25.オルン VS. 黒竜① 重ね掛け
俺はそのままみんなが集まっているところの近くに着地する。
すぐに収納魔導具から加工された魔石が付いているネックレスを取り出し、それを首からかける。
「セルマさん、コイツは俺が相手するんで、セルマさんたち引率者は全力で新人たちを護ってください。新人どもは怖いかもしれないが、じっとしていてくれ。絶対に護るから!」
「お、おい! オルン――」
セルマさんが何か言おうとしていたが、それを無視する。
顔を上げる黒竜。
俺はゆっくりとみんなから離れるように、黒竜の周りを反時計回りに走る。
黒竜は俺の走りに合わせて顔を動かし、視界の中心に俺を捉えて逃がさない。
きちんとヘイトは稼げているな。
のんびりとしたペースを変えることなく、黒竜の周りを反時計回りに三分の一程度進んだところで黒竜が動き出す。
俺の動きにしびれを切らし、登場直後と同じ炎弾を撃ってきた。
「そんな単純な攻撃が俺に通用するかよ!」
俺は左の手のひらを黒竜に向けながら既に構築していた術式に魔力を流す。
すると、オリジナル魔術が発動する。
「【反射障壁】」
左の手のひらの前に、灰色の半透明な壁が出現する。
炎弾がその壁に触れると、炎弾は遡行するように黒竜目掛けて飛んでいく。
【反射障壁】はその壁に触れた力の向きを、壁に垂直になるように強引に変更する魔術だ。
まあ、要するに触れた物が跳ね返る壁を生み出したってことだ。
炎弾が返ってくるなんて想定外の黒竜は、反応することができずに顔面に炎弾が直撃する。
「自分の炎でも食ってろ」
黒竜の視界が炎弾の爆発で塞がっているうちに、左手を地面に付ける。
また別のオリジナルの術式を構築し、魔力を流す。
「使う機会があるかは微妙なところだが、保険は必要だろ」
左手を地面から離して立ち上がる。
目の前の煙が晴れていき、黒竜が姿を現す。
黒竜の顔は無傷だった。
「わかってたけど、多少は傷ついても良くねぇか? お前の十八番の攻撃だろ? はぁ……。これは覚悟を決めないとダメだな……。あー……イヤだなぁ……」
呟きながらも術式を構築、魔力を流して魔術を発動する。
「……【全能力上昇】【五重掛け】!」
【全能力上昇】とは支援魔術の基本六種である、【力上昇】、【生命力上昇】、【魔法力上昇】、【抵抗力上昇】、【技術力上昇】、【敏捷力上昇】を並列構築して、同時に発動するものだ。
魔術名というよりは、同時に発動するときの名称に近い。
発動の難易度は上がるが、同時に発動しているため、バフの効果時間が全て同じになり管理がしやすくなる。
そして【重ね掛け】。
これが、バグを利用したチートによって確立した技術だ。
支援魔術は通常、既にバフが掛かっている状態で同じバフを掛けても、効果時間がリセットされるだけとなる。
俺の支援魔術で引き上げられるのは約二倍。
しかし、この【重ね掛け】では、文字通り二倍上昇した能力を更に二倍にできる。
つまりこれで四倍。
【五重掛け】では、これをあと三回繰り返すため、上昇値は約三十二倍だ。
この状態の俺であれば、仮にオリヴァーがセルマさんの支援魔術を受けていたとしても、簡単にあしらえる程に強くなっている。
ただし、デメリットはある。
これは何故か他人には使えない。
勇者パーティ時代何度か試してみたが、一度も俺以外の人には成功しなかった。
次に脳への負担が大きいこと。
【重ね掛け】も並列構築したうえで、ほぼ同時に発動している。
よって、俺はさきほど、自分にバフを掛けるために、計三十個の術式を同時に構築した。
術式の構築には脳内で膨大な計算をする必要がある。
魔術の使い過ぎとは、要は頭の使いすぎだ。
使いすぎれば脳が悲鳴を上げ、頭痛を引き起こす。
その状態で更に魔術を使えば、しばらく立つのも困難な状態になる。
俺の支援魔術の効果時間は三分ジャスト。
三分おきにこれを繰り返す必要があるため長時間の戦闘には向かない。
今回の戦いも短期決戦で終わらせなければならない。
俺がバフを掛け終わったタイミングで、黒竜が前足で踏ん張るように重心を前に移動させた。
それを見た俺はすぐさまその場で垂直にジャンプし、数メートル上空へ移動する。
……やっぱりだ。身体能力が三十倍以上も上昇しているのに、すぐに順応する。
まるで、今の状態が本来の俺であると錯覚しそうなくらい、違和感がない。
これも『器用貧乏』のおかげかね。
――っと、今は戦闘に集中だ。
俺がジャンプした直後、それまで俺がいた場所を黒い影が高速で横切る。
予想通り尻尾での攻撃だった。
こいつの尻尾を振ってくる攻撃はかなり早く、見てから反応して躱すことは困難となる。
かなり厄介な攻撃だが、予備動作を見逃さなければ回避は楽だ。
空中で身動きの取れない俺に、黒竜は炎弾で追撃を仕掛けようとしてくる。
