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【4/15コミックス7巻発売】元、落ちこぼれ公爵令嬢です。(WEB版)  作者: 一分咲
第一章

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31/80

31.成就

ヴィークの手には、懐中時計がぶら下がっている。

月明かりに照らされて、刻印された紋章がキラッと光った。


反射的にクレアは時計に手を伸ばしてしまう。

ヴィークは、それをサッとかわす。


「……返して」


クレアの言葉に、ヴィークは意外そうな顔をする。


元々、この懐中時計はヴィークのものだ。


クレアがそっと会場を後にしてからすぐ、ヴィークはクレアの不在に気が付いて追いかけた。

途中、クレアに貸したままの懐中時計を拾い、彼女に何かあったのではと心配して走ってきたが、曲がり角に何かを探す令嬢の姿を見つけた。


それがクレアだと気が付いた時は、てっきり借り物をなくしてしまったから地面に這いつくばっているのだと思った。


(もしそうでないなら)


(……いや、都合が良すぎるか)


この1ヶ月、クレアの想いを誤解し続けてきたヴィークには確信が持てなかった。


一方、クレアのほうも必死だった。


ヴィークの隙をついて、また懐中時計に手を伸ばす。

ヴィークはこともなげにサッとチェーンを持ち上げた。


2人の身長差では、ヴィークに懐中時計を頭上に掲げられると、クレアはまったく手が届かない。


サッ。

パッ。

サッ。

パッ。


何度か攻防が繰り広げられる。

「「……」」


「ふふっ」

「あはは」

真面目だったはずなのに、2人は吹き出してしまっていた。


ひとしきり笑った後、ヴィークは言う。

「……クレア。なぜこの懐中時計が欲しいのか、俺が納得できるように話して欲しい」


優しいヴィークの声色に、クレアは少し膨れた顔をした。

「分かっているんじゃないのかしら」


「実は、ここのところ考えていた。……クレアの幸せのことを。俺にとって、クレアはずっと前からそういう相手だ。」

ヴィークはさらに続ける。


「だが、俺たちの間には何か重大な誤解があるようだ。だから、クレアの口からきちんと聞きたい」


クレアは、ヴィークの顔が見られない。


頬を撫でる初夏の風はぬるく、赤くなったクレアの頬を冷やすには足りなかった。

躊躇しているクレアの答えを、ヴィークはゆっくり待ってくれている。


(……)

クレアは覚悟を決めて、やっと口を開いた。


「……殿下の側にいるためには、私の身分では足りないわ。……せめて、これはもう少し側に置きたいなっ……」


その瞬間、クレアは馴染み深く、安心する香りに包まれていた。


何が起こったのか分からない。

クレアは、ヴィークの腕の中にいた。

自分の身に起きていることをクレアが理解する前に、抱きしめる力はさらに強められた。


「俺が、クレアがいいと言っている。お前が気にしていることは全部、俺が自分の力で黙らせるから気にしなくていい」


思いがけない強い言葉に、クレアの目からは涙が溢れた。


エメラルドグリーンの瞳がクレアを覗き込む。

クレアは、今日初めてヴィークの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「そんなことを言っても、貴方は将来国を治める立場になるのよ。国のためにも、貴方自身のためにも、十分な後ろ盾があるご令嬢を妃にするべきだわ」


「まだ言うのか。国王陛下はすでにクレアのことを、妃にふさわしい令嬢として認めている」

クレアの瞳が、信じられないといった風に揺れる。


「だから、後は俺自身の問題だ。……俺が、保守派を黙らせるような結果を残せないと思うか?」

それは、クレアが心奪われた自信たっぷりのヴィークの姿そのものだった。


「クレア、返事を」

「……」


クレアはついに、観念したようにこくん、と頷いた。


瞬間、ヴィークは弾かれたように肩を支える腕の力を緩め、クレアを離して一歩下がる。

そして、跪いて告げた。


「クレア・マルティーノ嬢。私の妃となっていただけますか。……将来の約束を」


「……はい!」


クレアは、もう躊躇わなかった。

ヴィークがもう一度、遠慮がちにクレアを抱きしめる。

月明かりの下、やっと想いを通じ合わせた2人は、初めての口づけを交わした。



「……リュイって、意外と涙脆いよね」

ドニがリュイをからかうように言う。

廊下の、少し離れた死角で控えていたリュイとドニは、一部始終を見守っていた。

「本当に、よかった」

前を向き、リュイは呟く。

リュイを茶化すドニもまた、自然と笑みがこぼれる様子だった。


「ドニ」

石壁の通路にヴィークの声が響く。


「はーい、殿下」

ドニが、くるっと振り向く。

「俺と一緒に夜会の会場へ戻れ。リュイは、クレアを頼む」

「「御意」」


ヴィークは、名残惜しそうにクレアの髪を優しく撫でてから、夜会の会場に戻って行った。


クレアの隣に残ったリュイが、微笑む。

この甘く幸せな、奇跡のような夜を、クレアは一生忘れないと思った。


―――――


その頃、夜会会場の庭園に面したバルコニーでは、ミード伯爵家の双子がこそこそ話していた。


「どうするんだよ、ディアナ。あんな言い方をして。……絶対に怪しまれた。おじいさまに怒られるぞ」


「何よそれ。英雄が本当にノストン国のマルティーノ家のご令嬢なのか調べてこいっておっしゃったのはおじいさまよ。私は務めを果たしただけじゃない」


「確かにそうだけど、もっとやり方があるだろう」


「そんなことより、ヴィーク殿下の御眼鏡にかなわなかったのが痛いわ。まぁ、あのクレアっておしとやかなご令嬢みたいな子が好みなら、私なんて完全に眼中にないわよね」


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