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【4/15コミックス7巻発売】元、落ちこぼれ公爵令嬢です。(WEB版)  作者: 一分咲
第二章

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67/80

67.ニコラの留学

!!!こちらはWEB版です!!!

二章以降(コミックス4巻以降にあたる部分です)、お話自体が大きく異なりますので書籍とは別の作品とお考え下さい。

 それから数か月。雪が降る季節に入ったころ、王宮の魔術師たちの努力によって『扉』はやっと完成した。


 クレアも手伝いたいところだったが、上位の魔力の色を持つ者でないと扉の構築には関われない。ノストン国側にクレアの魔力の色が淡いピンクでないと知れてしまう可能性があったため、クレアは代わりにディオンを派遣したのだった。


 ヴィークは二国間の関係をより強固にするため、どちらかの国で記念式典を行うべきだと上申していた。しかし、国王が魔力の消費量とニコラの留学の日程を考えると実施は難しいと判断し、盛大な式典は行われないことになったのだった。


 『扉』とはいっても、一人が往復するのに相当な魔力を消費するため、気軽に移動はできない。元々は転移魔法での移動がほぼ不可能だったのを『頑張ればなんとか』に改善したものだ。


 クレアは自分が役に立ちたいとヴィークに直訴したが『もう少しノストン国の動向を探ってから』というヴィークの命令に折れ、『扉』の運用はニコラを中心とした王族と王宮の魔術師たちが担うことになっている。


「お嬢様、ニコラ様がいらっしゃっていますわ」


 ロビーからソフィーが顔を覗かせる。

 明日は、ニコラがノストン国へ留学する日だった。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ、お呼び立てして申し訳ありません。でも、ニコラ様とまたお茶ができるのがうれしくて、ずっとそわそわしていましたの」

「そ、そう」


 クレアが茶目っ気たっぷりに微笑むと、ニコラのつり上った目が少しだけ本来のかわいらしい形に戻ったように見えた。


 ソフィーがワゴンにのせられたティーセットを運んでくる。今日は、ヴィークの誕生日の夜会のお礼と送別を兼ねて、クレアがニコラをお茶に誘ったのだった。


「……いい香りの紅茶ね。悪くないわ」

 頬を染めたニコラが、照れているのを誤魔化すように言う。


「よかった! ニコラ様は柑橘系の香りがお好きだと聞いたもので、おすすめの茶葉を取り寄せてみたのです」


 向かい合って座った二人はカップを手に微笑み合う。ニコラからクレアに向けられた笑みはぎこちなかったが、一度目の人生での初対面からは想像もつかないほど穏やかな時間だった。


 ニコラは、ヴィークとクレアが想いあっていることを受け入れているようだ。双方ともにあえてその話題は振らないが、今、ニコラがヴィークとクレアの間に割り込もうとすることはない。


「ニコラ様。ノストン国の王立貴族学院には私の妹がいます。……その、あまり勉強に熱心ではない子で。そろそろ洗礼式を迎えるのですが、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。妹には十分にお気をつけてお過ごしくださいませ」


 クレアは、できることなら『悪い子ではない』と言いたかったが、変にニコラを安心させて危険な目に遭わせるのは避けたい。そもそも、それ以前にアスベルトや兄オスカー、叔母アンの報告から浮かび上がるシャーロットは、悪い子そのものだった。


「……クレア様が、誰か……しかもご家族のことをそんな風におっしゃるなんて、めずらしいですわね」

 ニコラは意地悪そうな表情を作るのも忘れて目をしぱしぱさせている。


「彼女に一度会えばお分かりになるかと」

 クレアは伏し目がちに言う。


 クレアは、シャーロットが王立貴族学院内で変に孤立しているという話をアスベルトから聞いていた。


 表面上は楽しく過ごしているようなのだが、第一王子の婚約者という地位を鼻にかけながらも所作や教養が追い付かず、一部の令嬢たちからは避けられているらしい。


 先月は、その令嬢たちを学院から追放しようとしたことがアスベルト経由で兄オスカーの耳に入り、大目玉を食らったようだ。


(ディオンの禁呪は最終手段だったけれど……このままでは使う日が早まりそうだわ)


 せっかく楽しみにしていたニコラとのお茶会なのに、クレアは暗い気分になる。それを察したニコラが話題を変えた。


「……ノストン国のアスベルト殿下からは留学準備のことで何度かお手紙をいただいているの。おかげで、安心して行けるわ。殿下はクレア様の幼なじみなんですってね。……いろいろありがとう」


 後半は小声だったが、確かに、クレアへの謝意を示す言葉だった。


 一度目の人生のアスベルトは、シャーロットが魔力を目覚めさせる前からクレアよりもシャーロットと仲が良かった。もちろん、それはシャーロットの押しの強さが原因かもしれなかったが。


