【書籍2巻発売記念SS】星空の下、願いはひとつ?
「わぁ。綺麗ね」
息を弾ませて丘を駆け上がったクレアは、頭上に広がる満天の星空を前に声をあげた。
「王都から日帰りで行ける範囲の中では、ここが一番美しく見える場所だな」
「ふふっ。案内してくれてありがとう。こんなに綺麗な星空を見たのは初めてだわ」
得意げなヴィークに微笑みを返し、クレアはあらためてもう一度空を見上げてみる。
パフィート国で秋の終盤に見られる流星群は、とても煌びやかで華やかなものだ。
ちょうど、今夜は新月。
星が特に綺麗に見えるだろうということで、クレアはヴィークや側近たちと一緒に王都から少しだけ離れた丘にやってきていた。
その評判通り、宝石箱のように大小たくさんの星が瞬く頭上では、絶え間なく無数の光が流れていく。
一緒にこの丘を訪れたはずのリュイたちは少し離れた場所からこちらを見守ってくれている。クレアとヴィークが二人でこの星空を楽しめるようにという気遣いなのだろう。
(とてもうれしいけれど……)
想像していなかった周囲からの『恋人同士』としての扱いにクレアが少しの緊張を覚えると、急に腕がぐっ、と掴まれた。
「クレア様!」
けれど、クレアの腕を掴んだのは、ヴィークではなくニコラだった。
「ニ、ニコラ様。どうかなさいましたか?」
「ニコラ。少しは空気を読んでくれないか?」
「何のことかしら? ヴィークお兄様!」
今日この丘を訪れたのはいつものメンバーだけではない。ヴィークの従妹にあたるニコラも一緒だった。
一緒に流星群を見に行きたい、というニコラの望みをヴィークが却下しようとしたのを、クレアが引き留めたためである。
ふわふわのツインテールを揺らし、真ん丸の目を一生懸命につり上げたニコラは、クレアの腕を握る手に力を入れて続ける。
「パフィート国では、この流星群に願いをかけると叶うと言われているのですわ。クレア様、せっかくですからお願いをされてみてはいかがかしら? 願いは星の数だけあっていいというこの国の風習よ」
絶対に二人をいい雰囲気にしない、という固い決意を感じさせるニコラの眼差しに、クレアは顔を綻ばせた。
「そうですわね……それはとても贅沢なことですが……願いはきっと、ひとつだけです」
「たった……ひとつ?」
驚いて素に戻ったらしいニコラは、本来のキョトンとした表情でクレアを見てくる。
クレアの願いは、妹・シャーロットが誰かを不幸にしないことである。けれど、自分でできる範囲のことは意外にも限られていて、本当にもどかしいところだった。
ニコラの言葉通り、このたくさんの星を包んだ流星群に願いをかけたくなってしまうほどに。
「ニコラ、クレアは星の数だけ願いをかけるようなタイプじゃないぞ?」
「それは分かるけれど……でも」
苦笑するヴィークを前に、ニコラは複雑そうな表情を見せている。
(きっと、ニコラ様には不安がたくさんあるのだわ)
ニコラのノストン国への留学はもう確定している。今こうしている間にも着々と準備は進んでいて、春には王立貴族学院の一員となるのだ。
パフィート国のお姫様として育ってきたニコラが国の外へ出るのは初めてのこと。それを踏まえると、こうして強がっていることすら、さすが大国の王族にふさわしい振る舞いと思えた。
「で、ニコラは、どんな願いを?」
「ヴィークお兄様、レディにその質問は無粋ですわ!」
ヴィークの問いに、ニコラはなぜか顔を赤くして声を張り上げるとそっぽを向いた。さっきまでクレアの腕をがっしりと掴んでいた手はいつのまにか離れている。
「確かに今のはヴィークが悪いね」
「いくら従妹相手でも、その質問はマナー違反だよねー?」
いつの間にか側まで来ていたリュイとドニも一緒に空を見上げる。
楽しげな皆の輪の中で、クレアの隣にいたニコラがぽつりと呟く。それは、クレアだけにやっと聞こえるほどの、小さな声。
「ヴィークお兄様は私の憧れだけど……クレア様といらっしゃるときはいつもと少し違うわ。何がって聞かれたら答えられないのよ? でも、やっぱり違う」
「……そうなのですね」
ふわりと微笑んだクレアに、ニコラはさらに小さな声で続けた。
「だから、私も恋がしてみたいなって思ったの。ヴィークお兄様とクレア様みたいに。……内緒よ?」
「……とても、素敵だと思いますわ」
めいっぱい強がるこの高貴な少女はまるで妹のようにかわいらしく、笑ってはいけないと思いつつもクレアの心は温かくなる。
ここにあるのは、頭上を埋め尽くすほどの幾千の輝き。
クレアは、ニコラの想いが叶うように、ひとつ、願いを追加したのだった。




