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【4/15コミックス7巻発売】元、落ちこぼれ公爵令嬢です。(WEB版)  作者: 一分咲
第一章

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22/80

22.既知

(……お日様の匂いがするわ……なんて気持ちがいいの……)


クレアは、ふかふかのベッドに包まれていた。

サラっとした上質なリネン。


寝返りを打ったときに感じた香炉から漂うアロマは、甘さを残しつつも朝にぴったりの爽やかな香りだ。


(あれ、ここは、レーヌ家のいつものベッドではない……?)


ここが自分の部屋ではないことに気が付いたクレアは、パッと起き上がる。


(頭が……痛い)


初めて経験する二日酔いの頭痛に、クレアは顔を顰めた。

周囲を見回す。


だだっ広い部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドに、クレアはいた。

何回でも寝返りできそうなほどに大きなベッドに、たくさんのクッションと枕。

ベッドサイドのテーブルには、ガラス細工の香炉が置かれている。


「クレア、起きた?」

カーテンで仕切られた次の間に、人の気配がする。


この声はリュイだ、そう気が付いた瞬間クレアはここがどこなのかを理解し、絶望的な気持ちになった。


「リュイ? 私……」

クレアは状況が全く掴めていなかった。……ここが、王宮だということを除いては。


カーテンからリュイが顔を覗かせる。

「おはよう、クレア。こっちのテーブルに、頭がすっきりするハーブティーを準備してあるよ。一緒に飲もう」


クレアは頷いて、ベッドを出る。申し訳なさで縮こまりながら、リュイに向かいあって腰を下ろした。


「昨日はごめんなさい。……リュイ、その、私」


クレアは、情けないことに昨夜のことはほとんど覚えていなかった。

リュイにお酒を勧めたところまでは記憶にあるが、その後どんな失態を演じたのか、聞くのも怖かった。


「昨日、クレアは食事の途中で眠ってしまったんだよ。レーヌ家まで送るよりは王宮の方が近いから、ヴィークの手配でここに運んだんだ」


「えっ……!!」

(何てこと……しかも、レーヌ家にご連絡していないわ……!)

クレアは状況を理解して頬を押さえる。


「ああ、レーヌ家には使いを出してあるから安心して」

リュイは、クレアの心を見透かしたように答えて、クレアにハーブティーが入ったカップを差し出す。


「ありがとうございます。そして、申し訳ありません。本当に恥ずかしいわ……」


クレアは、真正面に座ったリュイに頭を深く下げて言った。


頭を上げるとリュイと目が合う。リュイは首を振って、優しく微笑んだ


漆黒の髪が、朝の光に照らされて一層美しい。

クレアはリュイからカップを受け取り、二日酔いのぼうっとした頭を覚ますように香りをかいだ。


「クレアは、ノストン国の名門公爵家、マルティーノ家の出身なんだね」

クレアがカップを受け取ったのを確認してから、リュイは何でもないような口ぶりで言った。


(……!)


「私、そんなこと言っていた?」

クレアは焦る。


「うん。でも、皆すんなり納得してた。確かにそうだよなって」

リュイは笑い、そしてクレアの目をまっすぐに見つめて続ける。


「出会ったときはそう告げるしかなかったこと、十分に分かっているから安心して。クレアが私たちを欺いていたなんて誰も思ってない。それよりも、クレアの苦労を思うと……私達も悔しい」


リュイの言葉に、クレアの目にはみるみるうちに涙が溜まる。

どうして、皆こんなに優しいのだろう。


リュイは、クレアにハンカチを差し出して言った。

「以前、ヴィークは私の2歳年下だけれど、幼馴染として兄弟のように育ったと話したよね」


「ええ、もちろん覚えているわ」


「主従関係ではあるけど、私は殿下を弟のように思っているんだ」


「……そうでしょうね、ふふっ」

クールな姉と落ち着きのない弟のような2人のやり取りを思い出して、クレアはクスっと笑う。


「彼は、あの若さで王族としての重責を担いながら生きている。私達が出来るだけ重荷を減らしてあげたいと思っているけれど、主従だからいつもそういうわけにはいかない」


リュイはクレアの瞳を見つめて、さらに続けた。


「ヴィークには、貴方のような人が必要になる時が絶対に来る。クレアなりの方法でいい。時が来たら、彼を助けてあげてほしい」


「ええ、もちろん。……もし、私にできることがあれば」

リュイの考えは、友人としてだけではなく半分は側近としてのものだろう。

元・公爵令嬢としてそれが分かっていながら、何のためらいもなく頷こうとしてしまったことに、クレアは自分で驚いた。


(……あれ……? 私……)

クレアは手にしたハンカチをぎゅっと握りしめていた。


―――――


その、2時間前。



「おはようございます、こんな朝っぱらから呼び出して何の御用ですか、殿下」


朝6時。リュイはヴィークの執務室に呼び出されていた。

「今日は予定を変更してキースとドニと出かける。リュイ、お前は残れ」


「御意」

指示を予想していたかのように、リュイはあっさり承諾した。


「それより」


手にした予定表を机に置き、ヴィークは続ける。


「リュイ、知っていたな。クレアの出自を」


「何のこと?」

リュイは窓の方向に目をやって、はぐらかす。


「魔力に関して特に詳しいお前が、ノストン国のマルティーノ家のことを知らないはずがないだろう。クレアと出会った状況や、強力な魔力の洗礼を受けたことを踏まえると、とっくに把握していたと考えるのが自然だろう」


隠し事を責める厳しい口調というよりは、仲間外れを拗ねるような子供っぽい言い方だ。


リュイは事もなげに答える。

「側近ではなく1人の友人として、知らせないことがヴィークのためになると判断した。ただそれだけだよ」


「俺のために……って」


「キースはいろいろ気にしているみたいだけど、クレアの本来の身分を知ればいくらだってやりようがある。でも、先のことを考えたら、ヴィークが1人の人間としてのクレアをもっと知る時間が欲しいと思った。……その証拠に、どう? クレアは」


リュイは、ヴィークをからかうような顔で言う。


「……」

数秒の沈黙の後、ヴィークは観念した様子で呟いた。


「かなわないな、リュイには」

「随分長い仲だからね」


満足げに笑うリュイに、ヴィークは告げる。

「今日はクレアのこと、よろしく頼むぞ」


「御意」

リュイの返答を聞いて安心したヴィークは、執務室を後にした。


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