66.92層攻略① 先手必勝
「らあぁっ! ……オルン!」
ウィルが迫ってくる翼のある獅子の魔獣に双刃刀を振るい、体勢を大きく崩させた。
すぐさま俺が急所にシュヴァルツハーゼを突き刺し、魔石に変える。
流石は黒竜のウロコをメインに優秀な鍛冶師が作った剣だ。
【切れ味上昇】を発動した、これまで使っていた剣よりも、シュヴァルツハーゼの素の状態の方が優れている。
更には俺のために調整されているため、他の剣のように自分が合わせる必要がなく、俺の実力を十全に引き出してくれているような感覚がある。
上級探索者がオーダーメイドに拘る理由を、本当の意味でようやく理解した。
百聞は一見に如かずとは、まさにこのことだな。
九十二層は巨大な渓谷のような場所だ。
九十一層とは対照的に魔獣の数が少ない。
しかし、一体ごとの戦闘力がかなり高い。
中には下層のフロアボスと良い勝負をする魔獣もいる。
高低差が激しく、飛行能力を持った魔獣も多い。
上を取られることが多いため、前後左右だけでなく上下にも気を配らないといけない。
九十二層に来てから早三時間。
俺が把握している九十二層の地形と、《夜天の銀兎》独自でマッピングしたデータを照合して、魔獣に遭遇しづらく、且つ可能な限り早くボスエリアに到達できるルートを選択している。
その結果、魔獣との戦闘も必要最低限に抑えられている。
今回の目的は九十三層への到達だ。
最後には黒竜との戦いを控えているため、体力温存のためにも道中の戦闘は必要最低限に抑えたい。
これが迷宮探索と迷宮攻略の大きな違いだな。
「あ、オルンくん手に切り傷がある。治すからじっとしてね」
ルクレに指摘されて左の手の甲を見てみると、軽く切れて血が滲んでいる。
「これくらいのケガでわざわざ回復魔術を使わなくても――」
「ダメだよ!!」
ルクレが叫ぶように大きな声を出して、俺の言葉を遮る。
「――あ、えっと、その、ばい菌が入っちゃうかもしれないからね! 治せるなら治した方がいいでしょ?」
……やっちまった。ルクレのトラウマを刺激しちゃったかな。
少し考えれば、この子が仲間のケガに敏感なことには気づいたはずなのに。
無神経だったかもしれない。
「……確かに重症化しちゃう可能性もゼロじゃないな。それじゃあ、お願いするよ」
「う、うん! まっかせて!」
◇
それから何度も戦闘を繰り返しながらも、順調に奥へと進んでいく。
そして、ようやく九十二層の最奥であるボスエリアへと続く洞窟が見えてきた。
どうやら今回はイレギュラーは起こらなかったようだ。
その洞窟をしばらく進むと、幅三メートル、高さ十メートルにもなる巨大な両開きの扉が見えてくる。
この扉の中に黒竜がいる。
中は直径七十メートルほどの巨大ホールのような場所になっている。
ちなみにほとんどのボスエリアは、広さの違いはあるが、同じような形状だ。
但し、九十二層のボスエリアは、先日戦った五十層のボスエリアとは違って天井は無く、吹き抜けになっている。
空中に移動されると、最悪の場合、攻撃魔術が届かないほどの高度まで上昇される可能性があるため、今回は翼の破壊が必須となる。
「……着いたな。各人、周囲を警戒しながら装備などの最終確認を。それとレイン、オルンは準備を始めてくれ」
自分の装備をざっと確認し、新調した収納魔導具を軽く点検する。
問題無いことを確認してから、シュヴァルツハーゼの刀身に魔力を収束させ、漆黒の魔力を纏わせる。
レインさんの方も目をつぶって集中しながら術式構築をしている。
「【前衛能力上昇】、【後衛能力上昇】」
セルマさんがウィルに【前衛能力上昇】を、後衛の三人に【後衛能力上昇】のバフを掛ける。
【後衛能力上昇】は【前衛能力上昇】と同様に、基本六種の内、【力上昇】を除いた五種のバフを同時に掛けることだ。
俺も自身に【全能力上昇】の【四重掛け】を発動する。
「よし、準備はいいか? ……行くぞ!」
