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【4/15コミックス7巻発売】元、落ちこぼれ公爵令嬢です。(WEB版)  作者: 一分咲
第二章

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43/80

43.ヴィークからの招待

!!!こちらはWEB版です!!!

二章以降(コミックス4巻以降にあたる部分です)、お話自体が大きく異なりますので書籍とは別の作品とお考え下さい。

太陽に透ける金の髪に、見慣れた背格好。

逆光で、瞳の色までは確認できないが、クレアが彼らの姿を見間違うはずがなかった。


「……どうして……」


クレアは、そう呟いたきり、驚きで言葉が続かなかった。


「ノストン国の使節団の方じゃないの、ヴィーク」

リュイの声だ。

懐かしい4つの影は、海岸を下ってどんどんクレアへ近づいてくる。


クレアからの距離、10メートル、5メートル、3メートル、……約1.5メートル。そこで、4人は止まった。


「わあ、すっごくカワイイ。お名前は?」

ドニが末っ子のように人懐っこい笑顔で聞いてくる。


「……はい、私はノストン国マルティーノ公爵家のクレア・マルティーノと申します。本日は、使節団の一員として参りました。勝手に立ち入りまして、申し訳ございません」


「こちらこそ、不躾にすまなかった。こちらは、パフィート国第一王子のヴィーク殿下だ。私は、パフィート国スペンサー侯爵家のキース」


「私は、パフィート国クラーク伯爵家のリュイです。こちらへは、ノストン国使節団の出迎えに参りました」


「僕は、ウォード伯爵家のドニ。じゃあ、一緒に王宮へ行くんだ? よろしくね」

キース、リュイ、ドニが順番に名乗る。


その後、クレアはヴィークの手を取ってカーテシーをした。こうして、正式な挨拶をするのは妃探しの夜会以来ではなかったか、とクレアは思った。


(4人に、こんなに早く会えるなんて。……でも、この出会いでは前のような関係にはなれないかもしれないわ)

彼らに会えた嬉しさと同時に、クレアは少しの残念さを感じていた。


「ヴィークだ。もしかして、貴女か。ノストン国からパフィート国の王立学校に留学するという、ノストン国公爵家の息女は」

「はい。1週間前に決まったばかりなのですが、……もうご存じなのですね」


このエメラルドグリーンの優しい瞳がクレアに向けられるのは3週間ぶりだ。初対面の相手を凝視し続けることが失礼とは分かっていても、一瞬たりとも見逃したくなくてクレアは目を逸らせなかった。


「ああ。ノストン国王家から、賓客として王族に準じる対応をして欲しいとの急な要請があってな。住居として王宮の一角を貴殿に使ってもらえるよう、手配を進めているところだ」


ヴィークが微笑んで言うのを聞きながら、クレアは青くなった。

(……アスベルト様だわ!)


最後に執務室を訪問した時のアスベルトの表情をクレアは思い出す。ほんのり頬が染まって見えたのは、気のせいではなかった。

(最後に出来ることをしてくれたのよね。斜め上で……彼らしいわ。……だけど!)


クレアは、頭を下げて言う。

「ご面倒をおかけいたしまして、申し訳ございません。父からは、王立学校近くの屋敷を執事や護衛とともに手配していると聞いておりました。パフィート国の王宮に居を構えるなど、私にとっては身に余る厚遇にございます。どうか、お忘れくださいませ」


クレアの言葉を聞いて、ヴィークは意外そうな顔をしている。

「こんなに急に留学が決まったことに加えて、身の振り方のすり合わせも終わっていない状態で送り出されたのか。何だか……」


「ふふっ。訳アリなんです、私」

そういえば、イーアスの街で出会った時もこんな会話をした記憶がある。クレアは、砕けた言葉とはアンバランスな令嬢らしい微笑みを浮かべた。


「……それで、季節外れの水遊びをしていた、というわけか」

ヴィークはからかうような視線をクレアの足元に向ける。洗礼を終えたばかりのクレアは、まだ裸足だった。


「……! 申し訳ございません!! これはつい……入ってみたくなったと言いますか、何と言いますか」

今さらながら、自分の格好に気が付いたクレアは真っ赤になる。


「よし、僕らも!」

「うおっっ!何するんだよ、ドニ!」

クレアが恥ずかしそうにしているのに気が付いたドニが、キースの手を引いて波打ち際に走り出す。大柄なはずのキースはなぜかあっという間に海の中へ引きずりこまれてしまった。


