救い1
ざく、ずしゃ。
ざく、ずしゃ。
土を掘る音、放る音が、やけに鋭く耳に刺さる。
棺が土を被って少しずつ見えなくなっていく。
苛立ちにも似た感覚にじりりと焦がされることに耐えきれなくなり、傍に控えていた乳母にディーネを託すと、シャベルを持つ男の一人に声をかける。
「貸してくれ」
涙がぱたぱたと土の上に落ちては消えていくのも気にせず、憑かれたように無心にシャベルを振るった。
残滓と呼ぶには多すぎる愛しさを、悲しみを、後悔を、憤りを、憎しみを――全部、あの空の棺に押し込んで埋めてやろうと思った。
そうしないと公爵のように呑まれてしまうんじゃないかと、怖かった。
* * *
私とグラ公爵ダンケルとの確執は、語り尽くせないほどだった。
マリーの身投げ騒動と熱烈な口づけを披露したおかげで完全に公然の仲となったことが幸いし、世間体を考えればグラ公爵であってもそう簡単には婚約を撤回することは困難だった。だがそれでも彼はマリーの結婚を最後まで渋った。
けれどこれまで公爵がマリーを幽閉し虐待してきたことを糾弾し、父親として持っている保護監督権を剥奪、婚約者である私が引き継ぐ法的手段を講じることも辞さない――という強硬な態度で一歩も引かず、内々で済むギリギリまで争い続けた結果、最後に公爵は苦々しく「勝手にしろ」と言い捨てた。
そして無事に式を挙げ、今こうして初夜を迎えるに至っているわけなのだが――。
マリーは恥じらいから背中を向けてはいても、自らネグリジェをするすると脱ぎ始める。
「マリー……なにも、今夜でなくともいいだろう? 実は少し飲み過ぎて……」
うっかりするとその白くて華奢な背中に触れてしまいそうで、窓の外に視線を泳がせた。
するとぐいっと眉をつりあげたマリーが私の前に回り込んで、口元に鼻を寄せる。
「嘘。全然酔ってないじゃないの」
厳しい指摘をするマリーは既に清楚なシュミーズ姿だ。
透けるほど薄いシュミーズの下には、目に眩しいほどの純白を基調にアクアマリンのような淡い青糸でバラが刺繍された清楚な下着と、陶器のようにすべらかな肌。
それらが文字通り目と鼻の先にあって、本能的に息をのむ。
実際、いっそ潰れるほど祝酒に酔ってしまおうかと思って散々飲んだのに、もし前後不覚にマリーに手を出してしまったらという恐怖から、どれほど飲んでも全く酔いなんか回らなかった。
「………まだ16じゃないか。焦らなくても、いつだって………」
「だめ。ずっと明日にするって踏ん切りがつかなくなるから」
再度目をそらして二の足を踏む私のシャツのボタンを、マリーがゆっくりと外していく。
「つかなくても、いいだろう……?」
時間がほしかった。
マリーが死にたくないと思うほど、彼女を幸せにするための時間が。
シャツのボタンを外し終わったマリーは、ちょんと私の鼻先を人差し指でつついて笑った。
「つけなきゃだめ。グラ家の娘を娶ったあなたの義務だわ」
「義務?」
――あなたは自身の命より大事なものがありますか?
――父は、母がなにより大事だったのです。
脳裏に閃いた言葉に、呻いた。
「……その義務を果たさないと疫病でも流行るのか?」
成婚から4年も子宝に恵まれず、さらには疫病が発生するという不運に見舞われたグラ公爵ダンケルは、知っていたのだろうか。
亡きグラ公爵夫人アンネが呪われていたことを。
呪いを知らずにマリーが生まれ、愛する妻を亡くした後悔から、その苛立ちをマリーに転嫁して虐待しているのかと思っていた。
けれど、もしかして、知っていて子を成そうとしなかった?
けれどそれでもなお、子を成さなければならなかった?
自分の命よりなにより大事だった妻を、犠牲にしなければならなかった?
領民を守るために?
マリーは、静かに笑っていて答えなかった。
つまり、イエスだ。
「……義務だったとしても、私は君を死なせたくない……」
呻くと、マリーははにかんで、私の胸にぴたりと額を押し当てた。
「何を犠牲にしても……君を、守りたい」
愛おしくてぎゅうっと抱きしめると、マリーは腕の中にそっと心から寄り添ったように思えた。




