21.不覚
どうしても真実が知りたいというクレアの意志を汲み取ったヴィークは、口を開いた。
「リンデル国の滅亡には、パフィート国が深く関わっている」
「……どういうこと?」
クレアは、ヴィークの目をまっすぐ見つめたまま聞き返す。
「パフィート国の中でも、リンデル国と接する地域を領地としていた辺境伯がいたんだ。その辺境伯が、領地を広げようとして勝手に暴走した。その結果、リンデル国を滅ぼし、パフィート国王に討ち取られた。……これが、一般的に知られているリンデル国にまつわる悲しい話だ。クレアも知っているな」
「ええ」
クレアの答えを確認すると、ヴィークはテーブルに肘をつき、手を組んだ。
「ここからの話は、俺の作り話だ、いいな」
キース達3人は、ヴィークの目線に動じることはない。
彼らの反応を見ると、ここからの話は王族や側近であれば知っている公然の秘密なのだろう。
「実際の話はこうだ」
ヴィークは続ける。
「その辺境伯は、いきなりリンデル国を襲撃したわけではなかった。まず狙ったのは、当時のパフィート国王だった。しかしクーデターは失敗し、領地は没収された。辺境伯家の当主は処刑されたが、残された家族や家臣たちは温情処置により没落するだけで済んだ。……しかし、野心を捨てきれなかった辺境伯家は、小さな隣国であったリンデル国を奇襲し、自分のものにしようとした」
そして、悔しそうに目線を落とす。
「リンデル国の滅亡は、パフィート王家の失政が招いたと言っても過言ではない。」
「だから、経緯が持ち出し禁止図書エリアにあったのね」
クレアにとってなかなかショッキングな話ではあったが、国の栄枯盛衰に関しては仕方がないことだ。
確かに、母が侵略されたリンデル国の王女かもしれないということや境遇に関しては衝撃の事実だった。
しかし、それ自体はリンデル島へ行ってから少しずつ時間をかけて受け入れられていた。
少しホッとしている様子のクレアを見て、ヴィークが聞く。
「クレアのお母上は亡くなったと聞いているが、それはいつ頃のことだ」
「私が5歳になるかならないかの頃です」
「ご病気か」
ヴィークはいつもクレアのことを気遣い、プライベートなことをあまり深く切り込むことはない。
しかし、今日は珍しく深く掘り下げて聞いてくる。
クレアは首をかしげて答える。
「いえ……父から詳細は教えてもらっていないのですが、不幸な事故だったと聞いています」
「そうか……」
ヴィークの瞳が曇った。
「それが何か関係しているのか、ヴィーク」
リンデル国滅亡の真相に関しては公然の秘密のようだったが、ヴィークが今懸念していることはキース、リュイ、ドニの3人も、察せない様子だった。
「ここからの話は、本当に俺の想像でしかないが」
ヴィークは続ける。
「……当時、辺境伯家の動きを察知して阻止に動いた家と、辺境伯家のリンデル国への襲撃を幇助した家の2つがあると聞いたことがある」
クレアは、キース達3人の空気が一瞬にしてピリッと緊張したのを感じた。
「辺境伯家の動きを察知して動いた家は、キャレール侯爵家だ。そのおかげで辺境伯家は早期に制圧され、戦争にならずに済んだ。恐らくだが……リンデル国王女の救出に関わっているのもこの家ではないかと推測する。王女を逃がし、守るために資料を隠したのではと」
「守るって……」
キースが発した言葉に、その場にいた全員が黙ってしまった。
クレアは、沈黙を破ってヴィークに確認する。
「辺境伯家を手助けした、そのパフィート国の貴族からということよね」
「ああ」
ヴィークが言葉少なに続ける。
「調査はしたらしい。……が、加担したのがどの家なのか、今も分かっていない」
(……そんな……!)
クレアは大きなショックを受けた。
「襲撃当時幼かったとは言え、見つかったら口封じに殺されてもおかしくないということね……」
「クレア、本当にすまない」
ヴィークは頭を下げた。
「クレア、パフィート国王家の失政だとされているが、当時は本当に混乱していたんだ。前国王は穏健派の優れたお方だった。一族を皆殺しにしなかったことが失政だとは俺はどうしても思えないよ」
頭を抱えてしまったヴィークを、キースがフォローする。
ドニも続ける。
「辺境伯家を秘密裏に助けた家があることは僕も初めて知った。この40年の間に、貴族の没落が相次いだり、クレアがお世話になっているレーヌ家のような一代貴族を男爵家に引き上げたりしているのは、その調査のせいだったんだね」
リュイは何も言わず、心配そうにクレアの手を固く握ってくれた。
「ヴィーク、顔を上げてください」
クレアは、背筋を伸ばし、ヴィークの瞳を見つめて言う。
「リンデル国のこと、母のこと、どうしようもないことです。何より貴方は何も悪くありません。パフィート国は人の心も含め、あらゆる面で豊かです。この素晴らしい国を作っている皆さんを心から尊敬しています」
そして頭を下げた。
「それどころか……今まで何も知らずに生きてきた私に、知るきっかけを作ってくださって……皆さん、本当に感謝いたします」
確かに、ショックは大きかった。
しかし、その怒りを向ける相手が違うということを、賢いクレアは十分に理解していた。
1時間後。
「クレア、いつもこんなに飲まないよね?」
リュイが心配そうに聞いてくる。
「今日は少し……。リュイも一緒に飲んでくださいませんか」
クレアは、頬を赤くしてリュイにお願いした。
いつもであれば、クレアはお酒を嗜む程度に抑えている。
しかし今日は、なんだかアルコールの力を借りて、心を軽くしたい思いに駆られていた。
「いいね。護衛はキースに任せて、今日は頂こうかな」
リュイがニコッと笑って答える。
「僕もちょっとしか飲んでないから大丈夫だよ、リュイと存分に楽しんで、クレアお嬢様」
ドニも言ってくれた。
「……幸せだと思って生きてきたわ。でも、それが全部虚構だったなんてね」
お酒が回り始めたクレアは、ワイングラスを手につい饒舌になる。
「何が女傑・マルティーノ家よ! 妻一人守り切れなかったお父様なんて、当主として失格よ」
クレアが漏らした言葉に、ヴィークが気付く。
「マルティーノ家?」
「そうよ。私は、クレア・マルティーノ。本当はね、ずっと言いたかったの。ヴィーク達にもレーヌ家の方々にも! だって、大好きな人たちを欺くなんて、耐えられない」
すっかり酔ってしまったクレアは、ふにゃふにゃした口調で返す。
「マルティーノ家……以前、式典で会ったノストン国公爵家だ」
ヴィークは驚きを隠せない。
改めて、クレアをまじまじと見る。
めったに飲まないせいで頬は上気し、目はとろんとして今にも寝そうだ。
ヴィークの視線に気が付いたリュイが、クレアを支えて言う。
「ヴィーク、今日はもうお開きでいいんじゃない? レーヌ家には使いを出して、クレアには王宮の客間を提供したらどう?」
ヴィークは、リュイの提案を無視してさらに聞く。
「王立貴族学院で妹に取られた婚約者の名は?」
「アスベルト・ルチア・ノッティダムよ。でも、妹の方がお似合いだからそれはいいの……」
クレアは言い終わると、リュイに体を預けて眠ってしまった。
ヴィークは、腕組みをして呟く。
「アスベルト……。ノストン国の第一王子の名だな」




