56.ソロ戦闘
「よし! それじゃあ、午後からは大迷宮に行こう!」
魔獣について教えた後も各種ロールの考え方や、探索者としての心得といった基本的なことを教えていたら、ちょうど正午になった。
「え、いいんですか……?」
「あぁ、教育方針は俺に一任されている。お前たちも初日からずっと座学だと退屈だろうし、体動かしたいだろ? 今後の教育方針を決めるためにも、改めてみんなの実力を見せてほしい」
三人には食堂で昼食を摂らせようとした。ただし量は少なめにするように指示した。
俺は食堂で食べないのかと聞かれたので、俺は自作の携帯食を食べるから大丈夫と伝えたところ、三人が携帯食に興味を示して、全員で携帯食を食べることになった。
俺の作った携帯食の味は二の次で作っている。
不味くはないレベルまでは改良できているけど、美味しくはない。
当然三人とも携帯食を口に入れた瞬間、表情が固まった。
「なにこれ! 美味しくな――むごむご!」
「お、美味しいです、師匠! こんなものまで作れるなんて、師匠はすごいですね!」
キャロルが正直な感想を言おうとしたところで、ログがその口を手で塞いで、フォローしてくる。
「ぷは! 死んじゃうよ!」
「あはは……。味が微妙なのは分かっているから、無理しなくていいぞ。今からでも、食堂の食事にするか?」
「い、いえ! せっかくいただいたものを残すなんてできません!」
ログだけじゃなくて二人も全部食べるようだ。
こんなところで無理しなくていいのにな……。
◇
昼食が終わってから、大迷宮の十一層に到着した。
「さて、これから、お前たちには一人ずつ戦ってもらう。一人でどこまでできるかを見せてほしい。何かあっても俺が絶対に護るから全力で戦ってみてくれ。あと、戦うときはこのネックレスを首から下げるように」
一人と三人では、三人の方へ魔獣が来てしまう可能性が高いため、黒竜戦で俺が使っていたネックレスを首から下げてもらうことにする。
最初に戦うのはソフィーだ。
敵はスライム五体。
「ソフィー、がんばれー!」
「い、行きます! ……【火矢】!」
スライムは弱い魔獣の代表例に数えられる。
とはいえ、物理耐性が高く、弱点であるコアは体の中心にあるけど小さくて見えにくい。
そのため新人の剣士では、苦戦する相手だ。
ただし、ソフィーは魔術士。
スライム五体が相手でも、難なく倒せるはずだ。
スライムが苦手な、火系統の中級魔術である【火矢】を選択している。
スライムが近づいてきたら、落ち着いて距離を取る。
一定以上の距離を保ちながら、一体ずつ確実に倒していく。
並列構築ができれば、もっと殲滅速度は上がるだろうが、新人としては魔術の選択も、立ち回りも問題ない。
やはり、ソフィーにはこれから並列構築をマスターしてもらおう。
◇
続いてログの戦闘に入る。
敵はゴブリン四体。
ログは付与術士であるため、本来なら攻撃にはあまり参加しないで、味方のバフ管理に集中したほうがいい。
だけどパーティ人数が三人と少ないため、攻撃に参加せざるを得ない。
この三人についていける新人がいればいいんだけどな……。
ログは瞬く間に【土棘】や【火矢】などの魔術を発動して、ゴブリンを魔石に変えた。
戦闘を改めて見て確信した。
ログは並列構築ができている。
探索管理部は新人の指導をする場所だから、上級探索者に必要な並列構築を教えたとは思えない。
だとすると、独学でたどり着いたか、探索者の誰かに教わったのか。
いずれにしても、その歳で並列構築までできるようになっているとは。
ログは態度があれだったけど、既に探索者としては問題無い実力を持っている。
さて、ログにはこれから何を教えていこうか。
◇
最後にキャロルの戦闘だ。
敵はホワイトウルフ二体。
ホワイトウルフは素早い動きと、強力な嚙みつきが特徴の魔獣だ。
キャロルは相変わらず、敵にピッタリと張り付いて、攻撃を躱しながらカウンター気味に、ダガーで斬りつけている。
やはり、キャロルは前衛アタッカー向きだ。
俺の弟子になったからには、キャロルには死亡率がダントツで一番高い回避型のディフェンダーはさせない。
そんなリスクを負わせたくない。
ただ、現状で前衛ができる人がキャロルしかいない。
パーティにディフェンダーがいないのは致命的だ。
今はやむを得ずディフェンダーをさせているが、それも中層までだな。
下層に行ったら前衛アタッカーにコンバートさせる。
この三人についていけるディフェンダーを探さないとな。
キャロルが、ホワイトウルフを翻弄しながら一体を斬り刻んでいる。
片方に集中していたためか、背後から迫ってくるもう一体に無防備な背中を晒している。
「危ない!」
ソフィーが悲鳴混じりの声を上げる。
構築していた術式に魔力を流して【反射障壁】を発動する。
灰色の半透明な壁に触れたホワイトウルフが、進行方向とは逆に飛ぶ。
【敏捷力上昇】の【三重掛け】を発動して、一瞬でホワイトウルフとの距離を詰める。
そのまま目の前で無防備に空中にいるホワイトウルフを、両断する。
◇
「キャロル、今は一人で戦っているんだから、周りにも気を配らないとダメだぞ?」
なるべく責めた感じにならないように気を付けながら、キャロルを注意する。
「んー? 後ろからくることはわかってたよ? だから無防備にしていたんじゃん」
キャロルがさも当然のように発言する。
どういうことだ? 意味が分からない。
「わかっているのか? 今のは、大怪我していた可能性もあるんだぞ?」
「んー? ケガなんてしないよ?」
会話がかみ合っていない。
キャロルはそう言うと、握っていたダガーで自分の手首を斬りつけた。
当然手首からは多くの血が流れている。
…………は?
一瞬理解できなかったが、すぐさま【治癒】を発動すべく術式構築をする。
しかし、俺が発動する前に、傷はみるみるうちに治っていく。
(なんだ、これ……)
戸惑いを隠すことができず、心の中で呟く。
「これがあたしの異能だよ。どんなにケガしてもすぐに治っちゃうの! あたしは死なない体なんだ! 痛みにも慣れてるし、傷つくことなんて無いから安心していいよ!」
満面の笑みで告げてくる。
安心できるかよ!!
この子はアンバランスすぎる。
いつか、なんて悠長なことは言ってる場合じゃないかもしれない。
この異能があるから、いつも魔獣に突っ込んで行けてたのか。
偏った思考とこの異能。
こんな危ない思考はすぐにでも改めさせないと……。
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