【コミックス4巻発売記念SS】懐かしい言葉と誘い
クレアが逆行したあと、王立学校に通い始めたばかりの頃のお話です。
(このままでお読みいただけますが、キャラクター設定は書籍版がベースになっています)
パフィート国の王立学校へ留学して数日。新しい生活にも慣れつつあるクレアは、毎日カフェテリアで繰り広げられる光景にも慣れ始めていた。それは。
「ヴィークお兄様がランチを取る場所は一番いい席って決まっているの! 皆様、どいてくださる!?」
取り巻きにも見えるおとなしそうな令嬢を引き連れ、カフェテリアの日当たりのいい席で喚き散らしているのは、王弟の娘・ニコラだった。
ふわふわの髪を二つに結びあげ、丸い目を一生懸命に吊り上げて金切り声をあげている。ニコラの攻撃の矛先になった令嬢たちは困ったように目を泳がせていた。
「あの、ニコラ様。昨日は向こうの席を空けるようにと仰っていたので、今日はこちらに移動したのですが……」
「昨日は曇っていたから日当たりよりも景色を重視したの。今日はいいお天気だからここがいいのよ!」
そんなこともわからないの、と言いたげに顎を突き出すニコラは、一度目の人生でクレアの記憶にあるものとそう違わない。
柱の陰から見守っていたクレアは、これはどうしたものかと目を瞬いた。
(毎日このような感じなのよね。ニコラ様は王立学校に入学されたばかりで、張り切っていらっしゃるのはわかるけれど……)
一度目の人生のとき、クレアはうっかりこのトラブルを仲裁しようとしてしまった。結果、ひどく目立ってしまったことが懐かしい。
しかしノストン国からの正式な留学生である今回はそうはいかなかった。何よりも、ヴィークと一緒に昼食をとっている姿を見たことがないのも不思議だった。
忙しいのか、ヴィークはあまりこのカフェテリアを訪れていないのだ。
「……ニ、ニコラ様……」
「ニコラを知っているのか?」
「ええ、まあ。……!?」
背後から話しかけられて自然に答えたクレアだったが、そこにいる人物に驚いて息を呑む。ヴィークが呆れたような表情で立っていたのだ。
「カフェテリアに来たのはニコラが入学してからはじめてなんだが……いつもあんな感じなのか?」
「ええ……。ほぼ毎日のように、ヴィーク殿下のためにお席を確保していらっしゃいますわ」
「はー、ニコラは本当に……。しかしああ見えていいとこもあるんだがな」
「ふふっ。そうでしょうね。どことなくかわいらしいお方ですわ」
ため息のヴィークに微笑んで同意すると、ヴィークが驚いたように会話を止めた。
「……。あれをかわいらしい、と言えるなんてクレア嬢は相当じゃないか?」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
ユーモアを感じさせる言い方が、一度目の人生でよく交わされていた軽口を思い出させる。それがまた自分に向けられたことがうれしくて、切なくもなった。
「さて、止めてくるか。あの令嬢たちにも今後同じようなことを言われても席を譲らなくていいと伝えてこないとな」
「ええ、ぜひそうなさってください」
微笑んで見送ろうとするクレアに、ヴィークは不思議そうにする。
「クレア嬢もランチはこれからだろう?」
「ええ」
「では、行こう」
「!? 行こう、って……えっ!?」
どうやらヴィークはクレアをランチに誘っているらしい。戸惑うクレアだったが、ヴィークは当然のように数歩先でクレアがついてくるのを待っている。
「お腹、空いてない?」
「!」
エスコートをするように手を差し出されてしまえば、クレアはその手を取るしかない。どことなく懐かしい言葉と、少し強引に誘ってくるのがヴィークらしかった。
「……では、ご一緒してもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろん」
「ありがとうございます」
何度も聞いた言葉が懐かしくて、思わずクレアは笑顔で答える。
ヴィークからクレアに向けられる笑みはまだ、優しくても形式ばったものだ。この王立学校に通う生徒たちに対するものとほぼ一緒で変わらない。
けれど、一度は失われた未来がここにある。
クレアには、その幸せだけで十分だった。




