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19.寝不足

翌日、クレアはいつもより早く目が覚めてしまった。

（ヴィークは待っていると言ってくれたけれど、本当にお誘いしていいのかしら）

ベッドから起き上がりつつ、寝不足の頭で考える。

昨夜ヴィークが帰った後、王立学校の授業の復習を始めたクレアだったが、机に向かっているとどうしてもヴィークの顔が頭に浮かんで消えてくれなかった。

クレアは、ヴィークが自分を友人として好ましく思ってくれているのは分かっていた。

ただ、昨夜のあれは友人としてはどうなのか。

第1王子の婚約者として育ち、色恋には全く免疫のないクレアは混乱していた。

（そもそも、一国の王子ならヴィークには婚約者だっているはず。それなのに、毎日こんなところへ来ているってどうなのかしら）

何だかささくれだったような気持ちになる。

考えていることとは裏腹に、今日の服装にクレアはお気に入りのワンピースを選んでいた。

公爵令嬢時代であれば間違いなくドレスで着飾って行く場所だったが、今は上品なワンピースを着ていくぐらいが丁度よいだろう。

ワンピースの色に合わせてヒール靴を選んだが、今日はまだ時間がある。

散歩がてら城まで歩こうと考えたクレアは、ヒール靴をやめて歩きやすいブーティを履き、机の上の懐中時計をポケットに忍ばせた。

「クレアお姉さま、お出かけですか」

自室を出ると、クレアはイザベラ嬢にばったり出くわした。

「ええ。友人と約束をしております」

クレアはニッコリ笑って答える。

イザベラは賢い子だ。こういう伝え方をすると、それ以上は絶対に詮索してこない。

「そうですか。次の授業のときには、詩集を一緒に読んでくださいね」

イザベラは残念そうな素振りを見せながら、クレアの佇まいをじっと眺める。そして、続けた。

「今日のお姉さま、いつにも増してお美しいです。きっと楽しい予定がおありなのですね！」

―――――

レーヌ家から王城までは、歩いて1時間ほどだった。

城門前に着いたクレアは、衛兵に懐中時計を取り出して見せる。

「ヴィーク殿下とお約束をしております」

クレアは内心、図書館を利用しに来ただけなのに謁見の間に通されたらどうしよう、とびくびくしていた。

「……少し見せていただいても宜しいですか」

懐中時計を目にした衛兵は、一瞬ギョッとした顔をしてからクレアに問う。

「ええ、もちろん」

クレアは、快諾して懐中時計を衛兵に渡そうとしたところで、声がした。

「彼女は私の客人だ。通せ」

そこに現れたのは、寝不足の顔をしたヴィークとリュイだった。

（……よかった……！！）

「殿下、お(・)久(・)し(・)ぶ(・)り(・)です」

クレアがする丁寧な挨拶の仕草に、衛兵たちが見とれる。

「クレア、久しぶりだね」

「リュイ！　会いたかった！」

リュイに抱きつきかねないクレアの喜びようを、ヴィークは複雑そうに眺めていた。

「それで、お仕事は終わったのかしら、殿下？」

王宮内を歩きながら、クレアはヴィークをからかうように聞く。

「当然だろう」

ヴィークは得意げに答えた。

「私とドニも呼び出されて、一緒に手伝ったよ」

リュイが呆れたように続ける。

「クレア、今日も美しいけれど……でも寝不足？」

クレアはドキッとした。

「え、ええ。学校の課題がなかなか終わらなくて」

「ああ、魔術の個人レッスンはなかなか厳しいね。私も2年前、卒業試験前に必死で勉強した記憶がある」

リュイは、納得したように頷いた。

「着いたぞ」

ヴィークが案内してくれた王宮の特別図書館は、思ったほど広いものではなかった。

ノストン国で言うなら、アスベルト第一王子の執務室と同じぐらいの広さだ。

しかし、棚にはたくさんの本が並んでいる。

「魔術系の本はこっちだよ。禁忌呪文の本は鍵がかかっていて読めないけどね」

リュイがいろいろと説明してくれる。

今日、クレアがここに来たのは、ただ魔術のことを学びたいからという理由だけではなかった。

自分がリンデル島で授かった、謎の魔力。その洗礼……特に、母親の出自に隠された秘密を知りたいと思っていたからだった。

あの日から、クレアの頭の中には、ある可能性についての考えがあった。

もちろん、それと同じことをヴィークやリュイも思っていた。

「クレア。リンデル国に関する機密資料を見つけた」

ヴィークが棚の向こうから声をかけてくる。ヴィークがいるのは、結界で囲まれた持ち出し禁止図書エリアだった。

「ヴィーク、その棚の本って、私が読んではいけないものではないかしら」

「この結界の中に入れて、しかも文字が読めるなら問題ないだろう」

その言葉の通り、なぜかクレアは結界の中に入れた上に、魔力が込められた文字まで読めた。

リュイが苦笑しながら言う。

「この結界は王宮の魔術師が張ったものなんだけどね。……クレアの魔力はまだ底が知れていないけれど、本当に国を変えるほどのものだろうね」

「振られてレーヌ家に持っていかれたのが惜しすぎるな」

リュイがあまりにサラっと言ううえ、ヴィークも茶化すのでクレアは自分の力を怖いと思う暇すらなかった。

「俺たちは扉のところで昼寝でもしているから、ゆっくり調べるといい」

「誰かさんが溜めまくった仕事を、側近総出で片付け終わったばかりだしね」

ヴィークとリュイはクレアを気遣って、1人にしてくれた。

クレアがそこで知ったのは、予想していた通りの事実だった。

数十年前、リンデル国が襲撃を受けた際、王族は根絶やしになったと言われているが実際は1人だけ生き残りがいたこと。

それは侍女が何とか連れ出した3歳の小さな女の子で、事情を知ったノストン国の貴族が秘密裏に引き取ったということだった。

クレアの母親は、ノストン国の中でも旧リンデル国に近い地域に領地を持つ末端貴族の出身だ。

クレアと兄2人の美貌は母親譲りだったが、母方の祖父母と母はあまり似ていなかった記憶がある。

これまで気にしたことはなかったが、クレアの母親がリンデル国から逃された王女だと考えると、全てはつじつまが合う。

（お父様は知っていたのかしら）

しかし末端とはいえ、貴族の娘がマルティーノ家に嫁ぐこと自体は決して不釣り合いではない。

クレアは、父ベンジャミンがシャーロットの策略に加担したのではと疑いかけたが、整合性がないことに気が付いて、ホッとした。