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17.波乱のランチタイム

2コマ目の講義が終わると、ランチタイムになった。

リディアと共に昼食を摂ることにしたクレアは、カフェテリアに向かう。

「午後にはクラス分けテストの結果を貼りだすそうですから、早めに戻ったほうがいいですね」

独特のおっとりした口調でリディアが言う。

クレアが頷いて答えようとしたとき、甲高い声が聞こえた。

「一体どういうことなの！？　誰の指示でこんなことしたのよ！！」

声の方向を見ると、かわいらしい令嬢が可憐な外見に似合わないキツい言葉で友人たちを罵っている。

このような風景にクレアは見覚えがあった。

貴族の子弟が通う学校では、親の階級や親同士の関係が学校での立場にもそのまま反映されがちだ。

恐らく、あの4人組のうち怒鳴っている彼女の父親が最も高位の家柄なのだろう。

通常、このようなトラブルは有力貴族の令嬢が窘めることが暗黙の決まりになっている。

しかし周辺で誰も止めに入らないところを見ると、あの令嬢の父親は相当な実力者なのだということは初登校のクレアにも容易に想像できた。

「ニコラ様だわ。王立学校は2年目だけれど、国王の姪で公爵家の末のお嬢様よ。一般の学生では誰も止められやしないわ」

リディアが小声で呆れたようにいう。

「……」

ノストン国の王立貴族学院では、マルティーノ公爵家の令嬢であり、第一王子の婚約者として認知されていたクレアは幾度となくこのような場を取りなしてきた。

しかし、ここではそういうわけには行かない。

恐らく、小さなミスをくどくどと攻め立てられて、今にも泣きそうな青白い顔をしている令嬢を気の毒に思った。

ニコラ嬢のあまりの剣幕に、カフェテリアへと向かう学生でざわざわと賑わっていた廊下は、シン……と静まり返ってしまった。

「今日のランチの手配、ちゃんとしておけと言ったじゃない！　庭園でのランチが無理だからって、カフェテリアってどういうことよ！！」

「……えっ」

クレアは、思わず声が出ていた。

声を聞きつけたニコラが、くるっとこちらを向く。

顔は真っ赤で、今にも爆発しそうな怒りを湛えている。

「今の言ったの、誰よ！！　さっさと名乗り出なさいよ！！」

（理由があまりにくだらなさ過ぎて、うっかり声がでてしまったわ）

クレアは自分の不始末を心から反省した。

（こうなったら仕方がない）

そして、大きく息を吸って言う。

「私ですわ、ニコラ様。クレア・マルクスと申します。あまりのお怒りに、てっきりそちらのご令嬢が隣国に攻撃魔法でも打ち込んだのかと心配して拝見しておりました。しかし、今のところ戦争にはならなさそうで、ホッとしてつい言葉が」

クレアは、ノストン国の華と持て囃された美貌で、最高級の笑顔を浮かべた。

クレアの美しさと棘だらけの言葉のアンバランスさに、遠巻きに見ていた学生たちがざわつき始める。

「あなたは……」

真っ赤な顔をしていたニコラでさえ呆気にとられた瞬間、

「何があった」

頭上から、聞きなれた声がした。

（……ヴィーク）

クレアの背後からスッと現れたのはヴィークだった。

公私を分けることに決めていたクレアは、ヴィークに向かって丁寧にお辞儀をした。リディアもクレアに続いて、綺麗に会釈をする。

「ヴィークお兄様！　今日のランチにお誘いしようと思っていたんです」

ニコラが、甲高い声でヴィークに話しかける。

「たかがランチの準備で、こんなに人だかりができるのか」

ヴィークは冷たく返す。

「違うんです、お兄様。あの女が……」

「言い訳は聞きたくない。それに、こちらのクレアは私の大切な友人だ。侮辱は許さない」

「「「！！！」」」

廊下のざわつきがさらに大きくなる。

もっとも、会話の内容から言えば侮辱したのはクレアの方だったが、今はそんなことは問題ではなかった。

（何てことを、ヴィーク）

クレアは心の中で悪態をついた。

「……あ」

クレアの気持ちが伝わったのか、それとも状況を理解したのか、ヴィークもしまったという顔をしている気がする。

「行くぞ」

「はっ」

クレアに謝罪にも思える目配せをしたヴィークは、側近たちに声をかけるとそのまま行ってしまった。

平和な学校生活を送るため、パフィート国の第一王子のごり押しで王立学校に入れてもらったことを隠したかったクレアだったが、こうして登校初日のランチタイムすら迎えないうちに『ヴィーク殿下の大切な友人』ということが知れ渡ってしまったのだった。

（でも、今のは私が悪いわ……）

分をわきまえていない言動をクレアが反省しながら振り返ると、ちょうどリディアが手のひらに浮かべた青色の光を体内に収めるところだった。

「あら？　リディア様は一体何を……」

「私、魔術は得意なんですの。もし、ニコラ様がクレア様のことを詰るようでしたら、いっそのことランチタイムの間だけあの可愛らしい口を封じようかと思いまして」

リディアはニコッと答えた。

（リディア様……1人で地位を確立できている理由がわかったわ）

クレアは驚くとともに、リディアの強心臓っぷりと魔術を使いこなす力に純粋に感動したのだった。