「お前ら……職務中だぞ」

ヴィークはクレアの向かいで呆れた顔をしている。


「とか言って、自分も遊びたいんじゃないの」

「……」

冷静で優しいリュイの声が、クレアは懐かしかった。


2人の姿をちらり、と見る。さっきは懐かしい姿だと思ったが、2人ともクレアの記憶にある姿より幾分幼い。特にヴィークは、ほとんどまだ少年だった。


「このビーチは、旧リンデル国の教会があった場所なんです」

クレアの視線に気が付いたリュイが、涼しげな笑顔で続ける。


「海に囲まれた旧リンデル国の神は、海の女神。このビーチは、人々の心を癒す聖泉とも呼ばれています。悲しい歴史があってリンデル国はなくなってしまったけれど、ここがとっておきの場所なのはいつの時代も変わらないことです」

「そうだな。埋め立てるなんて、ありえない」


(……!)

このビーチの埋め立ての話が出たことに、クレアは驚く。

(やはり、お兄様が言っていたのは本当だったのね。過去が変わっているわ……一体、どういうことなのかしら)


「あの、このビーチを埋め立てるという話は本当なんでしょうか」

クレアは恐る恐る聞いた。


「ああ。我が国のある貴族が、防衛上の問題でここを埋めて崖にするべきだと言い出してな。ありえないと即刻一蹴できればよかったんだが。……言い出したのがかなり力のある貴族で、少し揉めているのだ」


「その貴族とは」

「パフィート国のミード伯爵家だ」


「……!」

(ミード伯爵家って……!)

ミード伯爵家は、クレアに『魔力の共有』を放って失敗した、ディオンの家だ。偶然にしては良く出来すぎている、クレアはそう思った。


「わざわざ聖泉を潰そうとはなぜ……。ほかに企みがあってもおかしくはないですわね」

頬に手をあてて考え込むクレアを、ヴィークは興味深そうに見つめている。視線に気が付いたリュイが、さりげなく話題を変える。


「……クレア嬢の加護は、とても綺麗で良質なものですね」

「ありがとうございます」

「流れが心地よい。きっと先生がいいんですね」


クレアの加護は、王立学校の魔術師ではなく、リュイに教わったものだ。魔力の共有に対抗するために、リュイが付きっきりで訓練してくれたのだった。


「ふふっ。とても素敵で、大好きな先生なんです」

クレアはそう答えると、リュイの目を見つめて微笑んだ。


2人の会話を聞いていたヴィークが言う。

「クレア嬢は、年齢的にまだ洗礼を受けたばかりではないのか? ノストン国の先生から離れてお辛いだろう。もし魔法のことで分からないことがあったら、王立学校の魔術師でもいいが、このリュイに相談するといいぞ。魔力の血統的にも、技術的にもパフィート国ではかなりのスペシャリストだ」


