【コミック3巻発売記念SS】かんちがいと温もり
「こんにちは」
ある休日。王宮の中庭を散歩していたクレアは、目の前でキースの後ろに隠れようとする小さな男の子に微笑みかけていた。
「……こん……にちは」
男の子も、頬を赤くして恐る恐る挨拶を返してくれる。
柔らかな彼のブロンドの髪をわしゃわしゃと撫で回しながら、キースが笑った。
「俺の甥っ子だ。事情があって、今日だけ特別に預かってるんだ」
「まぁ、そうなのね。……初めまして、クレアと申します」
まだ3歳ほどに見える男の子は、クレアの挨拶にそっと手を伸ばしてくる。
「……ロイド」
(か、かわいい……)
「ロイドというお名前なのね。今日はキースお兄様と一緒の日なのね?」
「……うん……」
視線を合わせると、ロイドは目を輝かせてクレアの手を掴んだ。
「でも、クレアともいっしょにあそぶ」
「……!」
(なんてかわいいの……!)
「こら、ロイド。クレアにも予定ってものが」
「いいの。だって、今日のヴィークはリュイやドニと一緒に公務にお出かけだもの。時間はたっぷりあるわ」
ということで、王立学校の課題を終えて時間を持て余していたクレアは、その日一日をロイドと一緒に過ごしたのだった。
◇
それからしばらく経ったある日。
クレアの部屋を、微妙な顔をしたヴィークが訪ねてきた。
「……どうしたの? そんな顔をして」
「クレアのところに行くと言ったら、キースにこれを渡すように言われた」
「……?」
ヴィークの手の上に載っているのは、ピンク色のリボンがかかった小さな箱だった。あきらかに誰かからの贈り物とわかるそれに、クレアは首を傾げる。
「キースから私にプレゼントかしら……?」
「いや、違うらしい」
「ではどなたから」
「ロイド、という男だと」
「!」
クレアは、ヴィークの表情の理由を理解した。ヴィークの中では、この箱は見知らぬ男からクレアへの贈り物なのだろう。
(キース……どうしてそんなに誤解を招く言い方をするの……!)
ヴィークの勘違いを正すため、クレアは慌てて弁解する。
「違うの、ヴィーク。この前、ヴィークが不在だった休日にキースの紹介でロイドっていう男の子と一緒に遊んで、」
「不在中にキースの紹介?」
良くない部分だけを切り取られてしまったようだ。
「ええと……一日一緒に遊んだだけなの」
「……一日一緒にいた!?」
「……あの、まあ」
どうやら、これはダメなやつらしい。すっかりやきもちを焼いているらしいヴィークの前では、どんな弁解も新たな誤解のもとだった。
困り果てたクレアは、ヴィークにぎゅっと抱きつく。
「あなたが勘違いするようなことは何もないわ。これは、キースの甥っ子が、」
「何か事情があるんだろう。最近忙しくて一緒にいる時間が少なかった。……寂しい思いをさせて本当にすまない」
「えっと、あの、」
ヴィークの腕がクレアの背中に回り、髪が優しく撫でられる。クレアを気遣い、謝罪をくれるヴィークに「違うそうじゃない」とは言えなかった。
(……どうしよう……)
クレアは、とりあえずヴィークの腕の中で幸せに浸ることにする。彼が忙しくて、なかなか二人の時間が取れないのは本当のことだったから。
箱にかけられたかわいらしいピンクのリボンを解き、中から出てきたどんぐりに二人で微笑みあうことになるのは、その三分後のお話。




