164.年越し
長時間にわたる戦闘の末に大蛇を討伐した俺たちは、南の大迷宮の九十四層へとやってきた。
「キャー! 白い! さむーい! あはは!」
吹雪が吹き荒れている九十四層でルクレが子どものようにはしゃいでいる。
「あれだけ魔術を発動しておきながら、はしゃぐだけの元気がまだあるのかよ……」
ルクレのハイテンションな姿を見たウィルが呆れたように呟く。
でも、それには同意する。
ルクレもレインさんほどではないが魔術をかなりの回数発動している。
その回数は二桁には収まらない。
大量の並列構築や発動待機といった脳に負担を強いることはあまりしていなかったとはいえ、疲労は相当なものであるはずだ。
それでもまだあれだけ元気なのは、彼女がタフであることの証左に他ならないだろう。
ルクレを除く俺たち四人は結構ぐったりしていることからも、もしかしたらルクレが一番タフなのかもしれないな……。
ちなみに九十四層は極寒の空間となっている。
下層でも似たような階層は存在するが、ここは下層とは比較にならないほどに過酷な階層だ。
吹雪が常に吹き荒れていて数メートル先が見えなくなるほどに視界が悪い。
更には吹雪によって方向感覚が狂う可能性があり、深層という広大な空間で迷えば、氷点下を優に下回る気温によって体力が奪われ向かう先は〝死〟となる。
《黄金の曙光》でも九十四層に関しては本格的な探索をしていないため、俺自身もこの階層については知らないことの方が多い。
「ついに来たね。九十四層」
ルクレのはしゃいでいる姿に微笑ましい視線を向けていたレインさんが、改めて周囲を見渡してから口を開いた。
「あぁ。これで曙光に追いついた。後は超えるだけだ」
レインさんの言葉に応答するセルマさんには強い意志が感じられた。
九十四層の情報はほとんどなく、物理的にも先が見えない。
ここの攻略はこれまでとは比較にならないくらいに大変なものになることは想像に難くない。
もしかしたら脱落者も出てしまう可能性だって充分にある。
それでも最高到達階層を攻略して未到達領域に踏み入れるからこそ、民衆から勇敢な探索者――《勇者》と呼ばれるんだ。
不安もあるはずだが、セルマさんは真っ直ぐ前だけを見つめていた。
(セルマさんのこういうところが周りの人を惹きつけているのかもしれないな)
それからセルマさんたち四人が、九十四層の入り口にある水晶に自身のギルドカードをかざし階層登録してから地上へと帰還した。
◇
俺たちが地上に出た頃には既に太陽が完全に沈んでいた。
「あ! 《夜天の銀兎》の人たちが帰ってきた!」
そして大迷宮の入り口付近には大量の人たちが居て、俺たちをいち早く見つけた人が声を上げる。
身なりを見る限り集まっている人は、探索者も居るが大半が一般人だった。
そういえば、ブランカが発行していた今朝の新聞には俺たちが九十三層の攻略に挑むことが大々的に書かれていたな。
すぐさま俺たちは人に囲まれてあれこれと質問攻めをされる。
九十三層の攻略で疲労が溜まっているため正直勘弁してほしいとも思っていたが、これも探索者の務めと自分に言い聞かせて、外向きの笑みを浮かべながら次々に飛んでくる質問に答えていく。
俺たちが九十三層を攻略したという情報は瞬く間にツトライル内に行き渡り、街全体がお祝いムードで湧き上がっていた。
やはり《黄金の曙光》の失墜は市民にも大きなダメージを負わせていたのだと、街の盛り上がりを眺めて改めて感じた。
だからこそ俺はこれからも市民の期待に応えられる探索者で居続けたいと思った。
その翌日からは新聞社の取材を受けたりスポンサー主催のパーティーに出席したりと忙しい日々を過ごし、気が付くと今年も残り数時間となっていた。
ようやく少し落ち着いた俺たち第一部隊は、五人で和やかな時間を過ごしていた。
「今年はオルンが加入してくれて、私たちは大きく前進することができた。オルン、改めて《夜天の銀兎》に加入してくれてありがとう」
「ありがとう、オルン君」「ありがとー!」「サンキューな」
突然セルマさんがすごく柔らかい声で俺に感謝の言葉を投げかけると、他の三人もセルマさんに続くように感謝の言葉を口にしていた。
四人は満面の笑みを浮かべていた。
「……いきなりどうしたの?」
「今年ももう終わりだからな。改めて礼を言いたかったんだ。私たちがここまで来られたのは間違いなくオルンのお陰だ」
「そうよ。去年の今ごろの私たちには大きな壁が立ち塞がっていて、一歩も前に進めていなかった。そんな壁をオルン君が壊してくれた。私たちはオルン君に本当に感謝しているの」
「うんうん! オルンくんがウチに来てくれてから何もかもが上手くいってるもん! 今まではオルンくんに頼ってた部分が大きかったけど、ボクたちも九十四層に到達して少しはオルンくんに追いつけたと思うんだ。これからはボクたちがオルンくんに頼られるように頑張るよ!」
「そうだな。これから先、今まで通り上手くいくとは限らねぇけど、オレたち五人ならどんな苦難にも立ち向かっていけると思うんだ。だから、これからも一緒に頑張っていこうぜ!」
仲間一人ひとりから温かい言葉を貰う。
その言葉一つ一つに色々な感情が揺さぶられる。
とても一言では言い表すことができない。
――――――。
「……えっと、ありがとう。こういう時なんて言うのが正解なのかわからないけど、みんなの言葉、すごく嬉しかった。俺の方こそ、俺を仲間として受け入れてくれて、みんなには感謝しているよ。今なら胸を張って俺の居場所はここだと言える。そんな場所ができたことが何よりも嬉しい。だから、その、これからも、よろしく」
それからはお互いに今年の良かったことや反省点など、今年一年についての話に花を咲かせていた。
この一年は本当に貴重なものだった。
今年の初めは、まさかこんな年越しを迎えるなんて夢にも思っていなかった。
来年も今年以上の一年になることを願いながら、俺たちは今年の残り少ない時間を共に過ごした。
――それから数刻が経過し、四聖暦六三〇年を迎えた。
言い換えるとそれは、俺にとってターニングポイントとも言える一年が訪れたということだ――。
最後までお読みいただきありがとうございます。
話の流れ的にひと区切りといった感じですが、第五章はもう少し続きます。
当初はあと数話使って物語を動かしてから第六章に進む予定でしたが、それだと第五章単体で見たときに盛り上がりに欠けるかなと思い一つエピソードを追加することにしました。
それに加えて現在裏で動いているシオン視点のエピソードも書きたいなと思っているのですが、需要ありますか?
以上、次話もお読みいただけると嬉しいです。






