47.微妙にずれていく
!!!こちらはWEB版です!!!
お話自体が大きく異なりますので書籍とは別の作品とお考え下さい。
数日後。
ノストン国の第一王子アスベルトの執務室では、一週間後の王立貴族学院での新学期に向けて、急ピッチで書類仕事が片付けられていた。
「殿下、こちらの書類はどうしましょうか」
「ああ、こっちが片付いたらすぐに取り掛かる」
アスベルトや側近たちが慌ただしく仕事をこなしているのを、新しい婚約者の座に収まったシャーロットは隣の応接室からじっと眺めていた。
(お茶に誘ってくださったから来たのに、場所は応接室でしかもたった10分で仕事に戻るなんて! つまんない!)
アスベルトは、クレアに言われた通りシャーロットに毎日手紙を書き、今日はこうしてお茶にも誘った。しかし、『時間がある時』の意味をどうもはき違えているのがアスベルトらしい。
シャーロットは、すっかり冷めてしまった紅茶が入ったティーカップをつまんでため息をついた。
(毎日手紙はくださるし、アスベルト様は私との婚約を喜んでいる……のよね?)
隣室からのシャーロットの視線に気が付いたアスベルトが言う。
「お茶のお代わりを持ってこさせようか」
「ありがとうございます。この紅茶、本当においしいです」
シャーロットは崩れた表情を慌てて隠し、ふんわりした愛らしい微笑みを浮かべて答えた。
「それはよかった。この紅茶は、以前クレアに教えてもらったものなのだ。かわいい妹にぴったりだと」
「まあ、お姉さまが」
内心、シャーロットは面白くなかった。毎日届く手紙も、こうして準備されるお茶も、全てクレアに関するものばかりだったからだ。『姉がいなくなって寂しくないか』に始まり、『姉から連絡はあったか』『姉の好きな花が描かれた便箋をシャーロットに贈りたい』と続き、今日は『クレアに教わった紅茶』だ。
(私だって、アスベルト様との好感度が上がる前にこんなに早くいなくなるのは想定外だったわよ!)
シャーロットは、応接室で一人、毒づいた。
さらに、シャーロットにはもう一つ、面白くないことがあった。それは、クレアの依頼を受けて王室がシャーロットにつけた教育係のことだ。
教育係は、王宮の教会で聖女を務める叔母のアンに決まった。クレアが要望した通り、朗らかな人柄に加えて名門・マルティーノ公爵家の出身と出自は申し分ない。その上、白の魔力持ちで将来シャーロットの良き相談相手になるに違いないという配慮でアンに白羽の矢が立ったのだった。
(王立貴族学院に入学したら、週末はアスベルト様にエスコートしてもらってパーティー三昧しようと思っていたのに! 毎週帰省して王宮に通うなんて、ありえないわ。しかも、教育係はお姉さまばかりちやほやするあのおばさんなんて……!)
バラ色の計画がすっかり崩れ去ってしまったシャーロットは、人目を憚らず応接室のソファに手足を投げ出したのだった。
―――――
シャーロットが退屈なティータイムを終えて帰宅した後、アスベルトの執務室にはパフィート国から帰国したオスカーがやってきていた。
「長旅、ご苦労であった。大層豪華な式典だったと聞いている。……クレア嬢は、いかがお過ごしだろうか」
「妹は、持ち前の勤勉さで大きな収穫を得るでしょう。要望通り、王宮内に大きな部屋も与えられていました。アスベルト殿下のご配慮、感謝申し上げます」
「そうか……それは良かった」
アスベルトは満足気に頷いたが、次のオスカーの報告にフリーズした。
「パフィート国までの道中、妹はパフィート国の第一王子であるヴィーク殿下と意気投合したようです。思いがけず、両国の友好の懸け橋になるかもしれません」
「……クレア嬢がか」
「ええ」
「……報告、ご苦労」
アスベルトはやっとそう答えると、オスカーが退出し終わるのを待ってからサロモンを呼んだ。
「サロモン」
「はい」
「彼女が落ち着いたら、彼女が好きだと言っていた花の便箋を送ろうと思っていた。先日シャーロットに贈ったものは、その余りなのだ。手配を」
「殿下……便箋を贈るということは、手紙を催促しているという意味にもなります。元婚約者に、さすがにそれはないかと」
