」
「っ、黙れ……! 世界に巣くう害虫が! お前らのような存在が結果的に世界を滅亡に近づけているんだよ‼」
初めてローブ女が感情を吐き出した。
(……ちっ、怒りを発露しても、隙を見せないか)
「――ふぅ。安易には突っ込んでこないか。さて、時間稼ぎはこれくらいあれば充分かな?」
怒鳴ったと思った直後には、最初の飄々とした雰囲気に戻っている。
やはり時間稼ぎとわかっていたうえで、俺の話に乗っていたか。
気になる単語をいくつも残しやがって。
「君の次の行動を予言してみようか? 【空間跳躍】で一気に距離を詰める、でしょ? 君は探索者で言うところの前衛アタッカーだ。後衛アタッカーに分類される私と距離を取ったままでは勝ち目がないからね。移動先は私の背後かな? それとも側面? 敢えての正面とか?」
ローブ女が自信満々に俺の次の行動を予想する。
会話で油断したところを、【空間跳躍】で接近して攻撃する。
確かにそれが一番有効な手段だと思う。
――だが、不正解だ。
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