「まあ」

クレアには既に身をもって知っていることだったが、ここは敢えて驚いてみせる。


「何でもお手伝いします。私に出来ることであれば」

「では……何かあったら、本当にご相談してもいいですか」

「ええ、もちろん」

クレアは、久しぶりに喜びで胸が躍った。


「そろそろ戻らない? 僕、着替えたい」

ちょうどそこで、キースとドニが水遊びから引き揚げてきた。2人は、完全にびしょびしょだ。


「リュイ、服、取り換えてよ」

「嫌」

リュイとドニのこの会話も懐かしい。


「ドニ様、女性ものの服はいくらなんでも」

クレアがくすくす笑いながら言うと、リュイ以外の3人が固まった。


「出会ったばかりで、リュイを女性騎士だと見抜いたのはクレア嬢が初めてだぞ」

「うん。僕なんて、3年ぐらい気が付かなかった」


「……戻ろうか、クレア嬢。足元が悪いから気を付けて」

リュイはヴィーク達の会話を無視してクレアの手を取り、先導する。

「ありがとうございます、リュイ様」

クレアも満面の笑みで答え、続いた。


リュイに連れられて海岸を上るクレアを、少し距離を空けてヴィークは眺めていた。

「キース」

「何ですか」

「彼女、王宮に住むのは辞退したいと言っていたが」

「そうだな。では、手配を止めますか、殿下」

「いや。そのままでいい。もし、ノストン国から辞退の申し入れが正式にあっても、承諾するな」

「……御意」


「あれー、お気に入り? めずらしいね、ヴィーク」

ドニが茶化すのを、ヴィークは顔を赤くして聞き流した。


―――――

次の日。

朝の支度を終えると、部屋の扉がノックされた。


「私が出ますわ、クレア様」

ソフィーが微笑んで、代わりにドアを開けてくれる。


「あら、オスカー様。随分お早いですね。出発までにまだあと数時間はあるかと」

「妹はいるか」

オスカーの焦ったような声が聞こえる。


「オスカーお兄様、どうかなさいましたか」

ただ事ではない様子に、クレアも部屋の奥から立ち上がって顔を覗かせた。


「クレア。パフィート国の第一王子、ヴィーク殿下が」

「はい」

「今日の移動の際、お前に、同じ馬車に乗るようにと」


(……えっ?)

「それはどういう……」

クレアは驚きのあまり、頭が回らない。


「クレア、ヴィーク殿下とは昨日が初対面ではないのか」

「ええ、まあ……」


オスカーが言う初対面とは、リンデル島のビーチから戻った後、リンデル城のサロンに5人で何食わぬ顔をして現れ、その後白々しく挨拶をし直したあのシーンのことだ。

厳密に答えるとクレアは全く初対面ではないが、ヴィーク側は間違いなく昨日が初対面だ。


クレアの答えの歯切れが悪いのには、理由がある。それは、ビーチで水遊びという公爵令嬢らしからぬ立ち振る舞いを知られたくないというのを口実に、聖泉にいたことを内緒にするようヴィーク達4人に依頼していたからだった。


「では、なぜヴィーク殿下からこのような命が下るのだ」

「それは私もよく……でも、年齢が近いですし、話し相手が欲しいのかもしれませんね」

クレアは兄の目を見ず、誤魔化すように微笑んだ。


オスカーは、さっきクレアが着替えたばかりのドレスに目をやる。王族に同行しているため、正装に近いドレスを選んだが、装飾はなく、生地や仕立ての良さを生かしたシンプルなものだった。


「……とにかく、その服では駄目だ。ソフィー、もっと上等なドレスを出してくれ」

「承知いたしました、オスカー様」


(なんだか、おかしなことになってしまったわ)

まるで夜会に参加するかの勢いで準備を進める兄オスカーとソフィーの後ろ姿に、クレアは困惑していた。



出発の支度を整えたクレアは、馬車に向かう。

ここまではノストン国だけの隊列だったが、ここからはパフィート国の迎えも加わってかなりの大所帯になる。王族のほか、クレアや侍女は馬車、そのほかの騎士たちは馬に乗って移動することになっていた。


ヴィークが乗る馬車の両脇にはリュイとドニがいて、クレアはどの馬車に乗ればいいのか一目ですぐに分かった。


「クレア嬢。……今日もとても素敵だね。ヴィークはもう来ているよ」

リュイがクレアに声をかける。昨日、少し話した後でリュイが砕けた口調で話してくれるようになったのが、クレアはたまらなくうれしかった。


「おはようございます、リュイ様」

「……おい。先にこっちだろう」

馬車の中から、ヴィークが拗ねた顔を覗かせる。


「……あ。お招きいただき、ありがとうございます、ヴィーク殿下」

クレアは思い出したように微笑みかける。


「「「……フッ」」」

後ろで、リュイだけではなく、キースとドニまでもが笑いを漏らした気配がする。

「いいね、クレア嬢」


(みんな、本当に昔から変わらないのね。優しくて温かいわ)

リュイの言葉に微笑みを返し、馬車に乗り込みながらクレアはそう思った。


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