20.側近の仕事
クレアが図書館の奥の棚でリンデル国についての文献を探している間、ヴィークとリュイは図書館の入り口近くに置かれた長椅子でくつろいでいた。
ヴィークは長椅子にごろんと横になり、リュイはその隣の長椅子に腰かけて本を読んでいる。
そこに、ガチャ、と扉が開いた。
「ヴィーク、終わったぞ」
顔を出したのはキースだった。
「ご苦労だった」
ヴィークは長椅子から体を起こす。
「キース、朝よりもさらにひどい顔をしてる」
リュイが心底同情する表情で言う。
「完成した書類を関係各所に割り振るのはな……徹夜明けは体力的にキツい。剣の訓練ならいくらでもできるんだがな」
キースはげんなりして床に座り込む。
「俺は仕事を選り好みするような側近に育てた覚えはないぞ、キース」
「……」
会話が止まると、部屋の奥から聞こえてくる、クレアが本をめくる音だけが響いた。
「まだ少しかかるよな」
キースがヴィークに問う。
「ああ」
「では、少し外で話さないか」
「クレアのことは任せて」
リュイが答えると、ヴィークは軽く頷いてキースと共に図書館を出ていった。
2人は、城の中庭に面した広い廊下に出る。
キースは単刀直入に切り出した。
「殿下がクレアのことを特別に気にかけているのは、十分よく分かっています」
ヴィークは眉ひとつ動かさない。第一王子の顔だ。
「そうか」
「私が言うのは差し出がましいことですが、側近として言わせてください。
……クレア嬢は貴方と添い遂げられる身分のお方ではありません。あまり深入りされないようにお願いします、殿下」
風通しの良い廊下に、ざあっと風が吹く。
「……それは、十分承知しているつもりだ」
ヴィークは石壁にもたれかかり、遠い目をして答える。
「だよな、すまん」
キースは申し訳なさそうな顔をした後、ヴィークの隣に並んで、同じように壁にもたれかかった。
「いい子なんだけどな。あの美しい容姿がなくても、公爵令嬢やどこぞの王女様と言っても容易に信じられるほどの気高さ・聡明さだ」
ヴィークの友人の顔に戻ったキースが呟く。
「だろう? クレアは、王立学校でもなかなか頼もしく立ち回っているぞ」
ヴィークが苦笑しながら答える。
「側室としてなら問題ない……というか、大歓迎したいお嬢様だと思うんだが」
キースは後頭部を掻きながら言う。
「ああ。だがしかし、彼女はそこに収まるような器ではないだろう」
キースの言葉を遮って、まるで自分に言い聞かせているかのようにヴィークが答えた。
ヴィークは、どんなに好意をほのめかしてもクレアには全く響いていないばかりか、どんどん距離を置かれている気がしていた。
クレアは自分たちの立場をしっかり理解しているからなのだろう。
(側室に召し上げられることを喜ぶタイプの女性だったらどんなによかったか)
ヴィークは壁に体を預け、目を閉じた。
―――――
その日の夕食は、久しぶりにクレア・ヴィーク・キース・リュイ・ドニの5人で城下町のレストランを訪問することになった。
「クレア、元気だったー? 今、王立学校に行ってるんだって?」
何となく元気がないクレアと、微妙に重苦しい空気を抱えたヴィークに気が付いたドニが明るく振る舞う。
「ええ。ドニもお元気そうで何よりだわ」
クレアもできるだけ明るく答える。
「王立学校なんて、もう二度と行きたくないなぁ。貴族令嬢ばっかりだからテキトーに遊べないし、勉強なんてうんざりだよ」
「そうは言いつつ、ドニは首席で王立学校を卒業してるよ」
リュイが冷めた目で言う。
「ドニが!? やっぱり、優秀なのね」
クレアは驚く。
「そう。私は同期なんだけど、結局一度も勝てなかった」
リュイが珍しく悔しそうな顔を見せる。
「えー? 魔法系はリュイの完勝だったじゃーん」
こうして2人でじゃれ合っているのを見ていると、2人の学生時代が想像できてクレアはつい笑ってしまう。
魚介のアヒージョとお代わりのワインが運ばれてきたところで、キースが口を開いた。
「クレア、今日の図書館での収穫はあったのかい?」
クレアは手にしていたフォークを置いて、ナプキンで口を拭ってから頷く。
「ええ。十分すぎるほどの収穫があったわ。皆さん、ありがとうございます」
4人が徹夜で仕事を片付けている姿を思い浮かべたクレアは、深々と頭を下げる。
「そっか。具体的には、どんな収穫?」
ドニがナッツの皮を剥きながら、こともなげに聞く。
「はい。記録を見ると、リンデル国は襲撃にあった時に3歳の王女を脱出させていました。状況からの推測ですが、……母はリンデル国の王族だった可能性があります」
4人が息をのむ。
皆、クレアの母親が何らかの形でリンデル国を脱出した貴族だったことは想定の範囲内だったが、滅ぼされてしまったはずの王族とまでは予想していなかった。
「1つ、気になることがあるの。なぜ、リンデル国関連の資料が持ち出し禁止エリアにあるのでしょうか? 内容はどれも、表に出して差し支えないことのように思えたのだけれど」
クレアは表情が揺れないように気を張りながら、ヴィークに聞く。
「それはだな」
ヴィークが、指で机をコンコンと叩いている。
それを見たクレアはきっぱりと言う。
「大丈夫です、何を知っても。本当のことを教えて、ヴィーク」