俺が黒竜に左の手のひらを見せる。
さっきの【反射障壁】を恐れてか、炎弾を撃つことは無かった。
再び重心を前に移動し、俺の着地のタイミングでもう一度尻尾の攻撃をするようだ。
「正解だ。俺が相手じゃなかったら、な!」
俺は【魔力収束】で足元の魔力を収束し、即席の足場を作り出す。
【魔力収束】は俺とオリヴァーだけが使える異能だ。
本来、異能はその人だけの固有の能力とされている。
だけど何故か俺とオリヴァーは同じ【魔力収束】という異能を持っている。
オリヴァーはこれを必殺技として使っているが、これには色々な使い道がある。
魔力の足場に着地し、そのまま黒竜に突っ込むために足場を蹴る。
蹴る際に足場の魔力が拡散し、その衝撃が追い風となって、更に俺の移動速度が上がる。
黒竜は自分が攻撃するものだと思っていたようで、反応が鈍い。
黒竜と交差するまでの刹那の時間で、【切れ味上昇】と【耐久力上昇】のバフを剣に掛ける。
すれ違いざまに【瞬間的能力超上昇】を加え、首元を斬りつける。
全力で振るった剣は、黒竜のウロコを砕き、切り傷を付けた。
黒竜の背後に着地し、地面を滑るように勢いを殺しながら黒竜と距離を取る。
黒竜が咆哮を上げる。
五十層に現れた時とは違い、敵意のようなものを感じる。
ようやく黒竜は俺を敵として認識したようだ。
黒竜の周りにオーラのようなモヤのような、紫色の禍々しい何かが見える。
「チッ! やっぱり大したダメージにはなってないか……。様子見の時点である程度ダメージを稼ぎたかったんだがな」
そう呟きながら、更に黒竜との距離を取る。
その直後、紫色のモヤが、ムチのようにしなりながら俺の居た場所を叩きつけてきた。
黒竜はその巨体からもわかる通り、動きはそこまで速くない。
黒竜の主な攻撃は炎弾と尻尾による高速の打撃、それとその巨体を利用した質量の攻撃くらいだ。
本来であれば攻撃自体はそこまで脅威ではない。
しかし、全身が強固なウロコで守られているため、その攻撃だけでも充分に厄介な敵となる。
それに加えて、黒竜にはこの紫色のモヤがある。
このモヤは、ときにはムチのように、ときには槍のように様々な形をとりながら全方位に攻撃をしてくる。
恐らくは【魔力収束】のように周囲の魔力を使用した魔法だと思う。
一つだけでも面倒だが、以前勇者パーティで討伐したときは、最終的に十個も同時に使用していた。
つまり、まだ黒竜は本気になっていない。
黒竜はモヤで攻撃をしながら、体を反転させて視界に俺を捉えようとしている。
モヤを躱しながら、攻撃魔術を発動する。
「【火弾】!」
俺が撃ち出した、【火弾】は紫色のモヤに簡単に防がれる。
【火弾】が小さく爆発し、煙が黒竜の視界から俺を消す。
黒竜の視界から逃れた俺は、再び黒竜に接近し、右前足を斬りつけ浅い傷を作る。
剣を振るために一瞬スピードを緩めた隙を黒竜が見逃すはずもなく、モヤが再びムチのように攻撃してくる。
それを視界の端で捉えていた俺は、モヤを躱しながら黒竜の腹の下に潜り込む。
そのまま腹も斬りつける、がこれも浅い切り傷を付けるだけに終わる。
「ホントに全身硬ぇな!」
黒竜の右側面でモヤが無数の針に変化して、俺に向かってくる。
「【土壁】!」
先端を尖らせながら地面を隆起させる。
盛り上がらせた地面で黒竜の腹部を攻撃するとともに、針の攻撃を防ぐ。
針のとんできた方向とは逆から黒竜から距離を取ろうと移動する。
黒竜の下から抜け出したところで、尻尾がすごい勢いで迫ってきた。
「っ!? 【反射障壁】!」
【反射障壁】を咄嗟に発動する。
【反射障壁】に触れた尻尾が、バウンドしたように逆方向へと飛んでいった。
(あっぶね……、念のため【反射障壁】の術式を構築しておいてよかった)
◇
その後も何度か攻防が続く。
俺は黒竜の攻撃を掻い潜りながら、何度も黒竜を斬りつけるが、浅い傷を付けることしかできていない。
そろそろバフを掛けてから三分が経過する。
黒竜から大きく距離を取ってから、バフの効果時間をリセットするために、再度三十個の魔術を発動した。
(黒竜の動きは前回の戦いで把握しているから攻撃は躱せる。しかし決定打が無い。もう少し無茶するしかないか……。くそ! 今ここにあいつらが居てくれたらって、つい考えてしまう……!)
前回の黒竜戦は、デリックとルーナがモヤの対処をして、オリヴァーとアネリが火力に物を言わせて倒したようなものだ。
しかし、今そのメンバーは誰一人としてこの場にはいない。
(無いものをねだったところで何も始まらない。だったら黒竜に勝つために、俺が勇者パーティ全員の役割を一人で全てこなすだけだ! それが俺の理想の剣士像だろ!)
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