13.特別な求人
ヴィーク達と別れた後、クレアはウルツの街へと足を踏み入れた。
計算しつくされた美しい街並みに映えるショーウィンドーには、流行のドレスやジュエリーが並んでいる。
広いテラス席が気持ちいいカフェでは、クレアと同世代の女の子たちがカフェラテ片手におしゃべりしていた。
(……なんて素敵なの!)
クレアの心は希望に満ちていた。
早速、その足で職業紹介所へと向かう。
ノストン国とパフィート国の通貨は同じため、その気になればしばらく優雅にホテル暮らしをして、ショッピングやグルメを楽しめるくらいの余裕がある。
しかし、クレアはこの国へ遊びに来たわけではない。生きていくための基盤を作らなければいけないのだ。
職業紹介所に着くと、壁一面に今日の求人が貼りだされていた。
農家の収穫の手伝いから、ブティックの売り子までいろいろな仕事がある。
(こんなにお仕事がたくさん! ノストン国とは違って、経済の状態が良いんだわ)
求人数の多さに驚いていると、声をかけられた。
「こんにちは。お仕事をお探しですか?」
振り向くと、クレアより数歳ほど年上の、ショートカットの女性が立っていた。
「ええ。はじめまして。私はクレア・マルクスと申します」
クレアは丁寧にカーテシーをする。
クレアの所作に一瞬目を止めた女性は、微笑みながら手を差し出して言う。
「私はサン。この紹介所でコーディネーターとして働いているの。この掲示板に貼ってある求人以外にも、たくさんの仕事があるわ」
「よろしくお願いします、サン。いろいろやってみたい仕事はあるのだけれど、どれがいいかわからなくて。相談に乗っていただけると助かります」
クレアはサンの手を軽く握り返して言った。
「もちろん。では、こちらのブースに案内しますね」
サンは、クレアを奥の個別相談スペースに案内し、履歴書のようなものを差し出す。
「こちらの用紙に経歴を書いていてくださいね。私はその間にお茶を淹れてきます」
サンは、ニッコリ笑ってブースを出ていった。
この職業紹介所は、ほかにも職を求める人たちで混雑している。見たところ個別のブースは4つしかない。
これだけ賑わっているにも関わらず、不思議なことにクレアが案内されたこの部屋以外はすべて空室だった。
クレアは手元の履歴書に視線を落とす。
(名前は……クレア・マルクスね)
(学歴はどうしようかしら。ノストン国の王立貴族学院に通っていたことは書けないけれど、まともな教育を受けていないと思われるのも困るわ)
クレアが困惑していると、サンがお茶を手に戻ってきた。
シルバーのトレイに載せられているのは、シンプルなティーセットだが、一目で薄く高価だとわかるカップだ。
クレアには見慣れたカトラリーだが、なぜ雑多な職業紹介所でこのティーセットが使われているのか少し疑問に思った。
クレアは、サンからカップを受けとり、いつものように一口お茶をいただく。
なぜかサンは、その一連の仕草を穴が開きそうな勢いでじっくり見ている。
「とてもおいしいです、ありがとうございます」
「それはどうも。……あれ? クレア、高等教育は受けていないのかしら? とてもそうは見えないんだけど」
クレアがお礼を言う間に、サンは履歴書に目を通し始めていたようだ。
「ええと、実は、ノストン国の王立貴族学院に通っていたことがあります」
「……!」
サンが、やはりという表情で頷く。
「私の出自は、ノストン国の貴族です。ただ、家が没落してしまって……学院は中退し、家族は離散いたしました。今は安全上の理由から母方の姓を名乗っています」
ほぼ嘘だが、出自と中退したことは一応本当だ。嘘をあまりつくことがないクレアは、しどろもどろになりながら答える。
ただ、訝しんで見ていた欠片がぴたりとハマったサンは、そんなことに全く気付きはしなかった。
「そういうことだったのね。あなたに、ぜひ紹介したい求人があるわ。少し待っていてくれる?」
パッと表情が明るくなったサンは、パタパタと走ってブースを出ていき、また走って戻ってきた。
「クレアに紹介したい求人はこれなの」
サンが差し出した紙は、貼りだしてあるものとは少し様子が違った。
マル秘の文字が書かれた、薄いブルーの紙だった。
紙には、『レーヌ家 家庭教師募集』と書かれている。
「家庭教師…でしょうか?」
クレアはサンに聞く。
「よかった! 読めるのね」
サンがテンション高く答える。
「この紙は、魔力を持った貴族出身者にしか見えない文字で書かれているの。レーヌ家からは、この文字が見えればそれでいいといわれているんだけど、それでもなかなか適任者が見つからなくて。……しかもクレアは所作や仕草、会話までもパーフェクトだわ。自信をもってレーヌ家に推薦できる!」
サンの熱量に圧倒されたクレアは遠慮がちに答える。
「あの……私、家では不出来でしたし、こちらの依頼には力不足ではと」
ついこの間まで落ちこぼれ扱いだったクレアは、サンの言うことが信じられない。
「大丈夫よ。レーヌ家の当主はお優しい方で、家庭教師を務める相手は一人娘である13歳のお嬢様と聞いてるわ。勉強を教えるのではなく、話し相手として姉のような家庭教師をとおっしゃっていたから絶対大丈夫」
サンは青い紙をクレアの方にさらに差し出し、特殊な色をした眼鏡をかけて言う。
「この求人は住み込みなの。部屋も与えられるし、何より仕事は平日16時~20時のたった4時間! 休日は完全にお休みで、副業も可よ。そしてこのお給金!」
クレアは高額報酬に関してはあまり興味がなかったが、セキュリティがしっかりした貴族の屋敷に間借りできること、そして比較的自由な労働条件は大きな魅力だった。
お世話するのがどんなお嬢様なのか気になる部分ではあるが、提示されている報酬は貴族が住み込みの家庭教師を雇うのには適正な金額だ。
恐らく、家庭教師を次々に追い出しているワガママお嬢様ではないということだろう。
(確かに、好条件だわ……!)
クレアは、心を決めた。
「私で宜しければ、よろしくお願いいたします」
クレアが頭を下げると、
「よかった! ぴったりの淑女を見つけたら、すぐに紹介して欲しいと言われているの。早速レーヌ家にご挨拶にいきましょう」
サンがニッコリ微笑んだ。




