71.応接
パーティーはまだ続いているが、会場を後にした俺は、セルマさんと一緒に総長の後ろを歩き、本館の応接室に向かっている。
「楽しんでいたところ、すまないな」
前を歩く総長が申し訳なさそうな声を掛けてくる。
「いえ、充分楽しませてもらったので。それにこれは俺とセルマさんが対応しないといけないことだと思いますし」
「そうか。楽しんでくれたようなら良かったよ。……改めてになるが、九十三層到達おめでとう。私はキミたちを誇りに思うよ」
「いえ、これからです。九十三層到達は私たちの第一歩に過ぎません。私たちは更に先へと進んでいきます」
総長のお祝いの言葉にセルマさんが答える。
そうだ、みんなにとって黒竜へのリベンジは大きな目標ではあったけど、目的はあくまで大迷宮の攻略。
これからもこのクランは、大迷宮をどんどん攻略していくんだ。
「頼もしい限りだ。私たちも全力でサポートしていくから、無理せずにキミたちのペースで攻略を進めてほしい。――さて、目的地に着いたぞ」
総長と話しているうちに、目的地である応接室の前へとやってきた。
総長がドアをノックしてから、中へと入っていった。
その後に続いてセルマさん、俺の順で中へと入る。
部屋の中には、立派な格好をしている一人の老人がいた。
彼の名前はラザレス・エディントン。
エディントン伯爵家の前当主だ。
そしてエディントン伯爵は《夜天の銀兎》の大口のスポンサーである。
彼は既に家督を息子に継いでいるため、隠居同然で表舞台にはほとんど姿を出さなくなったが、それでも未だに強い影響力を持っている。
「ラザレス様、お待たせしました」
総長が礼をしながら挨拶し、俺とセルマさんは総長に合わせて同じく礼だけする。
「いやいや、急に押しかけた儂が悪いんだ。九十三層に到達できたと聞いて、居ても立っても居られなくてね。面倒だと思うけど、この爺さんと少しだけおしゃべりしてくれないかい?」
ラザレス・エディントンの印象は好好爺然とした人だ。
貴族でありながら、俺のような平民が相手でも柔らかい口調で話してくれる。
でも、それが逆に怖い。
この人は、魑魅魍魎が跋扈すると言われている社交界を生き抜いてきた人だ。
ただ人が良いだけの爺さんであるわけがない。
とは言っても、《夜天の銀兎》とエディントン伯爵家は利害が一致している。
だからこそ出資をしてもらえているわけだし、余程のことがない限りは敵にはならないはずだし、警戒は必要最低限に留めておいても問題なかった。
――今までは、な。
「オルン君は二週間ぶりだね。まさか本当にあっという間に九十三層へ行っちゃうとは。本当に凄いね。やはり今回の結果は君が居てこそなのかな?」
「恐縮です。私の力は微々たるものですよ。今回の結果は《夜天の銀兎》の実力があったからこそです。決して私一人の力では九十三層へはいけませんでした」
一人称を『私』にするのはやっぱ違和感があるなぁ……。
貴族相手に『俺』なんて言えないから仕方ないけどさ。
「相変わらず謙虚だね。セルマちゃんも今日はお疲れ様。アルバート君の敵討ちはできたかな?」
「……はい。これもラザレス様のご協力があってこそ成し得たことです。力をお貸しいただきありがとうございます」
「儂がしたことなんてほんの些細なことだよ。でもこれでみんなに良い土産話ができた。面白い話題を提供してくれてありがとう。君たちを信じていてよかったよ」
勇者パーティ時代にフォーガス侯爵から聞いた話だが、アルバートさんが亡くなって、到達階層も勇者パーティに抜かれたことから、エディントン伯爵家が所属する派閥から《夜天の銀兎》への出資を打ち切りにしようという声が上がったらしい。
そして、ほぼほぼ出資の停止で話が纏まりかけていたところに待ったを掛けたのが、この爺さんらしい。
この一か月間、勇者パーティの情報はほとんどない。
逆に《夜天の銀兎》は到達階層を九十三層に更新した。
ちなみに九十三層に到達しているパーティは、過去を含めて《夜天の銀兎》を加えた三パーティしかいない。
この状況を見れば、どちらに勢いがあるのか、民衆の関心があるのかは火を見るよりも明らかだ。
この爺さんがここまで読んでいたかは正直わからないけど、派閥内での発言力が更に強まったことは、言うまでもないだろう。
そして《夜天の銀兎》に対しても大きな貸しを作った。
ラザレス・エディントンが今後大きく動きを見せた時、それに《夜天の銀兎》が巻き込まれる可能性は充分に考えられる。
(この爺さんに対する情報は、これまで以上に集められるようにしておかないとな)
「あぁ、そうだ。ちょうど良い機会だから、オルン君に1つ聞いておきたいことがあるんだ」
……聞いておきたいこと?