サロモンの意見は至極まともなものだった。
「……確かに、その通りだな」
肩を落としているアスベルトに、サロモンはさらに言う。
「クレア嬢はすっかり前を向いているようです。殿下は、シャーロット嬢のことを大切になさるべきかと」
(彼女は……いつかこの国に帰ってきてくれるのだろうか)
アスベルトは、美しい花が織り込まれた便箋を手に、ため息をついた。
―――――
斜め上のアスベルトがセンチメンタルな気分に浸っているころ、パフィート国のヴィークの執務室には、部屋の主以外の4人が集まっていた。
「ごめんな、クレア。招待した本人がいないとか……」
申し訳なさそうに謝るキースに、ドニも続けて言う。
「ありえないよねー! 朝、王立学校から急な連絡があって行っちゃったんだ。……もうすぐ戻ってくると思うんだけど」
「仕方がないですわ。急ぎの用が入ってしまったのでしょう」
クレアはヴィークが外出中であることを全く気にしていなかったが、キースとドニはクレアがヴィークに会いに来たと思い込んでいるらしかった。
「どうやら、王立学校で少し困った動きがあったようだよ」
リュイが、不在の理由を詳しく説明しようとしてくれた時、ちょうどヴィークが戻ってきた。
「面倒なことになった」
「……おかえりなさいませ。お邪魔しています」
バタバタと戻ってきたヴィークに、クレアは微笑んで声をかける。
「……待たせて悪かったな」
執務室にいるクレアの姿に動揺しないヴィークの顔は、第一王子のものだった。
「いいえ。王立学校で何かあったのですか」
「来週の新学期から、少し面倒な魔術を持つ伯爵家のものが王都の王立学校に転入してくることになった。警戒する貴族たちも多く、調整のために王立学校へ行ってきた」
(……)
クレアは、嫌な予感がした。
「ミード伯爵家のディオンだね」
(!)
予想通りのリュイの言葉に、クレアは固まる。
(ミード伯爵家のディオン様……転入してくるのは1年以上先のはずだわ。どうして……?)
リンデル島の聖泉埋め立ての話を聞いて以来、思い浮かんでは打ち消してきたある疑念が呼び起こされる。
クレアは、ディオンの魔力を共有したままだったはずだ。
(……もし、先の世界で最後に浄化を放った時、彼も一緒にブラックアウトしていたら)
クレアは恐ろしさで身震いがした。
彼をこの世界に連れてきてしまっている可能性を、クレアは否定できない。クレアが洗礼を受けるために必要な聖泉を力ずくで潰そうとしていることや、予定より早く王立学校に転入してくること。それらの全てが、疑念の答えとしかクレアには思えなかった。
青ざめた顔のクレアに、ヴィークが言う。
「クレア……にも関係あることだから伝えておく。今度、王立学校に転入してくることになったミード伯爵家のディオンという男は『魔力の共有』という禁呪に近い魔術の使い手だ。自衛するに越したことはない」
「……わかったわ」
やっとのことでクレアは答えた。
「どうする。日替わりで護衛につくか」
腕組みをしたキースがヴィークに聞く。
「いや、不要だ。俺に禁呪を使っても何のメリットもない。それよりも、子息を王都の王立学校へ通わせている貴族達が不安がっている。だが、ミード伯爵家のディオンにも学校を選ぶ権利はある。しかし、だからといって貴族たちの反対を無視するとミード伯爵家は王家の後ろ盾を得たと誤解される」
「……遠い昔のことだけど、ミード伯爵家には前科もあるしね」
リュイが言っているのは、100年以上前に王家への反逆を企てて公爵家から伯爵家へと降爵されたことだろう。
一年後のミード伯爵家は、それに加えて数十年前のリンデル国侵略への関与が濃厚になる。さらに次期王太子の婚約者の身を危険に晒したとして衰退の一途が待っていることを4人はまだ知らない。
(ディオンは、一体いつの彼なのか。これはただの偶然なのか。……そして、私のことを知っているのか。しっかり話をしなければいけないわ)
クレアは、対策を話し合う4人を見つめながら、自分に出来ることを考えていた。




