14.レーヌ家
レーヌ家の屋敷は、ウルツの街のメインストリートから東、自然が美しいエリアに立っていた。
白いレンガの壁に、色とりどりのバラが咲く庭園は、家主の趣味の良さを感じさせる。
サンには新興の男爵家と聞いていたが、流行のエッセンスを取り入れながら古き良きパフィート国の文化を取り入れた屋敷の佇まいに、クレアは好感を持った。
サンとともにレーヌ家へやって来たクレアは、応接室に案内されていた。
柔らかいソファに浅く腰かけてクレアは考える。
(大丈夫かしら……。ここにきて、やはりダメということになったらサンに申し訳ないわ)
指先は冷たく、落ちこぼれ扱いだったころの劣等感が顔を覗かせた。
「大丈夫よ、クレア。こんなのあなたなら楽勝よ。数々の家庭教師を仲介してきた私が言うんだから間違いないわ」
クレアの様子に気が付いたサンが、ニッコリ笑って言う。
「ありがとうございます、サン……」
クレアは笑顔を取り繕った。
ガチャ。
そこに、扉が開いて柔和な笑顔の夫婦が入ってきた。
(いらっしゃったわ……!)
「やあ、サン。話は聞いているよ。こちらがクレア嬢かい?」
「まあ、なんてかわいらしいお嬢さんなの」
挨拶もそこそこに、レーヌ家の当主夫妻は早速用件を話し始めた。
声が大きく、快活なイメージの2人だ。
「ええ。そうなんです。さっき紹介所で出会って、ほかの貴族方の家庭教師に取られてしまう前に、すぐ連れて参りました」
サンが茶目っ気たっぷりに答える。
「お初にお目にかかります。クレア・マルクスと申します」
クレアは緊張を悟られないように十分注意を払って、夫妻へ順番に丁寧な挨拶をした。
クレアの仕草を目を細めて眺めていたレーヌ家当主は言う。
「うん、いいね。私はジョン・レーヌだ。こちらは妻のマリー」
「初めまして、クレア。娘の家庭教師がこんなに素敵な方でうれしいわ」
夫人のマリーもクレアのことをニコニコと見ている。
(これは……)
サンが、ほらね、という風にクレアに目配せをする。
どうやら、夫妻の面接には合格したようだ。
「うちは、見ての通り成金なんだよ。ハハッ。私の父が一代貴族だったんだが、15年ほど前に商売で一山当てすぎてしまってね。お金があっても使い道が分からないから、とりあえず手当たり次第国や教会に寄付したんだ。そうしたら、爵位を頂いてしまった。ハハハッ」
「そうなのよね。私なんて、元々は町娘なのよ~。急に社交界とか言われても、訳が分からなくて」
2人は楽しそうにざっくばらんに話している。
今、2人がクレアに教えてくれた内容はこのレーヌ家の社交界での評判だろう。
新興貴族を嫌うのは、どこの国でも同じようだ。
(きっと、そのせいでこんなに好条件なのに家庭教師が定着しないのね)
雇用のマイナス面になるであろうことを先回りして教えてくれる紳士的なところや、暗い話題も明るく笑い飛ばそうとする夫婦に、クレアはますます好感を抱いた。
「娘のイザベラは13歳なんだが、しばらく家庭教師が不在の状態が続いていてね。君のようなお嬢さんが来てくれたら、本当にありがたいんだが」
一通り歓談を済ませた後、急に引きしまった表情を見せた当主がクレアに告げる。
クレアは、満面の笑顔で答えた。
「私でお力になれるのであれば、ぜひお願いいたします」
―――――
めでたく家庭教師として採用されたクレアは、早速その日からレーヌ家に間借りさせてもらえることになった。
夫人に案内された部屋の扉を開けたクレアは、驚いた。
(これが使用人の部屋なの!?)
スタジオタイプの造りではあるが、とにかく広い。広いルーム内にはフカフカソファの応接セット、天蓋付きのベッド、簡単なシャワールームが備え付けられている。
おまけに、1階だというのに日当たりがとても良い。窓辺に行くと、テラスからそのままバラが咲き乱れる庭に出られる造りになっていた。
テラスにはテーブルセットが設置されていて、庭の景色を楽しみながらティータイムが楽しめるようになっている。
「奥様、とても素敵なお部屋なのですが……あの……このお部屋は……?」
使用人用の部屋ではなく、明らかに客用の部屋だとわかる広さや内装にクレアが戸惑っていると、マリー夫人はうれしそうに答える。
「気に入ってもらえたかしら? 本当は客間なんだけれどね。ノストン国の王立貴族学院に通われるようなお家出身の方を、あまり簡素なところにはご案内できないわ。本当は、私たちよりもずっと高貴なお方なのに」
「いえそんな……。どうか、ほかの方と同じ部屋においてくださいませんか」
「あら、うちは使用人でもこの半分ぐらいの広さはあげちゃうわよ」
夫人はチャーミングにウインクして続ける。
「クレア先生には、イザベラに淑女としての立ち居振る舞いや考え方を教えてほしいと思っているの。貴族令嬢としての感覚を忘れずに過ごしてもらうためと思って、この部屋を使ってもらえないかしら」
家庭教師としての職務内容のことにまで言及されると、クレアはさすがに受け入れざるを得なかった。
「承知いたしました。ご期待に沿えるよう、精一杯務めてまいります」
(私腹を肥やすのではなく、使用人や周囲の人々に還元していくのがレーヌ家の信条なのね。なんて豊かなの! 見栄やプライドの張り合いの社交界から見ると眩しすぎる存在なのでしょう)
クレアは、お辞儀をしながら心の中で最大級の賛辞を贈った。
クレアの教え子となるイザベラは、現在別荘へ休養に出かけているらしい。
一週間後に帰宅するということだったので、クレアはそれまで自由に過ごさせてもらうことになった。
(何か他の屋敷仕事をさせていただこうと思ったけれど、レーヌ夫妻にはあっさり断られてしまったわ……)
「とりあえず、ヴィーク達に居所が決まったということを手紙で知らせておこうかしら。こんなに短期間で決まったのですもの! ……きっとみんな驚くわ」
そうして、クレアは王宮のヴィーク宛てに手紙を書いた。