「なんでしょうか」
「うん、勇者パーティのリーダー、《剣聖》オリヴァーのことなんだけどね」
オリヴァーのこと? ますます内容がわからない。
勇者パーティのことは話せる範囲で、既に話している。
「オルン君と剣聖オリヴァーが一対一で戦ったらどっちが勝つのかな? 魔術は使わないで、武術のみの戦いっていうのが条件ね」
魔術を使わない戦い?
俺の中で、戦闘中に魔術を使わないなんて選択肢は無い。
俺は確かにいろいろな武術を習得している自負はある。
でも極めているわけじゃないし、そもそも俺の身体能力は素の状態だと、上級探索者たちに劣る。
その差を埋めるために、支援魔術を中心とした魔術を戦闘に組み込んでいるし、俺が戦いで魔術を使わないなんて考えられない。
そもそもの話、魔力が無い場所なんて無いんだから、魔術が使えなくなる状況はまずないだろう。
魔術が使えない状況であれば、まず間違いなく意識が朦朧としているはずだから、そもそも戦える状況に無い。
この質問の意図がわからないな……。
「…………勝てますよ」
質問の意図はわからないけど、嘘を言っても言わなくてもあまり結果は変わらないだろうと考えて、俺は正直に答えた。
「……ふむ。オルン君には悪いが、君が剣聖オリヴァーに一度も勝ったことが無いって話を聞いたんだけど?」
どこでそれを聞きつけたんだ?
「えぇ、一度も勝ったことはありませんね」
俺の発言にセルマさんが反応を示す。
セルマさんはオリヴァーよりも俺の方が強いと思っていたようだ。
「うーん? 一度も勝ったことがないのに、本当に勝てるの?」
「一度も勝ったことがないと言っても、オリヴァーと戦ったのは、私が付与術士にコンバートする前の模擬戦が最後です。そしてラザレス様は、魔術無しの純粋な武術のみで戦った場合の勝敗についてお聞きされているのですよね?」
俺の質問に爺さんが首を縦に振って肯定した。
「であれば、勝てます。私はオリヴァーの癖を知り尽くしていますので、むしろ戦う相手としては楽な部類に入りますね。――ただ、勘違いしていただきたくないのですが、これはあくまで私とオリヴァーが一対一で戦った場合であれば、です。仮に同じ条件で、同種の魔獣をどちらが早く倒せるかであれば、私に勝ち目はありません」
オリヴァーは天才だ。
俺のような小手先の技術に頼らずとも、純粋な力で他を圧倒できる。
本来なら凡才である俺を含めた大多数の人間が、オリヴァーに敵う道理がない。
「なるほどね。確かに十年近く――いや、生まれた頃から傍で剣聖オリヴァーの動きを視てきた君だからこそ、武術のみという制限を受けても、戦えば勝てるということか。うん、納得したし安心したよ」
……安心?
まるでその条件で俺とオリヴァーが戦うような言い方だな……。
何を企んでいるんだ?
それからもセルマさんや総長も含めて1時間ほど会話をしたが、先ほどの内容が心の中でしこりとしてずっと残った。
◇
ラザレス・エディントンの応接が終わったが、次の予定がある。
それが、新聞出版社であるブランカからの取材だ。
勇者パーティでは俺が取材に応じていたこと、セルマさんと一緒にいることから、そちらに二人で向かった。
取材も一時間ほど受けたが、基本的にはセルマさんが受け答えをしていて、俺はちょくちょく補足をする程度だった。
取材の内容は、九十二層や黒竜戦についての一般的なものがほとんどであったため割愛する。
取材が終わってから、パーティー会場へと戻ると既に片づけをしていた。
まぁ、既に遅い時間になっていたため、これ以上外で騒ぐわけにもいかないもんな。
片づけを手伝ってから、アンセムさんやバナードさん、今日初めて話して仲良くなった成人以上の人たち数人と、外のバーに移動して二次会的なものをやった。
少しモヤモヤしているものはあったが、みんなと過ごす時間はすごく楽しいものだった。
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