セルマさんの最終確認に、俺たちは首を縦に振って応じる。
セルマさんが扉に触れると、大きな音を立てながらゆっくりと扉が開く。
俺たちがゆっくりとボスエリアへ入ると、上空から黒竜の咆哮が聞こえる。
黒竜は、ボスエリア中央辺りの上空二十メートルほどの位置で飛行していた。
黒竜を視界にとらえた俺は、すぐさま【魔力収束】で足場を作って、黒竜との距離を詰める。
『レイン! オルン! 予定通り黒竜を地に落とせ!!』
黒竜が炎弾を撃とうとしているが、それよりも早く、
「【天の雷槌】!」
黒竜の更に上空から極大の雷が降り注ぐ。
不意打ちに近いレインさんの攻撃は、黒竜を地に落とすことはできなかったが、空中でバランスを崩すことには成功した。
【天の雷槌】による攻撃が終わるころには、俺は黒竜の真上を取っていた。
黒竜は俺には気づいておらず、地上にいるウィルに注意が向いている。
「天閃……!」
シュヴァルツハーゼを振り下ろし、漆黒の斬撃を放つ。
今回は尻尾に防がれることなく、【瞬間的能力超上昇】込みの漆黒の衝撃波が、黒竜の左の翼を消し飛ばす。
更にバランスを崩した黒竜が、堪らず地面に落ちる。
うまく着地はできたようだが、忌々しげな表情で俺を睨みつけてくる。
(今回の黒竜は視界が狭いのかもな)
俺は空中に立って黒竜を見下しながら、この個体について分析をする。
魔獣は同種でも全てが同じというわけではない。
能力などに大きな差異は無いが、性格であったり、体の大きさであったり、といった個体差はある。
そしてそれはフロアボスでも例外ではない。
黒竜の正面を位置取っているウィルの持つ双刃刀の刃から、赤や青、緑といった様々な色が混在している魔力が発せられる。
ウィルの双刃刀は、武器でありながら収納魔導具でもある。
収納魔導具は、物質しか収納することができない。
しかし術式をいじることで、物質を収納できない代わりに、魔力を収納できるようにしたのが、ウィルの双刃刀だ。
収納できるのは、刃に触れているときだけであるため、なかなか収納タイミングがシビアであるが、魔法や魔術を実質無効にできる。
そして収納ができるのであれば、出現させることができる。
出現させた魔力は魔力流入の要領で、ある程度操ることができるらしい。
とはいえ、魔法や魔術へと変換された魔力は、魔力であって魔力ではない。
俺の【魔力収束】のように、魔力に直接干渉できるような異能を持っていれば別だが、そのような異能を持っていない者が、あの混沌とした魔力を操るのは、困難を極めるはずだ。
しかし、ウィルはそれを可能にしている。
本人の努力の結果か、はたまたセンスなのかはわからないが、あのじゃじゃ馬な魔力を完全に手懐けているように見える。
「よそ見してんじゃねぇよ! 混沌の斬撃!」
ウィルが双刃刀を横薙ぎの要領で振り払うと、混沌の魔力が斬撃となって黒竜に向かって飛んでいく。
その斬撃が、俺の方に意識を割いていた黒竜の顔面に直撃する。
ここまでは予定通り。
レインさんと俺の攻撃で地に落としつつ翼も破壊する。
これによってこちらに向いたヘイトをウィルが上書きする。
黒竜が怒りの咆哮を上げながら、周囲に五つの紫色のモヤを発生させた。
そのモヤの一つがムチのようにしなりながら、ウィルに襲いかかる。
それは悪手だ。
「んなもんが、通用するかよ!」
双刃刀の刃がモヤに触れると跡形もなく消える。
モヤも魔力の塊には変わりない。
つまり、ウィルには通用しない。
『パターンCで行く! レインとオルンはスイッチしながら黒竜を削れ! ウィルはヘイト管理、ルクレはウィルのサポートだ!』
『『『『了解!!!!』』』』
セルマさんの指示に全員が応答する。
レインさんが魔術を発動する。
俺が黒竜の真上から離れて黒竜の背後に着地すると、俺が先ほどまで居た場所から複数の【火槍】が黒竜に降り注ぐ。
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