 それでも、程よく自由奔放で思ったことを口にするタイプのニコラは、根本的にシャーロットとよく似ている。その意味で、アスベルトとニコラはいい関係を築けるのではとクレアは期待していた。


「ニコラ様のお力になれてうれしいですわ。寂しくなったら、いつでも『扉』で帰ってきてくださいね」


「……先日の洗礼式の結果、私の魔力でも『扉』を使えば二国間を往復できそうだって分かったの。今さらお父様が『寄宿舎に入らず通いにしてはどうか』って言ってるわ。絶対にしないけれどね!」


 ニコラの話から、クレアは彼女の魔力は『青』なのだと悟る。この世界では、ミード伯爵家のような特殊な魔法から身を守るため、洗礼式に立ち会ったもの以外に魔力の色をあまり明かさないのが一般的だ。


 もちろん、職務上必要な場合やマルティーノ家のように特殊な事情があるケースは公然の秘密となってしまっているのだが。クレアは、強がりながらも自分を信頼してくれるニコラを愛おしく思った。


「ふふっ。さすがニコラ様ですわね。お土産話を楽しみにしていますわ。もし、困ったことがあったらなんでも相談してくださいね。……ノストン国のことはもちろん、ご友人関係など、私ができることでしたらどんなことでも力になりますわ」


「……な、なんでもね? ……覚えておくわ……」


 二人は午後の時間をたっぷり使って会話を楽しんだ後、軽いハグをして別れた。


―――――


 翌日。


 ノストン国の教会近くに設置された『扉』の前では、アスベルトやノストン国王が今か今かとニコラの訪問を待ちわびていた。


 アスベルトの左腕にはシャーロットが巻き付いている。

 

「まだいらっしゃらないんですかぁ。パフィート国のニコラ様は」

 甘ったるく言うシャーロットに、アスベルトが苦言を呈す。

「シャーロット。ニコラ嬢はパフィート国王の王弟の娘で、れっきとした王族だ。口を慎み、くれぐれも失礼がないように頼む」


 正直、シャーロットのこの振る舞いに眉を顰める貴族は少なくない。アスベルトは正直なところ『公務中なのだから腕を離してくれないか』とまで言いたかったが、シャーロットの父親であるマルティーノ公が目に入り、口をつぐんだ。


「シャーロット嬢。退屈でしたらあちらでお茶でもいかがでしょうか」

 アスベルトの不機嫌を察したサロモンがシャーロットに囁く。


「結構よ!」

 シャーロットはサロモンの提案を突っぱねると、アスベルトの腕を掴む手の力をさらに強くする。


(……つまらないわ)

 それは、クレアがパフィート国に留学して以来、シャーロットにとって初めての躓きだった。


 王立貴族学院のみならず、ノストン国にはシャーロットと同世代の公爵家の息女はいない。異母姉であるクレアがいなくなったことで、シャーロットは最も丁重な扱いを受ける令嬢となったはずだった。


 しかし今回、王立貴族学院の寄宿舎で彼女が使っていたスイートルームはニコラのために明け渡すことが命じられ、部屋の調度品はすべて新しいものに取り換えられた。


 自分が入学したとき、部屋に置かれていた家具はどれも姉が前年に使用していたものだった。そのこともシャーロットの面白くないという感情を助長していた。


 そのうえ、先日アスベルトからは『ニコラ嬢の身の周りのことを手伝うように』と言われたのだ。『第一王子の婚約者として』そう命じられると、婚約者であることを最大限に利用して権力を欲しいままにしてきたシャーロットとしては、断るわけに行かない。


 しかし、自身にも取り巻きはいるくせに、自分が取り巻きになるなんてシャーロットは絶対に嫌だった。


(もうすぐ私の洗礼式……魔力が目覚めたら、ニコラ様なんて追い返しちゃえばいいんだわ)

 シャーロットはアスベルトの腕を強く掴みながら、そう思った。


 ふいに、『扉』として設置された魔法陣が光りはじめる。ついに来るか、と会場はざわめく。


 その一瞬後、ニコラはノストン国に到着した。

 キラキラした光がおさまると、ニコラは魔法陣から踏み出す。


 希望に満ちた瞳で辺りを見渡しているニコラに、ノストン国王が一歩近づく。それにいち早く気が付いたニコラは可愛らしく上品な笑顔を浮かべ、カーテシーで挨拶をした。


「ニコラ・ウィンザーと申します。この度は留学をお許しいただき、恐悦至極にございます」

 そつのない仕草や言葉に、なぜか会場にはホッとした空気が流れる。


 その空気に気が付いていないのは、マルティーノ公とシャーロット本人のただ二人だった。



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