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【4/15コミックス7巻発売】元、落ちこぼれ公爵令嬢です。(WEB版)  作者: 一分咲
番外編

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76/80

【コミックス発売記念SS】バレンタインの二人

「バレ……ンタイン?」


 不思議そうな顔のヴィークに、クレアはニコニコと頷く。


「ええ。どこか遠い国のイベントのようなのだけれど。チョコレートを贈り合う日だと聞いたわ」


「そんなイベントは初めて聞いたな」


 当然である。昨夜、クレアは『みなみ』の夢を見た。なぜか普段はすっかり忘れている、もう一つの世界。魔力を使い過ぎたときにそちらを覗くことがあったけれど、昨夜の夢はそういう類のものではなかった。 


 夢の中のみなみは友人の璃子と一緒に新宿のデパートで有名パティスリーのチョコレートを選んでいた。みなみは自分用に、璃子は推しキャラ(リュイ)用に高額なチョコレートを選んだところがまたリアルである。


 バレンタインのことを思い出してヴィークにチョコレートを贈ることにしたのはいいけれど、その文化を知らないヴィークに一から事情を教えるのはなんとなく気恥ずかしい。


 ということで、どういう相手にチョコレートを贈るのかという説明は省くことにした。


 今朝からクレアは厨房を借り、簡単なチョコレートを作った。クリームに刻んだチョコレートを溶かし混ぜ、仕上げにドライフルーツやナッツを飾り付けたものである。一口サイズなら、執務の合間にも食べられるだろうと思ったのだ。


「だから、これをヴィークに」

「ありがとう。……へえ、自分で作ったのか」


 さっそく箱を開けたヴィークは目を丸くしている。


 夕食後にクレアの離宮で語らうのんびりとした時間。ディオンはいつも通り気を遣って下がっている。湯気の上がるティーカップと、部屋を照らす温かいオレンジ色。そこに漂う、チョコレートの甘い香り。


「ん、おいしい」

「よかった!」


 ヴィークの感想にクレアの表情は綻んだ。……けれど。


「ヴィーク……?」

 目の前の光景に、クレアは顔を引き攣らせた。


 クレアの鼻先には、チョコレートがある。今朝、自分が作って冷やし固めて気持ちばかりのデコレーションをしたチョコレートが。


 しかし、問題はなぜそれがこの位置にあるのかということ。そのチョコレートをつまんでいるのは、紛れもなくヴィークの指だった。


「おいしいから、クレアも」

(お行儀が……というか、これは無理では……)


 クレアは慌てて顔の前に両方の手のひらを上に向けて差し出す。この上に置いてください、という意味だったのだけれど、ヴィークは微笑んだまま首を横に振った。


「ヴィーク?」

「食べて」

「……!」


 どうしよう、と迷ったけれど、ヴィークはいつも通り真っ直ぐにこちらを見ている。きっと、自分がチョコレートの箱を持っているからという単純な理由で食べさせようとしてくれているのだろう。


(……)


 この距離の近さと甘い空気が恥ずかしいとは言えなくて、クレアは覚悟を決めた。


 恐る恐る口を開けて、ぱくり、とヴィークの指からチョコレートを食べる。口中にじんわりと広がっていく甘ったるさと、ほろ苦いチョコレートの香り。


(……あ!)

 気を付けたはずなのに、ヴィークの指先に唇が触れてしまって、クレアは慌ててハンカチを取り出した。


「ごめんなさい」


 クレアがヴィークの指先にハンカチをのせると、その指は少し震えていて。顔を上げると、ヴィークが楽しそうに笑っているのが目に入った。


「いや大丈夫だ」

「もう……わざとね?」

「悪い。反応がかわいくて」


 ヴィークはそのままクレアの頬に落ちていた髪の毛を指先で梳いて、耳にかけた。その仕草にはあまりにも余裕が感じられて。自分だけがドキドキしているのではないかと、クレアは少しだけ悔しくなった。


「それにしても……『バレンタイン』とは、チョコレートを贈り合う日なんだろう? 俺も用意したかったな」


 申し訳なさそうに言うヴィークに、たった今してやられたばかりのクレアはふふっと笑う。


「大丈夫です。女性がお慕いしている男性にチョコレートを贈る日だもの」

「……!? っつ」


 ちょうどティーカップに口をつけたところだったヴィークは、クレアからの予想外の発言にむせている。


「……どうしてそれをいま言う」

「さっきのお返しです」


 本当は伝えるつもりはなかったけれど、『あーん』でチョコレートを食べさせられたクレアの身にもなって欲しい。少しぐらいの仕返しは許されるはずだった。当然、今度、赤くなるのはヴィークの番である。


「ということは、そのお礼をする日もあるだろう?」


 気を取り直したように言うヴィークに、クレアは微笑んだ。


「それは……内緒ですわ?」

「……言うな?」


 オレンジ色の灯りの下、ヴィークの手がクレアの手に重なって、二人の会話は止まる。


 今日のキスは、きっといつもより甘かった。

 そう、チョコレートみたいに。


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