49.予想外
!!!こちらはWEB版です!!!
お話自体が大きく異なりますので書籍とは別の作品とお考え下さい。
「……帰らないのか?」
王立学校での初日を終えて、迎えの馬車に乗りこまないクレアをヴィークは訝しげに見ている。
「ええ。先生に質問があるの。皆さん、また明日お会いしましょう」
「……」
ヴィークは不審そうな目で見ていたが、なんとかクレアは友人たちを見送った。
再び学内に戻ったクレアは、約束の場所へと急ぐ。
今回は、もう改めて加護をかけなおす気はなかった。もしクレアの予想通りなら、あの術を使うことの危険性は彼が一番よく分かっているはずだからだ。
「お待たせいたしました、ディオン様」
クレアが密会の場所に選んだ講義室では、ディオンが小さくなって座っていた。
「クレア嬢……君は、僕のことを知っているのか」
以前に会ったディオンは、自意識過剰にも思える振る舞いが目立っていた。しかし、今は見る影もない。
「ええ。知っているわ。貴方も私のことを知っているのね」
手の内を明かしすぎないよう、クレアは遠回しに答える。
「……君がパフィート国にやってくるのは、もう少し後のことだと僕は思っていた」
「貴方も、この王立学校に転入してくるのにはまだ一年以上あるはずですわよね」
今朝、講義室でクレアの顔を見たディオンは、明らかに驚いてショックを隠せない様子だった。クレアはてっきり、ディオンが王都の王立学校にやってきたのは何らかの明確な目的を持って自分に接近するためだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
(では、一体何のために)
クレアの質問に、ディオンは力なく答える。
「君にあの術をかけるのを失敗してから、僕は一週間以上眠っていたらしい。領地に戻ったら、お祖父様に勘当を言い渡された。……その夜だ。得体の知れない光に巻き込まれたのは。気がついたら、今から1か月前の時点に戻っていた」
(……!)
「君は、僕のことを知っているんだろう。……ミード家が辿る運命も。時が戻ったことを理解した時、正直チャンスだと思った。それで、先回りしてここに来たつもりだった」
「それは、ミード伯爵家当主の意向なのね」
「ああ。お父様もお祖父様も、初めは信じていなかったみたいだけど、ノストン国のマルティーノ公爵家の名前を出したらすぐに動いてくれた。……結局、聖泉の埋め立ては叶わなかったけど」
「その先は言わなくていいわ」
このままだとリンデル国滅亡の経緯に話が及ぶことは容易に想像できる。クレアは、自分の母親が亡くなった経緯について犯人に近い存在の者から詳細を聞きたくなかった。
しかし、クレアの想いは大きな失望を抱えた様子のディオンには届かなかった。
「君の母上はリンデル国にルーツを持つ者だそうだな。君には詳しくは言えないが、リンデル国の滅亡は、我が一族が主権を取り戻すために必要な一歩だったとお祖父様からは聞いている。我が一族こそが、国を治めるのに相応しいと信じて誰も疑わない」
「3歳で逃がされた、何も知らない王女を追いかけて殺すことも?」
クレアは、自分にはこんなに低い声が出せるのかと驚いた。
「それは……」
「私の母のことよ」
「!」
ディオンはフリーズした。まさか、クレアがここまで知っているとは予想外だったのだろう。
しかし、彼と彼の妹は、妃探しの夜会で全て知っていたうえで、クレアにあの質問をしたのだ。―――『お母様が早くに亡くなっていないかしら?』と。
クレアは、手のひらに抑えきれない魔力が溢れてくるのを感じていた。
(これは、怒りの感情だわ)
魔力が強い者は、酷く感情が揺れると魔力がコントロールできなくなることがある。クレアは、今の自分がその状態に陥りつつあることを感じていた。
クレアはディオンから目を逸らし、ポケットからヴィークに借りた懐中時計を取り出した。耳元にあててその音を聞く。変わることのない平坦なリズムで刻まれる音と、ひんやりした感触はクレアを落ち着かせてくれる気がした。
(……大丈夫)
少しだけ冷静さを取り戻したクレアは、ディオンに聞く。
「ここに来た貴方の目的は何」
「……君が魔力を目覚めさせないよう聖泉を潰したかったが、予想外に時間がかかりそうだった。だから作戦変更して君に先回りしてヴィーク殿下とのパイプを作りにきたんだ。そして、君が転入してきたら2人の仲を邪魔するつもりだった。……友人の恋人に、殿下は手を出さないだろうからね」
「そういうこと……」
ディオンが話したことは、何から何まで全て失敗に終わっていた。
「……もう終わりだ……。君のことは、魔力に差がありすぎてどう考えても消せない。だが、お祖父さまは自分が生きているうちにパフィート国を手中に収めることしか考えていない。僕は、お祖父さまの望みを叶えるために生きてきたのに」
「未来で起きることを、貴方のお祖父さまは知っているのかしら」
「失敗して追放された上に、家もほぼ没落決定なんて言えるわけがないだろう。彼らが知っているのは、君が王室の盾となることを阻止しなければいけないということだけだ。しかし、君はリンデル国滅亡の経緯まで知っているんだな。……もう終わりだ」
椅子に腰かけたまま、頭を抱えて項垂れるディオンを、クレアは見つめて言った。
「私は、貴方によく似た人を知っていたわ」
ディオンからは反応がない。
「その人も、家名に縛られて生きていたわ。周囲の顔色ばかり窺って、周囲の期待に応えることしか考えていなかったの。……自分の人生を生きてはいなかった」
「……でも、気が付いたらそこは世界の中心ではなかった。今の貴方の中心は、ミード伯爵家かもしれない。でも、中心はいつだって変わるわ。自分の人生を生きることは、贅沢で、とても楽しい」
クレアは、突然なぜこんな話をしてしまったのか、自分でもよく分からなかった。しかし、方向性が違うとはいえ、家のために忠実に生きてきたという部分でディオンと自分が重なったのは事実だった。
気が付くと、いつの間にか顔を上げてクレアの話を聞いていたディオンの瞳は焦点が合わず、虚ろになっていた。
(……?)
「どうしたのですか、ディオン様」
異変を感じたクレアは、ディオンに問いかける。その瞬間、虚ろだったディオンの目には光が戻った。
「……その通りだな。僕は、家に縛られすぎていたようだ。誰かに、お祖父さまの呪縛から解き放って欲しかったのかもしれない。僕も、自由に生きられるだろうか」
先程までの落ち込み方が嘘のように、ディオンは爽やかな表情を浮かべる。あまりの変わりように、クレアは戸惑った。
(この変化は不自然すぎるわ。もし仮に欺くための演技だとしても、もっとうまくやるはず)
「一体……どういうこと?」
クレアはそこで、さっきから自分の手のひらににじみ出ていた魔力が収まっていることに気が付いた。記憶では、魔力の暴走を抑えようとはしたが、体内に収めようとはしなかったはずだ。ディオンの様子と自分が話した内容。そして、魔力の行方についてクレアは落ち着いて考え直す。
(……嘘でしょう。……待って!)
クレアは、その可能性を打ち消そうとしたが、無意味だった。どう考えてもそれ以外はありえなかったからだ。
クレアは、吹っ切れたように立ち上がって爽やかに微笑むディオンを凝視する。さっきまで怯えて縮こまっていたのが嘘のようだ。表情には、先の世界で見たのと同じ自信が垣間見える。
どうやら、クレアはディオンにドニが言うところの『おまじない』をかけてしまったようだ。




