6話
「まずきみの同僚ですね。こんな時間に女性に電話をかけてきたこと。大した要件もなかったこと、などですが」
解説講義をはじめた旦那さんは、まずそんな言葉を口にした。
そんなことまで気にしてくれるなんて、なんて旦那さんは紳士なのだろう。本当に素敵なひとだ。
と思ったのだが。
旦那さんの様子が少しおかしい。眉間にしわを寄せ、どこか遠くを見つめて息を吐いたかと思うと、私を見つめ、そしてまた目をそらす。
それを何度か繰り返したあと、旦那さんは再び私をまっすぐ見据えた。今度は目をそらさなかった。
「……今のは表面上ですね。それ以上に、電話の相手が君だったこと、君を食事に誘っていたこと、そもそも君の連絡先を知っていることなど、が彼について腹立たしい原因です」
「は?」
なんだか方向性がおかしくなってきた。それは、あまり関係のない話ではないだろうか。
「君に怒っていた理由も似たような点です。君が彼に連絡先を教えたこと。彼の電話に出たこと。僕と一緒にいるのに、僕の知らない男と話していたこと。そんなところでしょうか」
これは、私の想像していた展開と、なんだか少し違うような気がしてきた。
私は、今まで彼氏というものがいたことがない。正直に言って、キスもしたことがない。だって、ずっと旦那さんがいたから。旦那さんの方は、数人の彼女がいたらしいのだけれど、そんなことはこの際どうでもいい。私より10ちょっと年上なんだから、そんなこともあるだろう。そうじゃない。今議論すべきはそうじゃなくて、これは、噂でしか聞いたことがないけれど、いわゆる……
「ヤキモチ……?」
「可愛らしく言うと、そんなところでしょうね。まあ、実際のところは、嫉妬、と漢字をあてはめた方がしっくりくるような気がしますが。独占欲、でも構いません」
私がおそるおそる聞いた疑問に、なぜか旦那さんは自信があるかのように(いや、本当に表情はいつもどおりなのだけど)きっぱりと答えた。
「な、なんでそんなに開き直っているんでしょうか」
「僕がそれらの感情を覚えたことが事実だからです。事実を認めない人間ほど、見苦しいものはありませんよ」
「そうですけど」
なんだか、旦那さんのイメージが少し変わった。丁寧で物静かなのは変わらないのに、どこか傲岸不遜に見えるのは、私の気のせいなのだろうか。
というか、独占欲にせよ嫉妬にせよ、一体どういうことなのだろう。
わけが分からない。だって私たちは「離婚」済みで、今私と旦那さんの間には何の関係もないはずなのだ。
もしかしたらアレかな。幼馴染であり、妹同然でもある私に対する気持ちとかなのかな。少し前までは婚約者でもあったことだし。花嫁の父とか、そんな心境なのかしら。
そんなことを私が思っているのだと旦那さんは見抜いたのかそうでないのか、どこか苦々しい笑みを浮かべて、また息を吐いた。
「まぁ、何より僕は僕に怒りを覚えているのですが。本当はこの前の夜に言うつもりだったのに、怖がって後回しにしてしまった。そのせいで誤解とすれ違いが起きてしまったんです。僕の所為なのに、僕は嫉妬なんてしている。そんな僕が腹立たしい」
ふと彼がうつむく。心配になって少しだけ覗き込むと、私は突然温かいものに包まれた。旦那さんの腕だった。いつのまにか私は旦那さんの腕の中に閉じ込められていた。
「奥さん。臆病で情けない僕を許してください。ようやく言おうと思って手紙を書いたのに、君にまで先を越されてしまった」
「許します。許しますけど、いったい」
ぐ、と腕の力が込められる。苦しいです旦那さん、と言おうとして私が口を開いた、それとほぼ同時に旦那さんは私の耳元で囁くように、しかししっかりとした声音で言った。
「奥さん。僕は、ずっとずっと前から、君のことを愛しています」




